1月の月末に近づいてから、主治医の懸命な治療の甲斐あって、母が命の危機から脱して、ICUから一般病棟に移りました。
しかし、母は依然として手足が全く動かず、鼻からチューブを入れて、栄養を確保しながら、尿道のカテーテルが入った状態のまま過ごす毎日でしたので、介護認定は要介護5の状態です。
母はリハビリと療養をかねた病院への転院が決まりましたが、転院が決まる前から、今いる病院では明らかに療養を兼ねたリハビリ系の病院に引き継ぐこともあって、母のリハビリや治療を含めて放置気味であることが、よく分かりました。
そこに不満はありましたが、転院先の病院に賭けてみることにして、母に関してリハビリや治療が放置気味である現状について、かなりの不満はありましたが、苦情をグッとこらえていました。
それと平行して、私の胸腺にできた腫瘍の検査や診察も行い、腫瘍の摘出手術は2月17日に決まりました。
問題は、私が手術で入院している間、ヒステリックになった、お局や、とてもやる気の無かった、若い従業員が今以上に暴走しないかが心配でした。
私が入院中の間、弟が独りだけで現場指揮をした場合、その2人が、弟の言うことを聞かずに、つけあがるのは間違いありません。
今の仕事がない状況と、会社の経営難を考えると、早々に2人に対して引導を渡すことを私は決意しました。
入院をする前に、問題の2人を呼んで、何かあっても禍根を残さぬように、整理解雇という形で首を切ることにしたのです。
この決断に躊躇いはありませんでしたが、解雇を告げたお局のほうは、かなりヒステリックになりましたが、最後はあっさりと解雇を認めた形になりました。
その間も、神棚や仏様は無論、神社や成田山などの参拝を、こまめにやって、私にかかっている呪詛を、なんとか解こうと夫婦で努力をしましたが、解決に至る糸口すら見えない状況です。
呪詛が見えた件があってから、それ以降、天井に現れることは、この時点でありませんでしたが、夜中に目が覚めると、黒い影がグルグルと動いているのは、全く変わりません。
私たち夫婦は、必死に日々を生き抜いているうちに、あっという間に入院する日を迎えていたような感じでした。
胸腺にできた腫瘍の摘出手術は、私は全身麻酔だから、寝て起きたら終わっていたような感覚でした。
両腕や両手に点滴の準備をしている間に、麻酔のマスクをかぶせられた後に、しばらくして眠ったと思ったら手術が終わっていた…、みたいな状況です。
よく、スピリチュアル的には全身麻酔時に三途の川を見る人が多いと言われていますが、私は、暗闇の中に少し明るい雲がかった場所に、それらしき川のようなものが遠くに見えたぐらいで、意識が戻ったような感じでした。
全身麻酔が効いていたので、術後、目を覚ました時は、夢うつつで辺りが全く分からない状態で、妻や医師が会話をする声は聞こえていますが、周りがよく見えていません。
手術が終わった直後は、かなり寒くて全身の震えが止まらず、とにかく寒いことや、麻酔の副作用で吐き気があったので、気分が悪い旨を医師か看護師に伝えた記憶があります。
胸腺という場所は、心臓や肺に近いこともあって、私は念のためICUに運ばれて一夜を過ごすことになり、そのうちに、女房が私の様子を暫く見た後に帰ってしまったらしく、その後は再び深い眠りに入りました。
目がしっかりと覚めて、視覚的に周りが認識ができたのは、その日の午後3時~4時ぐらいでしょうか。
ベッドの脇で私のバイタルや傷口をチェックしていた看護師さんに、自分が何処にいるのかを尋ねて、今の時間を聞きました。
なにしろ、私は、かなりの近視でして、普段はコンタクトだし、術中・手術直後は眼鏡をつけていないので、病室の壁に掛けてある時計の文字が読めなかったのです。
その後は術後で高熱も出て、点滴があったり、2時間に1度、傷口の具合やバイタルなどをチェックされて寝る暇がないほどに看護をして頂いた形です。
それは、さすがICUというか…。
私の胸腺の腫瘍は、どこにも転移が見られなかったのですが、心臓や肺のそばだったので、放置していたら大変なことになっていました。
そういう部分でも、早期発見はとても良かったのです。
術後も回復が早く、ドレンが翌日には抜けたり、傷口の状態が良好であったので、術後の回復が早くて、ICUにいた看護師が、とても吃驚していたぐらいでした。
翌日に一般病棟に早々に移った私ですが、今度は術後のせん妄が起きてしまい、3日間は普通に過ごしていたものの、看護師に頓珍漢なコトを言ったりすることもあって、後から謝ったぐらいです。
入院中は不思議と黒い影や呪詛があらわれるコトはありませんでしたが、入院時に見た夢の中で、不思議なことが2つありました。
1つは、亡くなった父が出てきて、父の車のトランクの中から、私が『何か』を、父が勝手に持っていけと言わんばかりだったので、私が無言で持っていったのです。
それが何なのかは分かりませんが『お前、そんなに持って行ったら、俺の分がなくなるだろ?』と、父が少し呆れた様子で私に話しかけていました。
私は、車のトランクにあった『何か』を否応なしに貰ったような感じでした。
もう1つは、あまり良い夢ではありません。
うちは亡くなった父が無理な設備投資を繰り返した為に、工場も増築や建て替えを繰り返しており、過去に工場の大幅な増築をしたことがあります。
夢の中で、私が仕事をしようとしたら、増築したぶんの建物がなくて、その入口を必死に私が探しているような夢です。
でも、その後に、正月になると、必ず参拝してお札を頂いている、地元の神社の榊が出てきて、その榊のお力を授かるような場面もあらわれたから吃驚しました。
増築する際に、父は地鎮祭をロクにやらなかったので、土地が少し触っていたようなメッセージであることは明白でした。
ただ、それが今回の不運の主因であるとは、あまり考えにくいですが、この手の事案は複合要因も色々とありそうな気配でしたから、この件はすぐに動きました。
ちなみに、退院後に、私が簡単な祭壇を作って、その土地神様に、父が土地で失礼をしたことを、お詫びしたのは、言うまでもありません。
その後に地元の神社にも参拝して、無事に手術が終わったコトへのお礼と、土地を触っていたコトへのお詫びを行いました。
それ以降は、土地の触りがあるような実感はないので、これで一応は許して頂いたのと思っています。
この後、私が退院した後に色々と呪詛に関しての事案が動き出したのです…。