2年生の寮内掃除を手伝っていた俺は棚倉先輩の姿が目に留まった。
「棚倉寮長。用事は終えたのですか?」
「おお、三上。野暮用を終えて新島と交代でバイトの様子を見に来た。喜べ、お前は殆どのバイトで俺らと食ってるけど、今日も松尾さんの奥さんが夕飯を用意してくるそうだし、竹田と大宮も一緒に食えと松尾さんが言ってるぞ。」
そばで竹田と大宮が作業してて棚倉の話を聞いてガッツポーズをしている。
「それと…三上。ちょっと話があるから作業をやめて寮監室まで俺と一緒にこい。」
『俺は何かやらかしただろうか…。』
なんだか不安な気持ちで棚倉寮長と一緒に寮監室に入った。
寮監室に入った途端、新島先輩がいきなり俺に向かって謝ってきた。
「三上、俺はお前に謝らなければいけない。お前の見かけに囚われすぎて馬鹿にしてた、すまない。お前の今日のバイトの仕事ぶりを影から見ていて、お前に対する態度が一変した。」
俺は少し状況把握した後に言葉を慎重に選びながら新島先輩に語りかけた。
「先輩、頭を上げてください。私は、この身なりですので馬鹿にされて当然です。先輩たちがいる時は私が必要以上に役職を超えて出しゃばることは失礼にあたります。」
新島はハッとして三上を見た。
「別に能ある鷹が爪を隠しているわけでもありません。他の先輩もいるなかで、私が一年生たちを引っ張るよう事を上級生に対しても全力でしたら、生意気だと言われて毛嫌いする人も出てくるでしょう。」
新島は三上の発言を聞いて視点が自分とまるっきり違うことに気づいた。
「俺がこんなだらしない格好をして、普段はボーッとしてぶっきらぼうでいるから悪いのです。そのことは私からお詫びしなければいけません。」
三上は新島に対して頭を下げた。今度は新島が慌てた。
「三上、頭を上げろ。なんで、お前は分かっててその格好をしてる?」
俺は淡々と答えることに徹した。
「私は工学部です。仮に新島先輩のような格好をしてしまうと、学部の仲間達から浮いてしまいます。金もないので貧相な格好しかできないこともありますが、学部の仲間は格好なんて気にしなくて、その性格や中身とか趣味嗜好だけで仲間にするか・しないかを判断するのです。」
そこまで言うと、新島先輩の顔がポカンとしているのが分かった。
「だから格好などに気を囚われず、ダサい服を着ようが気持ちさえ通ってれば仲良しになります。私としては面倒くさがりなので、この程度でちょうど良いのです。」
結果的に三上は空気を読むのがうまい。
もう一言、新島は彼に問いたかったが、棚倉が間に入ってきた。
「新島、この辺で良いだろ。それと、三上、頭を上げろ。」
そして棚倉寮長は続けた。
「三上。お前を来年度から副寮長に任命したい」
俺は『きた』と思った。自分は底辺高校で生徒会をやってた。そのことは棚倉寮長にすら話していない。それを話せば、なにか面倒なことを任されそうで、あえて話題にしてなかったのだ。
逆に言えば内申書などに囚われず、実力を持って迎え入れられた事になる。
「それに加えて、来年の4月に副寮長になるまえに、お前をかりそめの寮幹部として受け入れたい。具体的に言えば、今就職活動をしてる前寮長の大野先輩が、就職活動でこのまま帰郷することなった。そこで、お前が副寮長として勉強もかねて、3月まで寮長補佐を務めて欲しい。」
俺は少し考えて返答した。
「私で良ければ微力をつくします。」
「おお、三上、やってくれるか。お前に期待しているぞ、お前はやれば出来る子だ。」
棚倉先輩は嬉しそうだ。俺は新島先輩のほうを向いて少し笑顔になった。
「先輩は俺と姿も性格も180度全く違うと思います。だから、これを言っちゃ駄目とか気にせずに気兼ねなく喋って下さい。あと、駄目な点があっても恐れずに言って下さい。」
俺は少し笑顔を作った。
「この手のコンビは息を合わせないと駄目ですからねぇ。」
そういうと、俺は新島先輩に手をさし出しだした。
「先輩、これからよろしくお願いします。至らぬ点が満載だと思いますが、叱咤のほどお願いします。」
俺は新島先輩と少し長い時間、握手をした。 棚倉先輩はそれを嬉しそうに、少し自慢そうに眺めていた。
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俺は陽葵の少し長い髪を指で遊ぶように滑らせながら、新島先輩の下で副寮長になった経緯を話していた。葵は昼寝をしてるし、恭治は今日は部活もないし塾もないから友人の家に行ってしまった。
そんな話が始まったのは、例の件で新島先輩からSNSのDMで
おまえ、相変わらず元気にしてそうだなぁ
学生時代からのお熱いイチャイチャは相変わらずだな。
お前、あの当時は鈍すぎだったらしいが、
俺が復学した頃にはお前達に痛いぐらい当てられたわ。
当てられた俺は寂しくなって郷里に残した今の女房に電話しまくったわ!!
オメーは何年経っても…当ててくるのか…ちくしょ~~~にくい。
お熱い冷やかしの感想を貰ってしまったからだ。
大学時代の寮の面々は大人になってもSNSで繋がっていた。何しろ学生寮には色々な地方から集まる。でも、卒業してしまえば、てんでバラバラになってしまうのだ。
遠方だから会おうと思っても会えない。でも、ネットはそういう距離を飛び越えて気軽にやり取りができる。そこがネットの良いところでもある。
そのDMを陽葵に見せると屈託ない笑顔になった。
「そのDMは新島さんらしいわ…」
そう言うと、今度は顔をほんのりと朱色に染めた。
『やっぱり陽葵は可愛い』
そう思いながら俺は新島先輩の話しを陽葵の髪をいじっていた。