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二十四章 「二人の今一番したいことは?」


 一月十日。

 カーテン越しに朝日が少しだけ入ってくる。

 僕は、目を覚ました。

 今は朝の七時。

 今日は、仕事が休みの日だ。

 僕は休みの日であろうと規則正しく、毎日朝早くに起きるようにしている。

 僕は、生活リズムを大切にしたいと思っている。

 そんな僕が、突然始まる『イベント事』の日を楽しめるようになるなんて自分が一番驚いている。

 僕の中で大切にしたいことの順位が劇的に変わった。

 今では、僕と彼女の二人ともが幸せなことが何よりも優先すべきことだ。

 隣で寝ている彼女を見ると、寒そうに布団にくるまっていた。

 寝てる姿すら愛おしく思える僕は、相当彼女のことが好きなんだろう。

 だって寝ている時は、誰も自分をかわいく見せることはできないから。

 僕は静かに布団をかけ直してあげると、彼女が少しだけ目を開いた。

「あっ、起こしちゃった?」

「ううん、大丈夫。寒いし、瑞貴ちゃんももう少しだけ一緒に寝ようよ」

「うん、いいよ」と僕は即答した。僕はもうバッチリ目が覚めているけど、彼女と一緒に二度寝してみるのもいいかなと思った。

 彼女は僕の手を突然静かに握ってきた。

「どうしたの?」

「たまには手を繋いだまま、寝ない?」

「うん。いいけど、怖い夢でも見た?」

 僕は心配になり、彼女の頭をなでた。

「見てないよ。手を繋いだまま寝たら、夢の中でも瑞貴ちゃんに会える気がするから」

 本当にかわいい。

 こんなに素敵な発想が、次から次へと浮かぶ彼女のことを、僕は好きでたまらない。

「じゃあ起きたら、どんな夢見たかお互いにお話しようか」

 なんてない夢のお話すらも、僕たちなら楽しいものにできる気がした。

「うん。それいいね」

「じゃあ、お互いに相手の夢の中に現れることを祈って寝ようか」

「あっ、手は、寝るまでは放しちゃダメだからね。絶対だよ」

「わかってるよ。花音ちゃん、おやすみ」

 そうやって、二人で寝たのだった。


 きれいな花が飾られた空間。

 白で統一された世界だ。

 そこには、丸いテーブルがたくさんあった。そして、テーブルの上には、日本料理ではない料理がずらりと並んでいる。

 さらに、スーツやきれいな色のドレスを着た人がたくさんいる。

 どの人も皆笑顔だ。

 その空間の中心には、一際きれいな白いドレスを着た女性がいる。

 誰だろうと僕は思っていると、その女性が僕を呼ぶ。

 近づいていくと、僕はすぐにその女性が誰だかわかった。

 それは、ウェディングドレス姿の彼女だった。


 そこで、僕は目を覚ました。 

 目を覚ましても、夢の続きのように隣に彼女がいて、一瞬不思議な感じがした。

「瑞貴ちゃん、おはよう」

 彼女は、寝てすっきりしたのか元気そうだ。

「花音ちゃん、おはよう」

 僕たちは「朝の挨あいさつて幸せになれる夫婦コンテスト」があれば、きっと一位になれる。それぐらい、たった一言なのに、すごく心が満たされる。

「瑞貴ちゃんは、もう少しゆっくりしていていいよ。私が昼ごはんをささっと作るから」

「そう? じゃあ早速甘えてみようかな」

 僕は少し緊張しながらそう言った。意識して甘えるってなんか不思議な感じだ。

「うん。私が用意するから、できたら呼ぶね」

 彼女は、言葉には出していないけど、ぱっと光が灯ったような顔をしていた。

 そして、彼女はすぐに起き上がった。どうやらわざわざ僕が起きるまで、隣で待ってくれていたようだ。

 僕はさっきまで見ていた夢のことを少し考えた。

 時計を見ると、もう九時だった。

 こんなにもゆっくり寝ていたのは、久々かもしれない。

 『イベント事』の日をやったり、話し合いをしたり、大切な時間だったし楽しかった。でも、気を張っていたのは確かなことで、ゆっくり休むことも必要な時間だと改めて思った。

 もしかして、彼女は僕を休ませるために、あえて「一緒に寝よう」とさっき言ったのだろうか。

 彼女ならそこまで考えていることは、大いにあるうる。そもそも彼女は僕なんかよりずっとが気を使えるのだから。

 僕も、彼女を今喜ばせたいと思った。

 昼ごはんを食べながら、僕たちは夢の話をした。

「私の夢の中には、瑞貴ちゃんはでてこなかったよー」

 彼女は、駄々をこねた子どものように手をバタバタさせている。

「そうだったのだね。じゃあ、どんな夢を見たの?」

 そんな姿もかわいいなあと思った。てか、一日に何回彼女のことをかわいいと思っているんだと冷静に自分自身にツッコミをいれた。

「えーっと、楽しかったんだけど、なんだか内容は思い出せない」

「それはよくあるパターンだね」

 「どうせ私は平凡な女ですよ」と彼女が言っていたのを僕はしっかりフォローした。

 フォローすると、急に彼女の目がらんらんになっていた。

 フォローの効果すごっ!

