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~エピソード幕間2.5~ 新島涼と三上恭介①

 これは三上恭介が学生寮に入って1年生で冬に近づいた頃の話。

 恭介が陽葵と最初に出会う1年前になる。


 無論、霧島陽葵は高校生で志望校が決まって必死に受験勉強をしてた。三上が仕送りが途絶えがちな苦学生でかつ、ごく普通の一般寮生だった頃のお話。


 棚倉は副寮長の新島に話があると言って、新島を呼び出して寮監室で松尾さんも交えながら話しを始めた。

「来年度の寮長は新島、お前がやれ。それは分かるな?」


 新島は当たり前だと思って静かにうなずいた。

「先輩、それは当然だと受け止めています。ただ…副寮長が決まらないし、1年がパッとしないっす。」


 棚倉は新島の肩を叩いて、自信を持った表情で言い放った。

「実は副寮長候補として三上を考えている。」


 新島は記憶をたぐり寄せて…あいつが??という顔をした。

「三上って201号室の工学部のお宅っぽいアイツすっか?。先輩がアイツを可愛がってるのは分かりますが、あんなやつに何ができるのですか?。」


 新島が呆れて次の言葉を探す。

「寮のバイトで一緒だったとはいえ、あんなボーッとした奴を…。」


 これを棚倉が否定する前に松尾さんが声を出した。

「新島君。1年の三上君は見かけは頼りなさそうに見えるが、ちょっと他の子と違う。三上君は能ある鷹が爪を隠してるがの如く、実は色々な実力を隠してる。彼はこの寮のバイトを通じて、その一端が見え隠れしてるのだよ。寮のバイトをやってない新島君は分からないだろうけど…」


 棚倉は松尾さんに呼応するが如く

「三上はお前も見習ったほうが良いぐらいの事を俺がいない時にサラッとやってる。あいつは俺がいる時は俺に頼って黙って言われた事だけをボーッとやっていることも多い。だけどな、俺がいなくなって1年坊主しかいなくなると途端に姿が変わる。」


 新島は信じられないという表情を見せた。


 当然そうなると思った棚倉は

「新島。ちょっと三上を見てみるか?今日のバイト、俺が用事があって副寮長が代理で様子を見たと言え。それで三上の様子を近距離で見ずに遠目で見てろ。あいつの見かけに囚われてはいけない。三上はやればできる子だ。」


 棚倉はさらに言葉を加えた。

「あいつが、お前の補佐に回ったら、寮長会議で特に三鷹が訳の分からん事を言い出して議題が紛糾した時のストッパーにもなり得ると思っている。」


 新島は本当ですか?という表情を更に深めた。


「俺は最終的に三上を秘密兵器としたい。三上はあの見かけだから、最初は陰でボロクソに言われるかもしれない。暫くはあの不甲斐ない姿で女子側を油断させておいて、その後、一気にアイツが本領を発揮して、訳の分からん意見が出た場合に女子側の意見を一網打尽にして封じる事ができる能力を秘めている。」


 実際には三上恭介が、その能力を遺憾なく発揮するのは暫く後だし、それが秘密兵器なんて枠を超えて核爆弾級の破壊力だった事は棚倉の計算外すぎたのだが…。


 新島は信じがたい表情をした。

「先輩、マジッすか?。俺は、にわかに信じられません。あんなボーッとした奴が、まず、副寮長の職責を果たせるとは思えない。」


 棚倉は新島に

「まずは今日のバイトでの三上の様子を見てみてくれ。」


 新島は半信半疑で三上恭介の様子を見てみることにした。


 一方で、そんな会話が寮幹部であった事を知らない三上恭介は、たまったレポートや課題を片付けると寮のバイトの時間が近づいている事に気づいた。


『腹が減った。金がなくて昼飯を抜いたから相当に辛い。今日は休日だし、バイトを頑張った後の寮監の奥さんが出してくれる寮幹部の飯にありつけるかな?。とにかく頑張ろう。寮幹部が想像している以上に頑張れば飯にありつける。』


 彼はそんなハングリー精神を露わにしていた。


 俺が部屋から出ると棚倉寮長がやってきた。

「三上、すまぬ。今日は寮長の仕事で色々とあってバイトには行けない。1年坊主をお前が指揮して、なんとか俺の分まで頑張ってくれ。」


 俺は棚倉寮長の言葉を聞いて決意した。頑張った後のタダ飯が掛かっている。休日中に寮監の奥さんが出すご飯は、寮役員とバイトで頑張ったごく一部の人間しかありつけない。


 寮役員は寮の入り口にあるガラス張りの受付室で寮生や来客、寮生の家族や友人等の出入りの監視やその受付などもやる。電話番などもその役目だ。そこで寮監の奥さんが寮幹部を気遣って休日はご飯を出してくれる。奥さんは作りすぎる傾向にあるので、バイトでよく働いた子の労いの意味も含めて出されることもある。


