目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
二十五章 「結婚式の準備」

 一月十一日。

「結婚式を挙げたい日の希望はある?」

 僕は晩ごはんを食べた後、早速結婚式の話を彼女にした。

 これは、彼女が日付に何かしらのこだわりをもっているとわかったから、それについて聞きたいからだ。

 結婚式の準備を丸投げしたわけではなく、彼女だけを優先した言葉でもない。

「四月二十八日がいい! むしろ、四月二十八日じゃなきゃ嫌」

「うんうん、デジャブを激しく感じるよ。うん、じゃあその日にする?」

「やったー」

 彼女はその場で跳ねて、喜んでいた。

「でも一つ教えてくれるかな。なんで花音ちゃんはいつも日付にこだわるの?」

 僕はずっと気になってることを聞いた。

「それは、私たちが『特別な日』を、知らず知らずのうちに普通な日にしてしまってることが多いからだよ。小さな喜びや幸せでもいい。大切なのは、その出来事をどう捉え、私たちがその日をどんな一日と考えるかだよ。つまり、捉え方次第で『特別な日』はいくらでも作れる。私は瑞貴ちゃんとの『特別な日』をたくさん作りたいのだよ」

「花音ちゃんが日付にこだわるのは、そういう考え方があったんだね。すっきりしたし、僕も『特別な日』を一緒に作りたいと思ったよ」

「よかった。いつも私の考え方を認めてくれてありがとう。本当に感謝してるよ」

 彼女は頭を下げてそう言った。

「いえいえ。じゃあ、四月二十八日は、僕たちにとってどんな特別な日なの? 僕は考えだけど、わからなかったよ」

「それは、私があの喫茶店で瑞貴ちゃんに初めて出会い、恋をした日だよ」

「なるほど、僕たちの始まりの日か。それは結婚式を挙げる日としていいね。さらにもう一つ、ある日付について教えてほしいんだけどいい?」

「うん、いいよ」

「婚姻届をだしに行く時、十一月一日にこだわったのはどんな理由があったの?」

 このことも、僕は『イベント事』の日をしている時から、ずっと気になっていた。

「それは、」

 彼女は少し困った顔をしていた。

「それは、実は、十一月一日には特に意味はないの」

「えっ、そうなの!?」

 僕はどういうことだろうかと、彼女を見つめた。

 彼女は少し恥ずかしそうな顔をしていた。

「だって、あの頃の瑞貴ちゃんは記念日とか全然二人で祝おうとしなかったんだもん。付き合って一ヶ月記念の時だって、私だけ舞い上がってて、瑞貴ちゃんはいつもと変わらなかった。それが寂しかった。だから、あの時強く印象を与えれば、今後記念日を意識してくれるようになるかなと思ったのだよ。だから十一月一日には、なんの意味もないのだよ」

 彼女なりにどう伝えようかすごく悩んだろうなということが今ならわかる。

 当時の僕は記念日のことも、彼女の気持ちにも全く気づくこともなく、本当に何を考えていたのだろうと思う。

 だから、十一月一日の『イベント事』の日、彼女が「今回は、一緒に祝ってくれた」とホッとした顔をしていたのかと今わかった。婚姻届を出しに行った日、確かに僕は彼女と一緒に祝うことをしなかった。

