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二十六章 「幸せの鐘を鳴らそう①」

「緊張している?」

 四月二十八日。

 今日は結婚式当日。

 僕たちはいつもよりかなり早く起きて、結婚式場に行く準備をした。

 今僕は結婚式場に向かう車の中で、彼女に話しかけている。

「楽しみな部分もあるけど、やっぱり緊張はしているよ」

「そうだよね。じゃあ少し気持ちが和らぐようなお話をするね」

 僕はゆっくりと考えていた話をすることにした。

 こんな風に彼女のことを自然と気にかけるようになったのも、僕の中で大きな変化だ。

「僕は、最近ずっとあることは一体なんだろうかと考えていたのだよ」

「あること? それはどんなこと??」

「それは『幸せ』ってなんだろうってことだよ。『イベント事』の日、そして話し合いをしながら、ずっと考えていた。最初は花音ちゃんの思い描く幸せとは、もしかしたら僕の思う幸せと違うかなということから始まった。何を幸せとするかは人それぞれだからね。もし違うなら、花音ちゃんはどんなことを幸せだと感じるのか知りたいと思った。それは、その時の僕は、花音ちゃんが幸せであることが僕の幸せであると思っていたから。でも、花音ちゃんの考えを知り、僕も改めて考えることで、幸せの考え方が変わった。夫婦の話もしたよね。そして、夫婦としての幸せってなんだろうと考えた。でも、なかなかそれはしっくりくるものが見つからなかった。それがやっとわかった」

「幸せについてずっと真剣に考えてくれていたんだね。ありがとう。その答えは?」

 彼女は少し落ち着いたようで、いつもの調子に戻っていた。

「夫婦の幸せとは、『日常の中に隠されている相手の愛情を見つけ、それを言葉にすること』だと僕は思ったよ」

「素敵な考え方ね。もう少し詳しく教えて」

 僕は彼女のように説明を始めた。

「花音ちゃんが前に言ってたよね? 僕たちは知らず知らずのうちに特別なことがあるのに、毎日を普通の日にしているって。それを聞いてはっと思った。花音ちゃんはもしかしたらたくさんの愛情を注いでくれているのに、僕はそれを見落としてることもあるのかなって。だからそれを日常の中から楽しみながら見つけ出し、言葉にする。言葉にしなきゃ、自分の気持ちは相手に伝わらないから。『愛情』という感情を二人の感情に変えたい。そして、『愛情』も一人で完結しない感情だとわかったから」

「私は、本当に幸せ者ね。こんなにも私のことを思ってくれる夫がいるのだから」

 彼女はホッとした顔をしていた。

 それは心から安心していると、今の僕にはわかった。

「まだまだ至らないところはあるだろうけど、花音ちゃんともっともっと幸せになりたいからね」

「うん、これからもよろしくね」

 そんな話をしているうちに、結婚式場にたどり着いた。

 結婚式場に着くと、ウェディングプランナーさんと簡単に話し、すぐにお互いに衣装に着替えをすることとなった。

 僕の方が早く準備が終わったので、今日の流れを確認することにした。

 結婚式自体は、建物自体が教会だし、キリスト教式だ。

 『二人だけの結婚式』のスタイルも、シンプルな挙式だけの教会式や国内外のリゾート地で挙げるものなど、実は様々ある。

 僕たちは、『ホワイトセレモニー』というスタイルにした。

 これは、従来の教会式のスタイルに縛られないスタイルで、夫婦になる誓いを交わすことに重点をおいている。

 そこに重点をおいていることも、僕たちに合っているなと思った。僕たちは、今日改めて『夫婦』として再スタートをきるのだから。

 今日の流れとしては、①結婚式場に入場。②誓いの言葉。③指輪の交換。④退場。となっている。

 彼女はドレスを二着着たいと言っていたので、誓いの言葉の後で、彼女だけお色直しにいくこととなっている。

 普通はそのタイミングでお色直しにいくことは少ないと思う。でもホワイトセレモニーだからこそ、その辺は臨機応変にすることができた。

 そして、普通の結婚式と大きく違う点は、新婦を連れてバージンロードを歩くのが新婦のお父さんではなく、僕だと言うことだ。 

「お待たせ」

 しばらくすると、彼女は純白のウェディングドレス姿でやってきた。

 きれいなベールを被っている。肩の部分はレース生地になっていて、ウェディングドレス自体は何重にも重ねられた丸みを帯びたものでかわいらしい。花の刺繍も描かれている。背中には大きなリボンがついていた。