 一般寮生でバイトをしてる人は寮長や寮幹部の目にとまらないと声が掛からない。だから知ってる人は一握りしかいない。


 このことを入学当時にバイトをしていた棚倉先輩から2人で浴場掃除をしてた時に教わって当初から必死にやっているのだ。


「棚倉先輩、俺は今日の夕飯も掛かってるから全力で頑張って何とかしてみます。仲間も飯にありつけるように奮起させてみます。」


 棚倉は三上の返答について苦笑いをしながら彼を暖かく見守った。

『三上の心に秘めたハングリー精神を新島にも植え付けたい。新島にはそれが全く足りてない。それに…この三上の受け答えからして、新島が抱いている三上のイメージとかけ離れているし。』


 三上は急いで寮監室に向かった。寮監室と受付室は繋がっいて、寮監室から受付室を通して入り口も見渡せる。受付室を通って寮監室に入ると、もう今日のバイトメンバーは揃っていた。


 今日は1年生と2年生のローテーションだった。これが、色々な組み合わせがあって3年生だったり4年生だったりする。


 今日のメンバーを見て三上は察する。2年生のローテーションなら新島先輩が2年生の方につくはず。申し訳ないけど、三上の目から見れば2年生少しやる気の無い寮生が多い。だから棚倉寮長は2年生を重点的に監視する事も多い。


 でも、最近は新島先輩が棚倉先輩の手伝いとして2年生の仕事ぶりを監視する事が多くなった。だから、三上と新島については、少し接点が薄い。三上も新島は副寮長という認識でしかない。


 彼は寮役員でもないので、彼らがいる間は出しゃばる事ができないと考えていた。それが、彼を内向的な行動に拍車を掛けて誤解する輩が多かっただけなのだ。


 1年生は俺みたいに困窮してる輩も多い。何しろ、世界的な恐慌がその当時襲ってて、親から少し仕送りが初っ端から途絶がちで連帯感もあった。


 今日は1年生が比較的少ないので浴場や水回りの掃除、2年生が寮内全般の清掃という事になった。 浴場掃除は棚倉先輩と一緒にやり続けているから、うまくこなせる。


 一方で恭介には疑問もあった。3年生と1年生のバイト時に棚倉先輩と俺は浴場掃除専門で固定状態であった。寮長の棚倉は寮長の仕事が色々とあるから、時間が空いた時のバイトで浴場掃除のほうが都合が良いとか意味の分からないことを理由にしていたが、後から真の理由を聞かされて三上は苦笑いだった。


 必死にやってる恭介を助けるために、棚倉が寮長特権で単に脇に置きたかっただけだった。恭介は最初の仕事ぶりを棚倉がみて既に目をかけられていたのだ。


 バイト寮生は寮監室で松尾さんから細かい指示を受けて、それぞれが持ち場に入った。それを見て新島が気配を消して三上の後を追いかけて脱衣室の入り口から遠目で三上の様子を伺った。


 そんな事に気付かない俺は1年生で見慣れた仲間に声を掛けた。

「竹田、大宮。今日は棚倉先輩が寮の用事でいないんだ。棚倉先輩の助太刀とか見回りもなく、俺らだけで浴場掃除のやらなきゃならない。」


 2人が少し不安そうな顔をした。彼らは浴場掃除にはあまり慣れてないから人手が少しでも欲しかったし、慣れてる棚倉寮長の助太刀は貴重だと判断していたのだ。


 でも、三上恭介は前向きに考える。慣れてない2人でも上手く適材適所で回せば相対速度は上がる。早く終わらせてチンタラやってる2年生の手伝いに回れば、その時点で飯にありつける可能性が高い。


 恭介は中学生の時代から親父の工場でバイトとして、鉄を削った際の切粉を集めて捨てたり、機械などを掃除したりしていた。


 高校生になって、従業員に雑じって機械も操作して簡単なものをフライスと呼ばれる機械を使って鉄を削ったり、ボール盤という機械でドリルで穴を開けたり、PCも使いこなせるのでNC工作機械と呼ばれる、自動的に機械が金属を削ってくれる指令を与えるプログラムをPCで組んで品物を作ったりもしている。