「それはごめんね。今更そのことを謝っても過去は変えられないけど、これからは絶対記念日を大切にするから」

「今は変わってくれたから、いいのよ」

「ありがとう」

 彼女はいつも許してくれる。

 もちろん、なんでも許すわけではなく、僕が頑張ったことならだ。

 そのことも特別なことだとわかった。

「話を結婚式に戻すけど、瑞貴ちゃんはどんな結婚式をしたい??」

「うーん、大勢の人に祝ってもらってもらいたいけど。そんな場に自分がいていいのかと考えちゃう」

 僕は正直に気持ちを話した。情けなくても、無理せず正直に話すと決めたのだから。

「じゃあさ、『二人だけの結婚式』っていうのはどう?」

「『二人だけの結婚式』?? そんなのがあるの?」

「あるよ。参加するのは私たちだけ。これなら気負いしなくていけそう?」

 そう言って、彼女は二人だけの結婚式について細かく教えてくれた。

「うん。それなら大丈夫そうだけど、花音ちゃんはそんな小規模の結婚式ででいいの?」

 彼女は女性だし、僕よりも結婚式について理想や憧れをたくさん抱いている気がした。

「うん。だって結婚式は、私が主役じゃないから。主役は『私たち』だよ。なんと、ダブル主演だよ! だから、私だけじゃなくて、瑞貴ちゃんも楽しめなきゃ意味がないのだよ」

 彼女の言葉が、また心に響いた。

「ありがとう」

「それに『二人だけの結婚式』なら準備期間も短くていけるし。私は、瑞貴ちゃんとの結婚式が楽しみすぎて、一年とか待てないもん」

 たくさんの人を呼ぶ結婚式にするなら、その準備期間は一年ぐらいかかることがあると僕も知っている。

 でも、いつものことながら彼女の笑顔は、うっとりしてしまうほど美しくて心が奪われる。

「『二人だけの結婚式』を挙げることができる式場を探そうか」

 僕は早速パソコンを持ってきた。

 スマホでも調べられるけど、パソコンの方が画面を二人で見れると思ったからだ。

「その前に、私たちの結婚式のテーマを決めない??」

「テーマ?」

 結婚式には、テーマがあるのかと僕はまたしてもあまりピンとこなかった。

「そう。結婚式は私たちにとってどんな意味があるか、なぜ結婚式を挙げるのかなどを考えるのよ。わかりにくいなら色だけでもいい。テーマが決まってる方が、式場見学に行った時も、より具体的に説明できると思うから」

「なるほど。うーん、テーマは、『光り』はどうかな? 僕たちは夫婦としてこれから再スタートをするわけだし、お互いを照らしあう存在でいたいから」

「瑞貴ちゃんのそのロマンチックなところも私は好きだよ。私も、今聞いて、その言葉はいいなと思った。『光り』という言葉から、私も色々想像が膨らむし」

 その後、僕たちは二人で話し合いながら結婚式場を探した。

 そして、二つの結婚式場を予約した。


 二月一日。

 今日は一つ目の結婚式場見学の日だ。

 外観は、教会の形に似ている。先端がとんがった建物は日本の建物にはあまりなく珍しい。大きな鉄格子の扉には花がたくさん咲いていて、童話のような世界感も少しある。入り口の扉を開けると、広く長い階段がずっと続いている。