「きれいだよ」

 「きれいだよ」とばかり言ってる気がしたけど、人は本当に美しいものを見た時、たくさんの言葉は必要ないようだ。

 彼女のウェディングドレス姿なら、何度でも見たいと思うほどの美しさがあった。

「ありがとう」

 彼女は照れていた。

「お姫様、いきましょうか」

 僕は、そう言って彼女の手をとり、結婚式場に入っていった。

 扉の向こうは、光り輝く別世界だった。

 二人で選んだ音楽が、結婚式場を温かい雰囲気にしてくれている。

 自然の光りだけでなく、さまざまなところに散りばめられた照明が結婚式場を照らしている。

 バージンロードは、白いだけでなく透明になっていて、透けて光りを放っている。

 まさしく、僕たちが結婚式のテーマにした『光り』そのものだった。

 僕はその中をゆっくりと彼女とペースに合わせて歩いていく。

 今まで彼女が僕にペースを合わせてくれていたと思う。『イベント事』の日は完全に彼女のペースに合わせることとなった。

 今は、お互いにペースを合わせて歩んでいきたいと思っている。

 結婚式場の中心である祭壇まで着き、二人で目の前にある誓いの文を手にとる。

 そして、それを二人で持ちながら、声を揃えて読み上げる。

 誓いの言葉の誓い方はいろいろあるけど、僕たちは何でも一緒にしたかったので、この方法を選んだ。

 「私たちは、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、パートナーを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓います」

 その瞬間、結婚式場にある大きな鐘がきれいな音を鳴り響かせたのだった。

 彼女はお色直しの為に、一度退場していった。

 こんなにも素敵なところで、きれいな彼女が今さっきまで隣にいた。

 でも、今は僕一人だ。

 もちろん、僕も一緒に一度退場することはできた。

 でも、僕が退場しても特にすることはないので、結婚式場内に残ることにしたのだ。

 一人になることはわかっていたのに、いざ一人になると急に不安になってきた。

 僕は本当にこの場に、彼女に、相応しい人なんだろうか。

 また暗い感情はどんどんあふれてきそうになる。 

 その時、扉が勢いよく開けられた。

 そして、彼女は僕めがけて迷うことなく走ってきた。

 オレンジのカラードレスがひらひらと揺れる。

 靴もいつの間にか先程のヒールの高い靴ではなく、歩きやそうな靴に変わっている。

 そうして、僕に飛びついてきた。

「ドレス姿でお姫様抱っこされたかったのよね」

 彼女は楽しそうにそう言った。

 「だからって、練習も打ち合わせもなく、突然やる?」

「でも、瑞貴ちゃんはしっかり受け止めてくれたよね?」

 彼女はまっすぐ僕を見つめてきた。そして、その言葉には「大丈夫だよ」という思いが込められているように思えて元気をもらえた。

 こんな演出は、リハーサルの時にはもちろんなかった。

 突然のことだったけど、僕も彼女につられて自然と笑顔になっていた。

 彼女は、僕が一人になるとどんな気持ちになるかわかっていたのだろう。

 だから、僕のためにこんな大胆な行動をしてくれたのだ。

 彼女には、本当に敵わない。

「本当に計画的なのか、大雑把なのかわからないね」

 僕はたくさんの愛情を込めて、そう言った。

「そんな私だけど、いい?」

 彼女の顔が近づいてくる。

 「そんな」なのは、僕の方だ。

 でも彼女が僕を受け入れてくれるから、僕はその気持ちに応えたいと前を向ける。『小さな僕』に何度否定されてへこんでも、僕は彼女のためにまた前を向きたい。

 誰よりも僕のことを理解して大切に思ってくれる彼女を、僕も理解したいから。そして、何があっても彼女の味方でい続けたいから。

「もちろん」

 そう言って、彼女に口づけをした。

 そして、彼女をゆっくりと下ろした。

 彼女のおかげで、その後僕たちは笑顔で予定通り指輪交換をできたのだった。

 結婚式の全ての予定が終わり、あとは退場をするだけだなと思っていた時だった。

 「続きまして、新婦様よりメッセージです」と司会進行役のウェディングプランナーさんの声が聞こえてきた。

「えっ!?」

 僕は思わず声を出してしまった。

 結婚式の予定には、そのようなものはなかった。もちろん、彼女からも直接聞いていない。

 僕は目を大きく開き、隣にいる彼女を見つめる。

 彼女は「私の本気のきゅんを、瑞貴ちゃんにあげるよ」とウインクをした。

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