 工業高校で溶接や砥石の講習などもクリアしてるので、彼は溶接なんかもできる。工学部の機械工学科の実習面で見れば、三上のそれは飛び級クラスの英才教育そのものだった。


 だから『働く』という認識において、周りの子よりも慣らされていた。


 どうすれば、親父に怒鳴られて怒られないようにするかを悟って動いているうちに、体が勝手にそうなるし、大人への対応の仕方も小さい町工場とは言え、少ない従業員を通じて学んでいたのだ。


 竹田と大宮が動いてくれるようにするには、三上は親父が俺にハッパをかけるように、時にイヤになる俺を動かしていたような釣りが必要と考えた。


「竹田、大宮。お前らは知らないと思うが、このバイトで頑張った人のごく一握りに、休日限定で寮監の奥さんが作ってくれる飯を内緒で食わせてくれることがあるんだ。」


 竹田と大宮は目を見張った。休日分の飯が一食浮いた上に栄養の行き届いた飯が食える。これは苦学生にとっては願ってもない事だった。


「そのためには、この浴場掃除を早めに終わらせて、2年生の掃除に手をかけねばいけない。もしも飯にありつけなかったらコンビニの弁当を驕る。俺に掛けてみないか?。飯が駄目で無駄足だと俺を恨むなら、隣の村上が俺の部屋に置き去りにした出たばかりのゲームをやらせてやる。」


 そこまで言うと、俺は二人の目を見た。少し目の色が違ってきた。


「その条件でどうだ?」


 2人は三上に手放しで賛同した。


「三上、その話に乗った!!」

「俺も、飯にありつけるのは有り難いし、下手してもお前の驕りなら納得だ。」


 それを影から見ていた新島は驚きを持って息を潜めて見ていた。まず、同僚2人に放った言葉と同時に、アイツが竹田と大宮に向けている目は、人の上に立つべきリーダーの目だった。


 『あんなオタクでボーッとしてる三上があんなことができるなんて…あいつ、何を???』


 さらに恭介がかけた言葉に新島は開いた口が塞がらなかった。


「竹田、お前は寮内の掃除を見てると他の人より少し早いから、その感じで脱衣所全般の掃除を頼む。水回りの掃除まで手が及ばなければ俺が何とかやる。」


 三上は一呼吸おくと、次々に指示を出した。


「大宮は背が高いから、悪いけど浴室内の壁とか鏡とかの掃除を頼む。コレばかりは俺は背が小さくて駄目だ。俺は浴槽内と浴槽の床をやる。大丈夫だ。俺は棚倉寮長と嫌ってぐらい、この掃除をしてるから。」


 その時の三上の目は生徒会で生徒達に色々な指示を与えていくときの目だった。彼が惜しかったのはオタクな服装で髪の毛がボサボサな事だけだった。高校時代の制服ならもっと説得力があったかも知れない。



 ただ、新島には今の身なりでもそれは十分だった。あんな頼りなさそうな奴が、三上の言葉を信頼して仲間を動かそうとしてる。


「今日は3人だ。2人は慣れてなくても、1人多いから2人でやるよりも早く終わるかも。竹田、大宮。なにかあれば俺に声を掛けろ、分からない事を無理にやろうとするな。」


 2人は三上、お前に任せたと言わんばかりにうなずいた。


 「あ゛~~~???。なにそれ、反則だぞ…。おめぇ…。」

 新島は心の声を隠しきれずに、三上にその存在がバレるかと気にしながら、小さく押し殺して声を出した。


 新島は彼らの仕事ぶりは後から見るとして、だらしのない2年生の監視にうつった。今度は三上のインパクトが強すぎて、やる気の無さにイライラしてきた。


 新島がそのイライラ感を持って今度は浴場を再び見に行った。三上が指示をした2人も無駄な喋りなどをせずに手を動かしている。


 『…参った…』


 三上が新島に気付いた。

「新島さん、見回り、お疲れ様です。もう少しで浴場掃除が終わりそうなで寮内の掃除をお手伝いしましょうか?」


  その言葉は、その身なりから想像できないぐらいハキハキとしてしっかりしていた。

 『マジになんだコイツ???』


 新島は少し固まったが三上が言った事に答えた。

「すまない、向こうはあんまり進んでねぇんだよ、終わったら少し手伝ってくれ。」


「はい、わかりました、この掃除が終わったら取りあえず新島さんに連絡します。」


 その三上と新島のやり取りを聞いて、竹田と大宮は三上と新島のやり取りを聞いて飯にありつける期待感をあらわにした。


 その後、新島は寮監室に戻り、松尾さんと棚倉が駄弁っていたのも気にせずに言葉を放った。

「…棚倉先輩…。三上って何モンですか!!!!????」


 2人はその反応を見て確信を得たように笑い合った。

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