目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

突然に開けた運。 ~その5~ 呪詛を仕掛けた正体を追う。~2~(2025-4-05)

 壁一面の呪詛が展開された後日…。


 弟や妻と一緒に、呪詛と怨霊のようなものを、取り去る手段を色々と考えていました。


 先ずは、正体を探るために、呪詛をやっている輩が何者なのか、確証を得るために試したい事ができました。


『本当に祖父母への恨みが主体である怨霊が原因であるのなら、豊川稲荷東京別院の本堂でご祈祷をしているときに、あの女の姿を同時に兄弟で思い浮かべながら、読経の時にひたすら女の成仏を願ってみるか?。』


 あの読経にのせて、例の怨霊らしき人物を思い浮かべながら、2人で同時に、あの女の成仏を心から願えば、少なくても呪詛の力が弱まるはず…。


 呪詛を仕掛けた相手が、仮に生きている人物だとしても、姿が見えるぐらいの生霊ですから、追い払うだけでも、随分と違うでしょう。


 そして、呪詛を仕掛けてきた原因が悪霊や怨霊の類であるなら、しばらくの間、私たちに呪詛をかける事もできなくなります。


 もしも、今、生きている呪士を介しての呪いであれば、呪詛は間髪を入れずに、もっと壮大な術を展開して、私たちを襲ってくる筈です。


 妻や家族を含めて、仕事で出張などの合間や休みの合間に、豊川稲荷東京別院の参拝をこまめにする事が続きましたが、弟と2人で、これを検証する機会が訪れました。


 ちょうど、祈祷が始まるタイミングで本堂に上がって、2人で同時に、例の女を成仏してほしいことをひたすら手を合わせて願を掛けています。


 本来なら、ご祈祷をして、お札を頂くところですが、例の女が成仏できるのか分からないし、正体が分からぬモノを対象としている以上、的外れなご祈祷や願掛けをすると、逆効果になる可能性もあるから、これで様子を見ることに専念をしたのです。


 ただ、色々な心配や懸念を余所にして、この予想は、恐らく的中したようで、その成仏を兄弟で祈った後は、驚くほどに運気が開けたのです。


 ◇


 仕事方面では、今まで仕事が止まっていた会社から、相次いで受注がありました。


 3月末の苦しかった資金繰りに関して、上手くやりくりができる方法を、妻が神掛かり的に思いついて、なんとか苦しい現状を切り抜けます。


 そして、亡くなった機械商社の従兄に関して、廃業に向けた残務処理を従兄の奥さんが行っているのですが、うちの会社でマシニングセンターとよばれる機械のスピンドルが破損したときに、とても高額な修理費になったので、うちで一括払いができずにいました。


