十二月三十一日。
今日は大晦日だ。
今までの彼女なら、「『イベント事』の日だね」と目を輝かせ、僕を甘えながら呼ぶだろうなと僕は思った。
でも、今日は、『話し合い』の日だ。
いつものように隣同士で仲良くこたつで座っているけど、今日は少しだけ緊張感がただよっている。
僕は温かいコーヒーと紅茶を用意してもっていった。
紅茶を彼女の前に差し出すと、「ありがとう」と優しい声が聞こえてきた。
そして、最初に話し出したのは、彼女の方だった。
「話し合いをする前に、一つ約束をしてほしいことがある」
「約束?」
前にも似たようなシュチュエーションがあって、僕はその時失敗したから今度はしっかりと耳を傾けようと思った。
彼女の言葉から、彼女が何を求めているか感じ取れるように集中した。
「たとえ相手の考え方が、自分の考え方と違っても相手を『否定』しないことを約束してほしい。誰かや何かを否定することはすごく簡単で、楽だよ。でも、本当に大切な人に何か一つでも否定されたら、それはすごく辛いことだから」
「わかった。約束する」
僕は元から彼女のことを否定したりはしないけど、今回はより一層否定しないことを意識するようにした。
「ありがとう」
彼女はホッとしたような顔をした。
彼女はたまにそのような表情をする。
僕はそのことについて、どうしたのかずっと聞きたくても聞けなかったから、今回は頑張って聞いてみることにした。
「あのさ、花音ちゃんでも、不安になることあるの?」
「当たり前でしょ。瑞貴ちゃんは、私をなんだと思ってるの?」
彼女は怒っていないけど、びっくりした顔をしていた。
「やると決めたら、なんでも完璧にこなす人」
さらに言うなら、僕みたいにネガティブで、悩み出すとなかなか抜け出せない人ではないと思っている。
「えっ、あはは!」
彼女は突然笑い始めた。
「えっ、どこかおかしかった?」
僕は突然のことに、どんな反応をしていいかわからなかった。
「これだけ話していても、まだまだ伝わっていないことってたくさんあるんだなと思ったのだよ」
「伝わっていないこと?」
僕はまた間違った認識をしていたのだろうか。心の中からまた暗い感情が湧き上がってこようとする。
「そう。私は全然『完璧』なんかじゃないよ。実は、私は年上の瑞貴ちゃんの相応しい人になるためにいつもギリギリなんだよ。それがたまたま瑞貴ちゃんにはさも完璧のように見えただけだよ。いつもちゃんとできてるかなと不安だらけなのだから」
「そうだったのだね。花音ちゃんのことまた全然わかってなかったよ。ごめんね」
「いいのよ。私がしたくて、やってることだから」
「でも、無理はしないでね」
彼女の努力を知ることができてよかったと思った。
僕がさっき勇気を出して聞かなければ、きっと彼女の口からこの話が出ることはなかっただろう。彼女は自分の努力を自分から話す人ではないから。
相手を知るために言葉にすることは大切だなと僕はまた感じたのだった。
「この話し合いは相手の考えを理解し、二人で夫婦の形を見つけていくことを目的としていることを忘れないでね」
彼女はそう言って、『話し合い』は始まった。
まずは、僕が考えた理想の夫婦像について話をしようと思った。
そう思ったのは、いつも言いたいことがあっても、グッと堪える自分を変えたいという思からだ。
「僕が理想とする夫婦は、『いくつになっても仲良しで、話が尽きることもなく、いつでも二人で楽しめる夫婦』だよ」
「素敵な夫婦ね。それを理想とした一番の理由を詳しく話してくれる?」
彼女はしっかり肯定してくれた。そして、もっと話が聞きたいと言ってくれた。
改めて肯定することの大切さを聞いた後だと、彼女の行為がどれほど特別であるかわかった。
