模試の試験会場。
9月下旬に一足早く冬服を来たハイムと同じ様に、長袖のブレザー姿の生徒達は何人もいた。これから模試が行われる会場は、日頃高校生が通う都内の私立高校だ。教室も平日は授業が行われる。
皆受験票の通りに着席して、慣れた者は志望校を書く用紙に学校コードを記入していた。様々な学校から模試を受けに会場へやって来た中学生達が生み出す静寂と、幾ばくかの談笑の声。
ハイムが教室に行くと、同じ教室に学ラン姿の穂谷野がいた。ハイムの銀色の髪は目立つのか、穂谷野は直ぐにハイムを見つけた。
穂谷野は模試が面倒くさいと思っていたが、受験の為に必要だと理解して頑張って受験していた。それが功を奏したのか、学校の外でハイムと同じ時間を過ごす事ができた。穂谷野は自分から話しかけようか悩んでいると、ハイムも穂谷野を見つけて笑う。そして教室前方の自分の座席の、椅子に鞄を置いて、後方に座る穂谷野の方へ歩いて行った。
「穂谷野君。おはよう」
「支倉さん。おはよう」
ハイムは、フッと緊張が解れたように穂谷野に話しかけた。そして二人でしばらく話していた。穂谷野は思わぬ形で好きな女の子と会話する事が出来て嬉しかった。学校で席が近い。その理由で最近よく話すハイムと、今一緒にいられる事が嬉しかった。
ハイムは穂谷野の表情をよく見てから、
「第一志望を長空北高校から日根野谷高校にしないかって親に言われたんだ…」
と打ち明けた。北条セナや前田よしとではなく、あえて穂谷野に打ち明けた。セナからは成績の合わない者を巻き込むなと言われていたが。
穂谷野は、
「え?!そうなんだ!」
と言って嬉しそうだった。穂谷野は、ハイムがよしとのような文武両道の者を好きだとてっきり思っていたから。穂谷野は、
「日根野谷高校が都立だと一番上だっけ?凄いなぁ~!」
と言った。穂谷野は、学年1位のハイムにもハイムより上があって、悩みがあるのだなと思った。穂谷野が自分の成績で悩んでいるように、ハイムにも悩みがある。
ハイムは、
「親が『旧帝大に行けるように』って言うの…」
と言った。
「それは凄いな!旧帝大とか僕には全然わからない世界だよ。大学の話なんて親と全くしていない…」
「行くとしたら高校の偏差値から10引いた数値の大学が目安だって。穂谷野君も大学に行くとしたら参考にしてね…」
「そっか~!その為に模試とか受けるんだよね!ありがとう!」
穂谷野は、ただハイムが「よしとと同じ高校に行きたい」とか、そういうつもりでは全く無い事が嬉しかったのだった。周りに内緒で秘かに志望校を悩んでいた。穂谷野は、ハイムが好きで、ハイムはもしかしたらよしとが好きなのかと思っていた。
「セナには、なんて言おうか悩んでるから、秘密だよ?」
「もちろんだよ!前田君にも言わないでおくね!」
ハイムは、穂谷野に対しては安心感があって、自分の悩みを一番に打ち明ける事が出来たのだった。
それから試験監督が来ると、ハイムはまた受験票の示す座席に戻って行った。第一志望に長空北高校、第二志望に日根野谷高校を書いた。あと二つは適当な私立高校を書いておいた。
試験1限目は国語だ。問題が配られて後ろの席に回した。少し透けて見える問題用紙を目を凝らして見て、早く解きたいなと思う。シャープペンシルを置いて開始のチャイムを待つ。試験監督の厳かな表情が緊張感を高める。
そして開始のチャイムが鳴った。
問題用紙を開いて、まず一番最後の文法問題から解く。その次は古文。そして一番最初の物語文。最後に説明文を解く。手短に解ける問題から解くように塾で教わる。シャリシャリとシャープペンシルを走らせるハイムは、全力で集中して問題を解いて行った。
穂谷野は、少しだけハイムの事を考えていたが、模試は自分の為の大切な試験だと理解していたから、直ぐに集中して問題を解いた。
時計の針が、少しずつ動いて、有限な試験時間のプレッシャーを刻一刻と与える。本番さながらの緊張感で向き合うからこそ模試なのである。
ハイムは問題を解き終えると見直しを始めた。偏差値72は上位1%だ。統計的に言って、その教室で一番勉強が出来る。音を立てずにチラチラと問題と答えを見直した。国語は満点を取りたいハイム。
穂谷野は、まだ解いていた。チラッとハイムの方を見ると、少しだけ勇気が出た。
国語の試験が終わると、ハイムは自分の席に腰掛けたまま休み時間を過ごして、決して穂谷野の方に歩いて来なかった。穂谷野はハイムの後ろ姿をただ見ていた。春先から秘かに気に入っていたハイムの後ろ姿、何も変わらない光景に今ではよく話すようになった事実が塗られて、ハイムの銀色の髪ももしかしたら違った色合いかもしれなかった。
試験2限目は数学だ。35分間の試験時間と、10分間のインターバルで試験は続く。
数学が終わると、少し長めの休憩時間になり、一旦受験生が全員廊下に出た。穂谷野は、ハイムに話しかけようかと思った。しかしハイムは、隣の教室で受験していたセナとよしとに話しかけられて、
「お疲れ様~!」
と嬉しそうに試験内容を少し振り返っていた。穂谷野は、日頃の自分の友達が近場に居ないかキョロキョロしたが居なかった。独りでボウッと窓の外の景色など眺めて過ごした。