 階段を登り、中に入っていくと結婚式場のスタッフがすぐにやってきてくれた。

 その人は、愛想がよくて、すごく落ち着いていた。

 僕は少し話しただけで、この人は温かくていい人だなとわかった。

 人を見ると言うと、なんか品定めをしてるみたいで嫌だけど。僕たちが結婚式を挙げるのをサポートしてくれる人が、どんな雰囲気をもった人かは結構大切だと僕は考えている。

 その人が僕たちの結婚式を担当するウェディングプランナーの方だったようで、そのまま話を進めていってくれた。

 僕たちはまず自分たちの希望を伝えた。ウェディングプランナーさんもそれならこういうプランがあると色々提案してくれた。

 プランについても、彼女と二人でどれがいいかその場でよく話し合った。

 一通り説明が終わると、次は実際に結婚式を挙げる場所へと案内してくれた。

「きれい」

 彼女の声が、響き渡っている。

 そこは、中心部の前面がガラス張りになっていて、外の光りが差し込むような作りになっていた。

 非日常感があり、素敵だ。

 飾り付けは、白とピンクを基調としたデザインでかわいい感じもある。

「こんな素敵なところで結婚式を挙げられたら、絶対幸せになれるね」

「そうだね」

 彼女は今日一番の笑顔を見せていた。

 最後に、ドレスの試着を彼女がすることとなった。

 ドレスが飾られてる部屋に着くと、「すごーい!」と彼女がすぐに歓声をあげた。

 確かにドレスの種類は、僕が見てもわかるぐらいかなりたくさんあった。 

 彼女はどれにしようかなと迷いながら、三着選んでいた。

 そして、試着室に入っていった。

「準備はいい?」

 突然、試着室からそんな声が聞こえてきた。

「準備って、何の準備?」

「それは、驚きすぎて声が出ないようにならないための心の準備だよ」

 試着室の中からクスクスと笑い声が聞こえてきた。

「また前のことを思い出しているし。その準備なら大丈夫だよ」

 前とは、二月十四日の『イベント事』の日に、彼女からサプライズプレゼントをもらった時のことだ。あの時は、驚きすぎて僕は反応することはもちろんできなかったし、声も出せなかった。

 試着室がパーっと開き、純白のウェディングドレスに包まれた彼女が目の前に現れた。

「きれいだよ」と自然と言葉がでた。  

 今きっと僕の顔は相当にやけている。

 一着目は、ふんわり丸いシルエットで、かわいらしい純白のウェディングドレスだった。

「ありがとう。まだあと二着あるからね」と彼女はテンション高めに試着室の中にささっと戻っていった。

 二着目もまた純白のウェディングドレスだった。でも、一着目とはまた違い大人っぽくエレガントな感じだった。

「すごく似合ってるよ」と僕が言うと、彼女は「瑞貴ちゃんは、一着目の感じとこっちだとどっちが萌える?」とニヤニヤしながら聞いてきた。

「ウェディングドレスで遊んじゃダメです」と僕はしっかりツッコんだ。

 彼女は「はーい」と少し反省していた。

「とにかく、どちらも素敵だけど、花音ちゃんの雰囲気からすると一着目の感じの方が僕は似合ってると思うよ」

「やっぱりー! 私もそう思ったよ。残り一着はカラードレスだよ」

 また急いで試着室に戻っていった。

 「一秒も離れたくない」と彼女が前に言っていた気持ちが、今では僕もすごくわかる。一人になると急に寂しくなるから。

「だいぶ雰囲気が変わるね。でも、このドレスはかわいくて花音ちゃんの雰囲気にぴったりあってるね」

 三着目は、淡いオレンジ色のドレスだった。小さな花の刺繍がところどころにされていた。

「そうだよね。私も白いウェディングドレスとだいぶ雰囲気が変わるなあと驚いたよ。でも私はオレンジ色が好きだから、オレンジのドレスを着たいなあと小さな頃からずっと思ってたのよ」

「そうだね。オレンジ色は、花音ちゃんの好きな色だもんね。でも、三着それぞれに良さがあって、迷っちゃうね」

「でも、こんなふうに一緒に迷うことも楽しいね」

「そうだね。迷うことも花音ちゃんとなら楽しめそう」

 迷うことは一般的にマイナスなイメージを持つ人が多いと思う。でも、彼女とならそれさえも楽しいものに変えられる気がした。

「私もだよ」

 彼女は顔を赤くしていた。

 試着が終わった後も、もう少しだけ二人で他のドレスを一緒に見た。

「これで本日の案内は終わります。少しでも結婚式のイメージはわきましたか?」

 ウェディングプランナーの方は、カタログなどを袋にまとめて渡してくれた。

「はい。丁寧に説明をしてくださりありがとうございます。やはり実際に見にくるといろいろなことがわかりますね」

「そう言って頂けて、光栄です」

 そこで、僕たち二人はお互いの顔を見て、頷いた。

 どうやら言葉にしなくても、僕たちの思いは同じだったようだ。

「本来は今日は見学だけの予定でしたが、とても気に入りましたので、こちらで結婚式を挙げたいです。この後、その手続きもお願いしてもいいですか?」

「はい。ありがとうございます。それでは詳しいスケジュールのお話をしますね」

 僕たちは、結婚式の準備を進めていったのだった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?