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十八章 「過去編 夫婦になった日」

 家に帰ってきて、冷えた体を暖房で温めながら、僕は『夫婦になった日』のことを思い出すことにした。

 それが『夫婦』について考える第一歩となると僕は思ったからだ。

 時間は、去年の十月一日までさかのぼる。


 十月一日。

「ねぇ、瑞貴ちゃん。婚姻届をいつ出しに行くかそろそろ決めない?」

 彼女がスマホ越しに、そう話しかけてきた。

 僕たちは、すでに両家の親に結婚の挨拶をしに行って、引っ越しの準備なども終わっている。

 結婚準備は、残すは婚姻届を出すだけなのだ。 

 そうすれば、新居で毎日一緒にいられる。

 僕は、想像しただけで頬が緩んだ。

 彼女とずっといられるなんて、他に変えようもない幸せなことだ。

 今までは、何かしらの方法で毎日連絡はしていた。それでも会えるのは、デートの日だけだった。お互いに働いていたから、どうしても二人の休みの日しか丸一日一緒にいられなかった。

 いくら頻繁に会っていても、彼女に会いたい気持ちは満たされることはなかった。 

 僕は相当彼女にほれているらしい。

 確認したことはないけど、彼女もそうだと嬉しいなと思う。

 とにかく、いつも僕は彼女に会える日が、待ち遠しかった。楽しみで仕方なかった。

 そんな日ももうすぐ終わり、二人でずっといられる日々に変わる。

「うん、そうだね。本当にこの日が来るのを楽しみに待っていたよ。出しに行く日、いつがいいとか花音ちゃんはある?」

 心のワクワクも隠さずに、彼女に伝える。

 嬉しい気持ちは、きっと人を幸せにする魔法があるから。

 彼女と過ごしてきてそう思うように、僕は変わった。

 そして、僕は彼女の意思を第一に尊重したいと思っている。

 もちろん、二人の大切な日だということはわかっているけど、それでも僕は大好きな彼女の意見をできるだけ聞いてあげたいと思う。

「そうねー。あっ、十一月一日がいい!むしろ十一月一日じゃなきゃ嫌」

 彼女は何かを思い出したようだ。


「花音ちゃんが、そこまで言うなんて珍しいね」

 彼女が甘えたり駄々をこねるなんて、本当に珍しいことだ。むしろ、初めてかもしれない。

 いつもの彼女は、控えめで自己主張するタイプではない。

 そんな彼女がそこまで言うのだから、きっとそれだけ大切な何かがあるのだろう。

「ねぇ、十一月一日に出しにいける?」

 僕が考えていると、彼女はさらに甘えてた声で言ってきた。

「あっ、うん。じゃあ十一月一日しよう」

「やった。じゃあその日が、私達の『結婚記念日』になるね」

 彼女が楽しそうにしているのがスマホ越しに伝わってきた。

 僕は、元々この日にしたいというのがなかったから、こんなに彼女が楽しそうにしてるならその日にしようと思った。

「そういうことになるね」

 僕は、スケジュールの調整などを考えてながら、そう答えた。

「ふふ、楽しみー」

 まだ結婚式をしていない僕たちは、婚姻届を出した日を、二人結婚記念日にしようと以前から話していた。

 結婚記念日をいつにするかは、婚姻届を出した日か、挙式をした日にする夫婦が多いと彼女が前に教えてくれた。

「じゃあ明日、会社に有休の届けを出すね。あっ、花音ちゃんも忘れずに出してね」

 「婚姻届は二人で市役所に出しに行きたい」と彼女が少し前に言っていたので、僕は確認のために彼女にそう伝えた。

「ありがとう。うん、二人で婚姻届を出しに行くんだもんね」

「うん、花音ちゃんが前にそう言ってたよ」

「そうだったね。早く十一月一日にならないかなー」

「そうだね。楽しみだね」

 そんな話をしながら、その日の電話は終わったのだった。

 十一月一日

 彼女と九時に市役所前で待ち合わせをして、僕たちは市役所に手を繋いで入っていった。

 僕たちはどんな時も手を繋いで歩いているけど、今日はなんだかいつもよりワクワクしている。

 彼女の足取りもいつもより軽やかな気がする。

 市役所は、人は少なく、思ったより静かだった。

 市役所の建物自体も老朽化していて、少しくたびれた感じもしている。

 上を見上げると、照明もなんとなく暗い。

 こんなところが、本当に婚姻届という素敵な書類を出すところなのかと疑問に思えてきた。

 実際に窓口で婚姻届を提出した時も、市役所の人は淡々としていた。「結婚、おめでとうございます!!」という言葉の一言もなく、「確認しますので、そちらでしばらくお待ちください」と言われた。仕事の中の一つの事務処理的な感じがかなりした。

 周りにも、たまたまかわからないけど、すごく喜んでる夫婦は一組もいなかった。

 少し思い描いていたものと現実が違い過ぎて、僕は寂しい気持ちになった。普段はそんなに夢をみたりしない僕でも、これはさすがに夢がなさすぎる。

 僕も、大切な書類に不備がないかと考えたり、重大な場面だから緊張したりと、余裕なんてなかったのも事実だけだ。

 しかし、もう少し祝ってくれてもいいものだ。

 ふと隣にいる彼女を見ると、一瞬でそんな寂しい気持ちは吹き飛んだ。

 彼女は幸せなそうな顔をしていた。

 いつも彼女は、僕を明るい気持ちにしてくれる。

 その度に、僕は彼女を好きになってよかったと思う。

 今思えば、彼女は市役所に来てから、ずっと上機嫌だった。

 彼女の笑顔を見ると、僕も幸せな気分になった。

 市役所からの帰り道。

 彼女はあれからずーっとにこにこで、幸せオーラ全開だったから、僕は「喜びすぎだよ」とツッコんだ。

「だって、私の小さな頃からの夢が、叶ったんだよ。本当に瑞貴ちゃんには感謝してる。私の夢を一つ叶えてくれてありがとう」

 そう言えば、彼女の小さな頃の将来の夢は、『素敵なお嫁さんになること』だと彼女の卒業アルバムに書いてあった。

 それを見た時は、彼女の純粋さを改めて感じて、僕も笑顔になったのを覚えている。

「そんな、大袈裟だよ」

「大袈裟じゃないよ。誰かの夢を叶えられるって、すごいことなんだから。瑞貴ちゃんは、本当にすごい人だよ!」

 彼女はいつの間にか早口になっている。

「そうなんだね。そんな風に思ってくれて僕も嬉しいよ」

  彼女がここまで喜んでくれたなら、結婚して本当によかったなと僕は思った。

 それは、今まで彼女の様々な顔を見てきたけど、今が一番輝いているから。

 もちろん、出会った時に運命を感じたし、僕は結婚願望が強かったから遠からず彼女とは結婚はしていたと思う。

 「今日が記念すべき夫婦としての一日目だね」

 彼女が照れながら、くっついてきた。

「うん」

 僕は、なんだか恥ずかしくてそれだけしか言わなかった。

「じゃあ、二人のお家に帰ろうか」

 彼女はそう言って、また歩き始めた。

 こんな風にして、僕たちは夫婦になった。 




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