「新婦の山本花音です。まずは、このような素敵な結婚式をプロデュースしてくださいましたウェディングプランナーさんや結婚式場のスタッフの方々に感謝申し上げます。私たちは、たぶんかなり無茶な注文をしただろうに、いつも丁寧に対応してくれて本当にありがとうございます」
彼女はそう言って、話し始めた。
これは他の人が聞けば、話をする前の決まり文句と捉えて、特に何も感じないだろう。
でも、僕は彼女の他の人があまりしない、さりげない思いやりを知っている。
例えば、コンビニで会計が終わった後に、店員さんに「ありがとう」と毎回彼女は言っている。
「そして、まずは、謝罪をさせてください」
彼女はそう言って、僕の方向いて頭を下げた。
「瑞貴ちゃん、『イベント事』の日が九月と十月になくてごめんなさい。本当はその間にも、『イベント事』の日をやりたい気持ちはありました。でも、結婚式の特別なサプライズを考えたり、その準備をしていると、時間がとれませんでした。これは私の都合であり、瑞貴ちゃんのせいじゃないからね。きっと不安だったよね。本当にごめんね」
「大丈夫だよ」と僕は言った。
僕がそのことで不安になるだろうと、彼女が気づいてくれただけで十分だから。
弱い僕を認め受け入れてくれたことと同じ意味だから。
「許してくれてありがとう。それでは、メッセージに移らせてもらいます。まず、新婦のメッセージと先程アナウンスして頂きましたが、実は私のメッセージではありません」
「えっ、そうなの?」
僕は裏声が出てしまった。
そして彼女の言葉じゃないのに、どうやってきゅんとさせるのだろうかと僕は疑問に思った。
「はい。今回は三名の方より、事前に手紙を頂いているので、私が代わりにそちらを読ませて頂きます」
僕の反応にも、彼女はしっかりと答えてくれた。
「まずは一人目の手紙を読み上げます」と言って、彼女は便箋をだして読み上げようとする。
そこで僕は「ん?」と久々に思った。
「花音ちゃん、その前に質問なんだけど、いい?」
「はい、どうぞ」
こんな風に自由に話しかけられるのも、二人だけの結婚式だからできるのだろう。なにせ、この結婚式場には僕たちの他には式場関係者しかいないのだから。
「もしかして手紙は、誰からのかわからない状態で聞くの?」
「はい。そうです。最後に誰からはわかるようになっています。予想しながら聞いてもらえると楽しめるかと思います」
彼女は前で話す時だけでなく、僕の質問にも丁寧な話し方を崩さない。
これは、『イベント事』の日と同じように、彼女の徹底したスタイルだ。
そして、誰からかわからない手紙とは、本当に次から次へとアイデアが浮かぶよねと感心した。
「瑞貴、ご結婚おめでとうございます。
最近のお二人の話は、花音さんに聞かせてもらいました。
瑞貴は優しい分一人で悩みすぎてしまうところがあります。
でも、肝心な時に行動できる『強さ』も持っていると私が断言できます。
どんな時も二人で、助け合い支え合うことを忘れないでくださいね。
母より」
小さな頃から何度もお母さんが僕に言ってくれていた言葉だった。
「瑞貴は優しい。けど、『強さ』もしっかりあるから大丈夫よ」
その言葉を今改めて聞くと、お母さんは誰よりも僕のことを理解していて、思ってくれていることがわかった。
僕は、胸が熱くなった。
お母さんはいつだって、何かできなかった時に僕をしかるのではなく、優しい言葉をかけてくれずっと見守ってくれていた。
そのおかげで、僕は今まで頑張ることができていた。
今度お母さんに会ったら、今までのお礼をしっかり言おうと僕は思った。
そして、お母さんからの手紙があるということは、彼女が僕の実家まで一人で行き、「手紙を書いてほしい」とお願いしたということだ。
彼女と僕のお母さんはそんなに仲が悪くはない。
でも、彼女にとっては夫の親なわけで、一般的に考えてお願いしにいきにくい相手であるだろう。
僕のために、自分のことは顧みず大変なことをしてくれた彼女の思いに胸がドキドキと音を鳴らしている。
あれ、こんな予定じゃなかったのに。
「次は、二人目の手紙を読み上げます」
彼女は僕の表情をチラッと見ていた。
「瑞貴、ご結婚おめでとうございます。
花音を一生幸せにするとあの日断言したのを覚えていますよね?
