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突然に開けた運。 ~その2~ 強かった豊川稲荷、吒枳尼真天様のお力。(2025-4-02)

 豊川稲荷東京別院をお参りして、しばらくした後…。


 呪詛をやった相手は、狙う人物を的確に変えてきて、私の弟が、私と同じ呪詛を見たと言い始めました。


 私も妻も、弟の経緯を聞いて大慌てをしたし、これは病気としての幻視ではなく、完全にスピリチュアル的な要因であることが確定です。


『まずい…、このままでは、弟ばかりではなく、大好きすぎる妻や子供にまで害が及ぶ…。』


 次の週末は、弟や息子も連れて、豊川稲荷東京別院にお参りをしたのは言うまでもありません。


 このとき、私は、『縁切り稲荷』とも呼ばれる、『叶稲荷尊天』のお参りだけは避けていました。


 これには理由があって…。


『縁切り稲荷の類は、悪い事案を、願掛けをした人の事情を考えず容赦なく切る可能性があるから怖い』


 強力な縁切りの神仏で願掛けをした場合、そういう部分が多々あるのです。


 例えば、恋人やパートナーが不倫をしていて、『不倫相手との縁を切りたい』なんて願掛けを、縁切り系の類にするとします。


 その願掛けに関して、神仏は容赦なく、色々なものを切ってしまう場合があるのです。


 願掛けをした結果、恋人やパートナーと離縁した挙げ句に、不倫相手が不慮の事故で亡くなった…なんて事案が、ネットでは散見していたり…。


 もう1つの例としては、『会社の嫌な上司と縁を切りたい』なんて願った場合、その会社の上司が、人事異動で部署異動や転勤ならまだしも、濡れ衣を着せられて懲戒解雇とか、病気になって退職なんて事が有り得るのが、この縁切りの類で願掛けをする際の、凄まじいところでして…。


 例えば、私も何も考えずに叶稲荷尊天の前で『今までの悪縁を全て切って欲しい』と願った場合、その効果は絶大でしょう。


 しかし、私が自己破産したほうが『善』だと神仏が判断すれば、会社は容赦なく無くなりますし、私と妻が離縁をしたほうが、妻や子供が幸せになる未来があった場合、家族が路頭に迷うパターンもあります。


 そんなの、絶対に何がなんでも嫌ですからね。


 大好きすぎるウチの妻は、とても辛いのに私のそばにいて、事態を打開するために一生懸命に尽くしてくれるのに、妻がいない人生なんて、私には考えられません。


 もう、毎日のように妻を拝める姿こそが、私の生きがいであって、それが生きる為の大切な栄養源になっているのです。


 うーむ、話が妻のことになって、大きくそれました。


 そちらは、ひとまず置いといて、もしも、縁切りの類に願掛けをするなら、絶対に1人でお参りをすべきです。


 もしも、複数で参拝に訪れたのなら、お連れは自分が参拝している姿が見えないような、離れた場所で待機してもらって、縁切りのお参りが終わってから、お連れと合流するのが宜しいかと思います。


 大抵、友人や恋人と一緒に、祠の前で仲良く並んで、何も考えずに願掛けをした人は、そのうちに、自然と別れてしまうパターンが多々あったりします。


 ただ、叶稲荷尊天様の場合、仏様ですから、神様よりは、その辺のお慈悲があるようで、神社系の縁切りよりは、ずっとマシなようですが、私は念には念を入れました。


 縁切りの類で神仏に願掛けをするときは、個人の恨みや憎しみなどは完全に打ち消して、自分の幸せと、縁を切る相手の幸せも同時に願うよう、とても前向きな、願掛けをするのが良いかと思います。


 本来、縁切り系の神仏は、人との縁を切るばかりの役目ではありません。


 例えば、病気を断ち切る、ギャンブルを断ち切る、自分の悪い性格を断ち切る、悪い生活習慣を断ち切るなど、そういう前向きなお願いの場合は、叶いやすいような気がしています。


 ただ、その願掛けは、自分との戦いという事もありますし、どちらかというと、神仏の目の前で自分の決意を新たにする…という側面が強そうですが、それを後押しするような御利益があるのかも知れません。


 ちなみに、豊川稲荷東京別院なら、狐霊塚の奥にある三つの神社と、その更に奥にある愛染明王あいぜんみょうおうも、合わせてお参りすべきかと。


 特に愛染明王は、人間最大の煩悩である『愛欲』を仏の悟りに変えるという御利益もあって、恋愛・結婚はもとより、良い縁を結ぶ御利益があります。


 私の感覚としては、本堂と、何と言っても白い建物の奥院は、特に、念入りにお参りをすべきだと思っているのです。


 後から色々と訳があって、妻や弟、それに私の子供を外した形で、一種の『賭け』のような形で、 叶稲荷尊天に願掛けをするのですが、これは後ほどの話にて…。


 話は戻りますが、何にも考えずに、簡単な気持ちで縁切りの願掛けをしてしまうと、とても後味の悪い結果が待っている事が多く、願掛けに関しては、とても頭を使うのです。


 豊川稲荷東京別院を訪れて、弟や家族と参拝した後、数日の間は、私も弟も、呪詛を見る事なく、平穏な生活が訪れます。


 そんな中で、まだ正式決定には至りませんが、見積や仕事の検討依頼のようなものが、相次いで飛び込んできます。


 心の中で、豊川稲荷の吒枳尼真天様やご眷属様が運んでくれた御利益に感謝しつつ、うちの家にある簡易の祭壇に祀られている、吒枳尼真天のお姿が鏡になっている御守りを主体として、お酒と油揚げ、お餅を供える日々が続きました。


 いや…、今もなお、それは続いているのですが…。


 豊川稲荷のお札を置いて、吒枳尼真天様の御厨子まで置いてしまうと、神棚をもう1つ設置しないといけないし、毎日のお参りが増えるのが大変という理由もあって、私が簡易的に棚みたいなモノを自作したような、仮の祭壇程度で留めているのが現状です。


-そんな穏やかな日々も束の間-


 前兆として、うちの5歳の娘が夜中に突然、起きて泣くような事がありました。


 娘が泣いたと同時に、私が目を覚ますと、黒い影がフッと天井にいるのが分かりましたが、私が心の中で吒枳尼真天の真言を唱えると、すぐに子供は目を覚まして、泣き止んで事なきを得ました。


 そして、それから数日後…。


 それは、再び、私の身に直接的にふりかかってきたのです…。

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