「瑞貴ちゃんの夢には、私は出てきた?」

「うん、でてきたよ」

「やったー。嬉しい」

「喜ぶの早くない? まだ内容も言ってないのに」

 僕はまたちょっと意地悪をしてみた。

「いいの。まずは、夢でも私たちが出会えたことが嬉しいのだから」

「本当に? もしかしたら、花音ちゃんはめっちゃ気持ち悪い宇宙人で、僕は花音ちゃんを捕まえるために派遣された宇宙飛行士というハイパーSFな話かもしれないよ?」

「大丈夫。瑞貴ちゃんは想像力豊かじゃないから、そんな夢をまず見ないから」

「おっ、久々にディスってきたね。なんか懐かしいなあ」

 僕は『イベント事』の日の始めの方の頃のことを思い出した。

 思い出したけど、いまだに彼女があんなに何度もディスってきた理由がわからない。

 彼女は、そんなことをする人ではない。

「もしも、『あれはわざとディスってたんだよ』って言ったら、瑞貴ちゃんはどう思う??」

「えっ!?」

「えっ!?」

 彼女はなぜか僕の言葉を繰り返し、さっきの僕よりも悪い笑みを浮かべている。

「まさか、そんなことは、できないよね?」

「ふふ、残念ながらスペシャルな私にはそれができちゃうのです。瑞貴ちゃん、負けず嫌いだよね? あんな風に言われたら、『次はもっとすごいのをやってやるぞ』と燃えるでしょ?」

「確かに負けず嫌いで、まさにその通りになったけど。でも、えっ!? マジか。花音ちゃんって何者?」

 負けず嫌いなことを知っていて、それをうまく利用して? 自分を『きゅんとさせて』もらうなんて、確実に彼女は僕とは違う次元にいる。

「そ、れ、はー」

 彼女はわざと言葉をためて、そっと口を僕の耳の近くまで近づけてきた。

 僕は、わざとだとわかっているのに、演出だとわかっているのに、ドキッとしてしまった。

「それは、瑞貴ちゃんの、妻だよー!!」

 そう大声で言って、彼女は抱きついてきて、くすぐってきた。

 僕は彼女にはどんなにしても勝てないと悟った。

「とにかく、僕の夢の中には、花音ちゃんがでてきたよ。そして、その夢を見ることで、花音ちゃん一つの質問ができたよ」

「質問? なになに!? ワクワクするのだけど」

 たまには僕から『突然』を、彼女に仕掛けてもいいんだから。

「花音ちゃんの今一番したいことはなに?」

「うーん、一番したいことか。でも、本当に急にどうしたの?」

 彼女はそう言いながらも、テンションがいつもより上がっているのがわかる。

「頑張った自分達にご褒美をあげたいからだよ。大人になると褒めてもらったりご褒美をもらうことが少なくなるよね。僕は話し合いを頑張った花音ちゃんに今ご褒美をあげたいな」

「わぁー、それは嬉しい」

「よかったよ。うん、遠慮せずに言っていいよ」

「結婚式!!」

 そういえば、結婚したて頃に「結婚式、挙げられたいいね」と二人で何度か話していたのを思い出した。

「じゃあ、ご褒美に結婚式挙げちゃいましょう」

「えっ、本当にしてくれるの?」

「本当だよ」

「でも、待って」

 彼女は何かを考えているようだ。

「ん、どうかした??」

「今回の『イベント事』の日と話し合いは、瑞貴ちゃんもかなり頑張ったよね? 私だけがご褒美をもらうのはフェアじゃないよ」

「本当に花音ちゃんは優しいね。でもね、僕が今一番したいことも、実は『結婚式』だよ。花音ちゃんとたまたまだ一緒だった。実はさっきの夢で、花音ちゃんのウェディングドレス姿をみて、結婚式を挙げたい熱が再び燃え上がってきたのだよ」

 優しい人にちゃんと「優しいね」と言葉にすることも大切だと僕はこの『イベント事』の日を通してわかった。当たり前なことなんて、本当はないのだから。

「えっ、夢の中の私きれいだった?」

 彼女は急に顔が赤くなっていた。

「もちろん、他の誰よりも一番にきれいだったよ」

「よかった」

 彼女はホッととしていた。

「でも、夢の中の自分のことまで心配するなんて花音ちゃんは、やっぱりおもしろいね」

「女の子は、きっとみんなそうだから。私だけが特別変じゃないのだからね」

 彼女はさらに顔を赤くしていた。

「うんうん、そうだねー」

 僕は、ほっこりとした顔をした。

「その顔は、信じてないなー」

「そんなことないって。信じてる信じてる信じてる!」

「いや、今は嘘つきな瑞貴ちゃんだー」

 彼女は立ち上がり、僕を捕まえようとしてきた。

 僕は彼女をぎゅっと抱きしめて、耳元でこうささやいた。

「でも、結婚式を挙げることは本当だから。二人で一緒に式場の見学からめいっぱい楽しもうね」

「それは、ずるいよー!!」

「ずるくないない!」

 僕は『イベント事』の日に、彼女が前言っていた言葉を丸々真似して笑ったのだった。



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