 うちの会社は風前の灯火状態なので、修理費を従兄の会社が立て替えてくれたのです。


 銀行の返済のように、従兄の会社へ徐々に修理費をお返しをしたのですが、亡くなって廃業を決めた以上、一気に返済をしなければならぬと覚悟を決めていました。


 しかし、毎月の返済のまま、完済まで振り込めば良いことになって、私は、奥さんの話を聞いて、ホッと胸をなでおろしたと同時に、深く感謝の意を表します。


 それ以降の仕事の受注に関しては、本決まりではないですが、少しずつ引き合いのようなものが来るようになり、以前よりは、とても良い兆候が、ついにやってきた感じでした。


 さらに、私事に目を移すと、敗血症性ショックになって、要介護5の母親ですが、最近になって、鼻から入れていたチューブが取れて、食事が自力で取れるようになります。


 下半身を動かすのは絶望的な状況ですし、当然の如く動きませんが、上半身は少しずつ可動域が増している状況ですから、車椅子で生活ができそうな雰囲気になってきました。


 1週間後に医師や看護師と交えて、母の今後の方針を話し合う機会が設けられましたが、恐らく、療養系の病院から、介護施設などの転換を求められる形になるでしょう。


 下半身が動かない以上、介護ヘルパーなどを入れて家に帰るのは厳しいのが現状ですが、奇跡的に命が助かって、改善傾向が見られるだけ、ほんとうに有り難い事です。


 私は、ここにきて、真夜中や明け方に目が覚めることが少なくなり、安眠ができる日が増えてきているから良い傾向になってきました。


 そして、私の胸腺の腫瘍は、病理診断の結果、胸腺腫(良性)の診断になりました。


 再発がないか、確認するのに、向こう10年間、定期的に検査がありますが、予後不良ではなくホッとしているのです。


 しかしながら、少しだけ霊感がある、私も弟も、ここで油断はできないと、気を引き締めているのです。


 まだ、正体がハッキリとしませんが、弟や妻を交えて検証を行った結果『祖父母の代に恨まれた怨霊の類』が原因じゃないか…と、考えるようになりました。


 何にしても、豊川稲荷のご本尊様や、吒枳尼真天様、それに御眷属様には、深く感謝とお礼をせねばいけません。


 無論、うちの菩提寺や、今までお参りをしていた、成田山や出世稲荷、氏神様や、正月に祈祷をして頂く比較的大きな神社、呪詛の正体を暴いてくれた神社、それに毎年、ゲン担ぎでお参りに行く山梨の某神社も含めてです。


 そうそう、亡くなって私たちを見守っている、父や祖父母、それに先祖にも深く感謝をしなければいけません。


 今の現状は、怨霊や呪詛の類が弱まっただけで、忘れた頃に力を蓄えて、再び全力で襲ってくる懸念が大いにあるかと。


 だからこそ、徐々に怨霊や呪詛を小さくして、時間をかけながら消滅させたいし、それが奏功したとしても、怨霊や呪詛の残滓や、それらしい気配が、たくさん残っている気がしています。


 この手の類は、超優秀な人で限り、たぶん、1度の祈祷だけで祓えるような代物じゃありません。


 何しろ、家族や一族単位で、その周りを不幸に陥れて、病気を引き起こしたり、突然に死なせているような類ですから、厄介な相手であるのは明白です。


 怨霊についている怨念を、少しずつ引き剥がしながら力を弱めた上で、成仏をさせるやりかたが、私たちにとってベターである姿勢は、今のところ変わりません。


 ◇


 ここで、今までの経緯と合わせて、答え合わせのようなモノを書きたいと思います。


 私の夢は、先祖や亡くなった人が霊的に訴える兆候を見るだけではなく、少し予知的なメッセージを受け取る事も希にあります。


 まだ、母親が敗血症性ショックになってICUにいる頃か、もしかしたら、それよりも前だったかも知れません。


 夢の中で、私は道に迷って、帰り道を試行錯誤していて、そこは森や山を切り開いたような道だから、坂道が多くて、歩くのも辛いような感じでした。


 分かれ道が幾つかあって、迷いながら道を歩くと、1つの急な石段を見つけて、その石段を登りました。


 階段をあがると、お寺が見えて、お堂に入ると、黒い観音像が祀られています。


 私は、その観音様を見ると、必死に拝んで目が覚めました。


 -----


 次は、この騒動が解決方向に向かって、弟が最近になって見た夢です。


 弟の夢に豊川稲荷の狐様があらわれて、口に巻物をくわえていました。


 狐様が口にくわえていた巻物を地面に置くと、黄金に輝く観音様がでてきたのです。


 -----


 実は、これの原稿を書いている前夜に、私も夢の中で、狐様らしき姿をチラッとだけ目にしたのです。


 グレートピレニーズなどの超大型犬よりも大きそうな、白い動物の背中だけがみえて、体をブルブルとさせたかと思ったら、なんだか、その生き物は自分で窓を開けて、ベランダのような場所で、お座りをしてます。


