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第10話「模試の後のカレー屋さん」

駅前のカレー屋に集まった前田よしと他、長空第一中学3年生の男子集団は、各自注文を済ませると、この日行われた模試の自己採点を行ったり、熊谷が朝買った週刊少年ジャンプを回し読んだりして盛り上がっていた。穂谷野も、よしとと磯貝の近くに座った。


長空北高校を受験するよしとと磯貝は、国語から順に自己採点をして互いの点数を確認し合った。よしとの方が若干点数が高いようだった。熊谷と穂谷野も自己採点をした。模試が初めての二人は大体何点くらい取れば偏差値がいくつなのか気にしていた。


注文したカレーが運ばれてくると、皆夢中でカレーを食べた。やがて話題が模試や漫画から学校の女子の話題に移っていくのだった。


熊谷が、磯貝に、


「北条は彼氏いるんだっけ?」


と聞いた。


「熊さん。俺、アイツが男子に興味がある所を見たことがないんだけど」


「え?」


「北条は男を好きになる所から始めないと」


「おぉ~!そういう事を言うの?」


「は?」


「磯貝は北条が好きなんだな…磯貝が彼女を作らない理由なんだな…」


「いや…熊さんこそ彼女作らないのおかしいでしょ、あんなに女子に人気で。でも北条以外にしたほうがいいよ」


するとよしとが、


「磯貝もかなり人気のはず」


と割って入って来た。


熊谷は、


「じゃあ、支倉と北条だとどっち好きなん?」


と言った。


よしとと磯貝はギクッとして、言葉をしばし失ったが、聞いた衝撃は穂谷野ほどではなかった。穂谷野は支倉ハイムが好きだった。穂谷野は黙々と食べていたカレーとしばし目を合わせた。二人が何を言い出すかが気になった。ハイムと同じくらい勉強の出来るよしとと磯貝。


磯貝は、


「何故、支倉さんを巻き込むんだよ」


と言う。


よしとは、


「支倉は安心して勉強の話が出来る貴重な優等生だから」


と言う。


それを聞いた熊谷がゲラゲラと笑うと、


「支倉が一番が可愛いと思う人~!」


と言って、採決を取ろうとする。


穂谷野は、つい熊谷を睨みつけてしまった。


その穂谷野の視線に気が付いたのか、否か、熊谷は、


「穂谷野は支倉とよく話すけど仲がいいのか?」


と言った。


穂谷野は無言でカレーの続きを噛んでいた。穂谷野はハイムに対して大切な気持ちがある。可愛いと思った4月の日に箱に閉まった気持ち。9月になって最近よく話すようになって、それを箱から出すべきか悩んでいる。


熊谷が、


「カレーを味わって食べてる所申し訳ないけれど、男子バスケ部の輪の中でも支倉は得票率が高く人気だから、仲良さ気な穂谷野の動向が気になっています」


と言うと、熊谷の近くにいた男子達もクスクスと笑った。




穂谷野は、


「支倉さんは勉強が出来る人だから住む世界が違…」


と言った。穂谷野は「違う」と言い切る事を拒んだ。淡い期待があって、自分から諦めてしまうのも決断力がいる。


熊谷は、


「真面目だな」


と言う。


磯貝は、


「…え?要するに好きなの?」


と追求した。磯貝は穂谷野がハイムを好きかどうかが気になった。日頃他のクラスにいるからハイムと穂谷野の話す様子は全く見た事が無い。それでも磯貝はハイムを可愛くて優秀だと思っていたから、穂谷野がハイムをどう思っているのかは興味があった。


穂谷野のスプーンがカレーを乗せて口に運ぶ。


よしとは、


「…あそこまで打ち解けて好きじゃないのは良くないよ」


と暗い声で言った。まるでよしとが裁判官の口調で言っているように、穂谷野には聞こえた。


穂谷野は口の中のカレーを嚙みながら内心は動揺していた。まさかよしとから「好きでもないのに打ち解けるな」と言われるとは思わなかった。よしとこそハイムが好きだと言うのだろうか。


穂谷野は、


「前田君は支倉さんが好きなのかい?」


と言う。


よしとは、何か意味あり気な微笑みで、


「俺はバレーボール選手だからな!」


と言って、カレーの続きをスプーンで口に運んだ。


穂谷野は、


「成績の違いなんて気にするなって事かな?!」


と言うと、スプーンをカシャッと置いて返事を待った。よくわからないが、よしとはバレーボール選手だからハイムの事は特段遠慮をしているが、そうではない穂谷野はあんなに打ち解けた以上は気持ちを伝えるべきだと薦めているのか。


磯貝は、


「住む世界が違うって思う人となんで打ち解けたのかわからないけれど、打ち解けた後なら『好き』とは聞いて嫌な言葉ではないはず」


と言った。


熊谷は、ギャハハハと笑いながら、


「穂谷野がそこまで支倉を好きだとは知らなかったな~!」


と言い、両手を合わせて「ご馳走様」のポーズをしてから、


「明らかに穂谷野の体形を許容しているから穂谷野には貴重な存在だと思うぞ」


と笑いながら続けた。


穂谷野は剣道部だが柔道部とよく間違われた。漫画の柔道部のような如何にもな体形だ。


熊谷は、


「昼飯と称してカレー食っちまったな…今日も自主練で走らないとな!」


と言って、しかし美味しかったカレーに後悔は無い様子だった。


磯貝は、


「熊さんの話を聴く限り、秘かに人気者の支倉さんと仲が良いのだから諦めるのは勿体ないんじゃないかな」


と言う。


よしとは、


「心を許せる存在なのだから…」


と言うと、熊谷は意味あり気にゲラゲラと笑い飛ばして、


「穂谷野!告白しよう!絶対イケる!」


と言った。




穂谷野は、食べ終わったばかりの食器を眺めながら、


「支倉さんとお話出来なくなりそうで嫌だな…」


と言う。そもそも気持ちを伝えるだけでは駄目な気がするのだ。同じくらい勉強の出来る者が、喜びや不安を、もしかしたら将来を、分かち合っていく覚悟でないと、告白とはやってはいけない気がした。そのうえで思いの丈の数パーセントも汲んで貰えたら伝えた意味があると思って引き下がるくらいでいないといけない気が。


しかしその考え方こそ穂谷野からハイムへの感情そのものだった。穂谷野はまだ少年で、一般論のようにそう思っているが、むしろ気持ちを伝える事になんの臆面も無い者もいれば、何度も諦めずにアプローチする事が正しいと言う者もいる。ただハイムとは穂谷野にとってどこか気高く崇高で、俗物のような手合いではないと思えば思うほど、自分で思った通りに考えるのである。




熊谷は、


「告白して、フラれたら、卒業式の日にまた告白すればいいじゃん!」


とそそのかした。


よしとと磯貝は苦笑いで聴いていたが、熊谷は、


「『エッチな事がしたいのではありません』って言えよ」


と更に悪乗りをした。


そして、


「じゃあ俺が先陣を切ります。『支倉。変な事しないから俺と付き合え』って言います」


と言って穂谷野を煽った。




穂谷野は、流石にムッとして、


「熊谷君が告白するのは辞めて欲しい!支倉さんはビックリすると思うよ!」


と言った。


これには一同大爆笑をした。中学生達の笑い声がこだまする店内で、穂谷野は独り、心の中で「支倉さんが誰かの手に落ちたらどうしよう…!」と不安に駆られたのだった。 

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