「うん。僕は毎日を二人で素敵なものに変えていきたいと思った。二人の時間は、自分たちでいくらでも楽しいものに変えることができる。仲良く話すこと、お互いに楽しむことは、実は『努力』しなきゃできないとわかった。例えば、仲良く話すことは、相手の小さな変化に気づき思いやり、それと日々向き合っているから、ずっと仲良く話すことができるのだと思う。当たり前に思えることも、そこにはたくさんの『努力』があり、相手の幸せを願う心がある。僕は『イベント事』の日を通してそこに気づけたから、これから二人の時間を大切にしたい。そして最後に、『イベント事』の日を復活させるのはどうかと提案します」
僕は決して上手に話せかったけど、彼女は最後まで聞いてくれていた。
次に、彼女が話し始めた。
「私が理想とする夫婦は、『どんな時も相手の味方で、相手の一番の理解者であり続けられる夫婦よ』
彼女は、僕に質問をしてきた。
「『時間』って、有限だって瑞貴ちゃんは考えたことある?」
彼女が質問をするのは、彼女の話に僕も参加しやすくなるためだと今わかった。
ここにも彼女の気遣いがあった。
「いや、特には考えたことないけど」
時間はさすがに無限にあるとは思ってはいない。ただ日々の生活で、時間を意識する場面は正直それほどない。
「私たちの時間は限られている。いつ何が起きて命を落とすかわからない。寿命も誰もわからない。そうであるなら、今ある時間をどう使うかが大切になってくると思う」
「うん、それはそうだね」
僕は彼女の話をしっかり聞く。聞くことは、まず相手を肯定していることにつながるから。まだ時間と理想の夫婦像がどう繋がるかわからないけど、きっと意味があるのだろうと思ったから。
「それは、私が瑞貴ちゃんにとって一番長い時間を共にする人になりたいからだよ。今までは、その人はたぶん親だったと思う。瑞貴ちゃんの親だから、とても大切にしてきたと思う。でも、私はそれ以上に、瑞貴ちゃんを幸せにしたい。どんなことでも瑞貴ちゃんの一番になりたい。同じように、私も瑞貴ちゃんに幸せにしてもらいたい。そして、もしそうなれたなら、やりたいことがある。まずは私が常に心に余裕をもっていて、瑞貴ちゃんがどんな困難な状況でも、受け入れられる状態でいたい。そして、私は誰よりも瑞貴ちゃんの理解者であり続けたい。人に理解されることってとても難しくて、よく孤独を感じると思う。私はそんな悲しい感情を瑞貴ちゃんに味わせたくない。いい感情も悪い感情も私が理解して、そばにいたい。現実は、簡単なことではないのはわかってるよ。余裕がない時もある。相手の感情に振り回され二人ででしんどくなるかもしれない。それでも、私は一番近くにいる存在だからこそ、どんな時も相手の味方でいたい。いつでも頼り、頼れ二人でいたい。二人でそんな夫婦を目指したい」
「花音ちゃんの理想の夫婦像を教えてくれてありがとう。考えさせられるもので、すごくいいと僕も感じたよ」
人によってどんな夫婦を理想とするかはそれぞれだなと思った。でも、僕たちの考えは、似ているところも多いのではないかと感じた。
「そう言ってくれて、ありがとう」
彼女は話終えて、紅茶を少し飲んでいた。
「ちょっと話は夫婦の問題から逸れるかもしれないけど、前からずっと聞きたかったことがあるんだけど今いいかな?」
僕はゆっくりと話を変えた。
『イベント事』の日が始まった時から感じていたことで、『イベント事』の日を重ねていくごとに、その疑問は大きくなっていった。
この話も夫婦の問題と関係があると僕は思っている。切り離しては考えられない。
「うん、どうしたの?」
彼女はいつも通り笑顔で返事してくれる。
僕は勇気を出して聞いてみた。
「花音ちゃん、結婚生活に何か不安を抱えてるよね?」