花音から結婚生活について聞きました。
人を幸せにするのは、とても難しいと気づきましたか?
『愛すること』と『幸せにすること』は別物なのです。
愛していれば、それだけでなんでもうまくいくわけじゃないのです。そんなに簡単なら、どの夫婦も別れることなく、幸せになっています。
相手を思いやり、考え続けることが大切なのです。
そんなこともわかっていないのに、あの日迷うことなく私にあのように言った君には驚きました。
でも、それを上回る花音へのまっすぐ愛情を感じました。いや、その愛情に正直心を揺さぶれました。
強い思いは、奇跡すら起こすのかもしれません。
私の頑なな気持ちを変えたように、きっと君なら花音をこれから先もずっと幸せにできると私は信じています。
そして、これからは私もついていることを忘れないでください。
花音と瑞貴の父親より」
結婚の挨拶をしに行った時、彼女のお父さんは終始厳しい態度だった。
このような言葉をくれることは、もちろんなかった。
そんな彼女のお父さんが、僕のことを少しでも認めてくれた。
僕が無我夢中でやってきたことを、ちゃんと見てくれている人が他にもいた。
それは僕にとってすごく嬉しいことだった。
僕が結婚した時と何も変わっていなければ、彼女がいくら僕のいいところをお父さんに言ったところで、彼女のお父さんは僕に対してこんな形で本音を言わなかっただろう。
そして、彼女がわざわざ僕のことを彼女のお父さんに話してくれたことに、感謝を超えて感動した。
ここでふとあることに気づいた。
結婚式の準備をしている時、彼女は僕にどんな結婚式をあげたいか聞いてくれた。その時僕は「大勢の人に祝ってもらいたいけど」と言った。
彼女は僕がさりげなく言ったその言葉を受け取り、叶えるためにこのようなことをしてくれている。
彼女の愛情を深さを感じた。
僕はもうきゅんとするとかしない関係なく、今すぐ彼女を抱きしめたくなった。
「最後に、三人目の手紙を読みあげます」
「あなたが、再び私を見つけてくれました。
私がただ寂しくて、強引に始めた『イベント事』の日でしたが、あなたは拒否することなくわからないなりにその度に一生懸命私と向き合ってくれましたね。
時には間違えることがあっても、決して途中で諦めることをあなたはしませんでしたよね。
その姿があまりにもまぶしくて、まるで光りのようでした。私はドキドキしてしまいました。
私のことにもっと関心をもってもらうために始めた『イベント事』の日なのに、逆に私があなたの新たな一面を見つけて、もっと好きになりました。
あなたは一人でいる私を再び見つけてくれました。「一緒にいこう」と私の手を強く握って、共に歩く道を探してくれました。
私はこれから先どんな感情も、どんな気持ちも、あなたと共有したいと思っています。
私を見つけて、理解してくれて本当にありがとう。
花音より」
彼女に出会って結婚してから彼女のそばにずっといたのに、彼女に一人ぼっちだと僕は感じさせていた。
彼女のことを、勝手にわかっているつもりでいた。
『イベント事』の日がなければ、たくさんの大切な感情に気づくことがなかった。
二人で共にする喜びも、『イベント事』の日が、いや彼女が、僕に教えてくれた。
相手を理解するということは、相手の考え方を受け入れ、自分も変わることだと僕は思う。
それは簡単なことじゃないし、時間もかかることだ。
それでも、僕は今後もずっと彼女のことを理解することを続けたいとまた強く思った。
僕はこの先も、彼女と共に幸せな時間を重ねていきたいから。
「これで、私のメッセージを終わります。最後まで聞いてくれてありがとうございました」
彼女はいつものように僕の元に走ってきた。「どう? きゅんとした??」と無邪気に笑った。
僕は「すごくきゅんとしたよ」と、彼女を強く抱きしめた。
「僕の方こそ、理解してくれてありがとう」
彼女は僕の目を見て、しっかりと頷いてくれたのだった。
幸せには、きっと終わりというものがない。