 その部屋の窓を開ける所作は、人間っぽくて、とても不思議な感じでした。


 それらの夢を勘案すると、今になって、考えれば、私たちは豊川稲荷の仏縁を、最初から示唆されていたような気がするのです。


 私の場合、この手の察しが良すぎるせいか、夢の中でヒントはくれますが、ハッキリと見させてくれることが希少です。


 だから、目が覚めて、暫く後になって、教えられた答えが分かる事が多いのです。


 ◇


 そして…、その夢の答えを考えてみると、具体的な導きがあることが分かった気がします。


 愛知にある豊川稲荷本山のご本尊は『千手観音菩薩』です。


 私が最初に夢で見た黒い観音様は、豊川稲荷と仏縁が結ばれる前に『お前は、豊川稲荷に来ることになる』と、御眷属の狐様が、私を呼び寄せる為に、観音様のお姿になってメッセージを送った気がしました。


 豊川稲荷の狐様は、黒と白がいると言われていますから、私が色々と苦しんでいた当初、もしかして黒い狐様が、私を最初に誘ったのかも知れません。


 そして、呪詛騒動が落ち着きを見せた後に、弟が見た夢の中で、狐様が咥えていた巻物ですが、諸説がありすぎて、よく分かっていません。


 豊川稲荷の狐様がくわえる巻物は『仏教の経典』や『知恵』とも『秘法のシンボル』なんて言っている人もいて、何を信じて良いのやら…。


 でも、結論としては、 狐様が口にくわえた巻物は、観音様や観音経の経典であったことは間違いないでしょう。


『豊川稲荷のご本尊である、観音様によって、私たちが救われる。』


 答え合わせとしては、そういう事だったのでしょう。


 そして、経典に関して考えてみると、多くのお寺で、唱えられているお経に『妙法蓮華経観世音菩薩普門品第二十五』に答えがありそうな気がしました。


 このお経は俗に『観音経』と呼ばれていますが、その一節に、こんな事が書かれています。


 呪詛諸毒藥 所欲害身者

 念彼觀音力 還著於本人


 この一節の意味は、呪詛や毒をもって害をなす者がいて命が危険にあっても、観音様のお力を念じれば、その人に呪いが戻っていく。


 そんな意味があります。


 豊川稲荷のご本尊は千手観音様ですから、私たちの様子を見ていた観音様が、吒枳尼真天様やご眷属の狐様を使って、色々と手を尽くしたのでは…と、考えたのです。


 私の家から、愛知は流石に遠すぎるために、1年に1度なんて無理ですが、ご挨拶とお礼を兼ねて、愛知にある、豊川稲荷に参拝しなければ…と、思った次第です。


 そして、豊川稲荷のご眷属の狐様に関しては、位の高いご眷属が、独立して強い神仏になることはなく、吒枳尼真天様や本山にある観音様に、シッカリと帰依していることが伺えました。


 この辺は、神道の稲荷様とは違って、仏道なので、上下関係や戒律などが行き届いている感じが漂っています。


 それでなければ、弟の夢に、観音様が出てくる巻物を持った狐様なんて、現れないですからね。


 ちなみに、ネットなどでこの手の検索をかけると、神道系に強い人が、相当に目立ちます。


 その次には陰陽師のような、護符や呪術を操る人も幾つか目立ちます。


 仏道に関しては、不動明王様のお力が多く、私のように、吒枳尼真天様や観音様のお力を借りる人は希少だろうと思います。


 だから、今では希少になった、神仏習合のお寺系である豊川稲荷を否定をするような、その手の能力者が散見するのは仕方ないことかと。


 神道系の人の中には吒枳尼真天様を『神か仏か?、何者?』なんて聞いてしまう人もいるのですから。


 ゆえに、私のケースは、その手の人から見ると『かなりの異端』です。


 何しろ、私が幼少の頃から、明治以前の神仏習合の色濃く残る仏閣を、家族でお参りしている縁が複雑に絡んでいると思いますが、これが、明治時代の廃仏毀釈以前の1つの形であったかも知れません。


 仏縁というのは、とても不思議ですが、とても有り難いものです。


 そこに、日々、深い感謝と礼を尽くさねばいけません。


 その事を深く教えられたような、不思議で恐ろしい騒動でした。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?