「まずは、私が『きゅんとさせて』と言った理由の一つ目は、さっき瑞貴ちゃんが言った『日常』の時間を二人で一緒に楽しみたい』だよ」
「うん。それはあってるんだよね」
僕は、なんとか自分を落ち着かせて、そう言うことができた。
彼女はいつものように、理由を楽しそうに説明をし出した。
「特別な時間って素敵に感じるけど、長い人生から見たら、すごく短いことだと思う。他はざっくり分けると『日常』に分類されると思う。結婚して人生を共にすると考えると、その長い時間の方が大切だと私は思う。だからこそ、その時間を二人で楽しいものにしたい。苦しいより楽しい方がいいからね。一緒に小さなことに対しても、喜びを分かち合える二人でいたい。そして、二人で楽しめば、小さなこともきっと素敵なものになるから」
「なるほど、それはその通りだね。僕も同じように思うよ。でも、花音ちゃんは『きゅんとさせて』と言った理由しか合ってないと言ってたけど、それはどういうことなの??」
僕は彼女に勇気を出して聞いてみた。
聞くことでさえ、僕にとっては本当は勇気のいることなのだ。
でも、彼女と向き合うためには、僕は自分の殻を破る必要があるのかもしれない。
「それは、この理由から、『ただ優しい』のと『自己犠牲』を私は望んでいないということを伝えたいからだよ。瑞貴ちゃんは本当に優しいよ。でも『ただ優しい』のと『優しい』のは違う。瑞貴ちゃんは、よく自分の気持ちを犠牲にしてまで、私に優しくしてくれる。それは『ただ優しい』に分類されると、私は思う。例えば前に『イベント事』の日なのに、楽しませられなくてごめん』と瑞貴ちゃんが言ったことと、『瑞貴ちゃんは今楽しんでる?』と私がさっき聞いたこと覚えてる??」
「もちろん、覚えてるよ」
最初の方のは、料理の日の次の日に、僕が謝った時に言った言葉だ。
どちらも、僕が言葉を言った後に、彼女は寂しそうな顔をしていた。
僕はその理由が、いまだにわかっていない。
それが、『きゅんとさせて』と言った理由と、どう関係しているのだろうか。
「どちらも、瑞貴ちゃんは私が楽しければそれでいいと言っていた。それが私はどうしょうもなく寂しかった。優しいことは、悪いことじゃないよ。でも、『ただ優しい』のは、何があっても優しくしてるだけで、なんだかちゃんと私のことを見てくれていない気がする。また、自分を犠牲にしてまで、私のために何かをしてほしくない。それを私は望んでいないよ。私達は夫婦だよ。夫婦とは『対等』なんだよ。どちらが我慢するのはおかしい。瑞貴ちゃんにも心から楽しんでもらいたい。私は、瑞貴ちゃんと二人で楽しみたいのだよ!」
やっと、彼女の気持ちが見えた。
それと同時に、彼女の言葉に驚いた。
確かに、僕は今まで自分のことを全く気にせず、彼女のことを第一に優先してきた。
とにかく彼女が笑っていれば、彼女が楽しそうであれば、それが僕たちの夫婦の幸せだと思っていた。
僕が驚いたのは、彼女は僕の考え方を望んでいないとわかったからではなく、自分自身を大切にしていいと彼女に言われたからだ。
僕は、自分に自信をもっていいのだろうか。
「それはごめん。花音ちゃんの気持ちをわかれてなかったよ」
僕は今浮かんだ考えをすぐに心の中に抑え込んで、話に集中することにした。
「ううん、私もすぐに言えなくてごめんね。これからは私のために自分の気持ちを犠牲にするのじゃなくて、『二人で』楽しめる方法を一緒に探していこうよ」
「うん、ありがとう」
心の中にしこりは残っているけど、それでいいと思った。
それを言葉にすることは、きっと間違えているから。
だから、「『きゅんとさせて』と言った二つ目の理由は何?」と僕は続けて聞いた。
「うん、『きゅんとさせて』と言った理由の二つ目は、もっと瑞貴ちゃんに甘えたり頼ってほしいだよ」
「えっ、僕に??」
僕はまたしても、予想を遥かに超える答えに驚いた。
甘えるのは、『イベント事』の日に彼女がしていたことだ。
「瑞貴ちゃんは、いつも思っていることをグッと堪えて言わなかったり、わからなくても自分でなんとかしようとするよね?」
「えっ、うん、まあそうだよ」
彼女に思うことがあってもグッと堪えていることに気づかれていて、僕は少し動揺した。
でも、さすがにその理由まではわかられていないだろうと、話題をあまり広げないことにした。
その話をするのは、怖かったから。
「料理の日に、私がいつもと雰囲気が違ったのは、瑞貴ちゃんに甘えてほしくて料理の日という『イベント事』の日を作ったのに、瑞貴ちゃんがそれに全然気づいてくれなかったからよね」
「そういうことだったんだね」
あの『イベント事』の日のことは、ずっと気になっていた。いくら考えても、僕には理由がわからなかった。
謎が解けてよかった。
さらに、花火大会の日、浴衣を着せてもらっている時に彼女が生き生きとしていたのは、僕が珍しく彼女に全部準備を任せて頼ったからだとわかった。
でも、それと同時に、彼女の気持ちにまた気づくことができていなかったと僕は落ち込んだ。
いつも僕は思うことがある。辛い気持ちなった時、どこまで落ちれば底に辿り着くのだろう。僕は何度何度も落ちている。でもいくら落ちても、一向にたどり着く気配すらない。
一方彼女は、優しい声で話かけてくれた。
「そんなに一人で頑張らなくていいんだよ。瑞貴ちゃんはいつも一人で抱え込みすぎだよ。私がいることを忘れないでほしい。私達は夫婦なんだから、困った時はすぐに頼ってくれていいんだよ。むしろ、困ってなくても甘えたり、頼っていいんだよ。私は、お互いにどんな時も支え合える夫婦でありたいと思っている」
彼女のこの言葉を聞いて、僕はやっと彼女が突然甘え出した理由わかった。
「もしかして、『イベント事』の日に花音ちゃんが毎回甘えていたのは、僕に甘えていいよという気持ちを伝えるためだったの?」
「そうだよ。かなりオーバーに甘えたんだけど、私の夫婦に関する考え方を瑞貴ちゃんに少しでも伝わればいいなあと思ってたのだよ」
彼はにかんだ笑顔を浮かべていた。
僕は彼女の言葉や行動から、その奥にある彼女の深い愛情に全く気づくことができていなかった。
そんな大事なことにも気づけず、僕は一体今まで彼女の何をみてきたというのだろうか。
僕のしてきたことは、完全に無駄だったの?
もう僕は暗い感情を抑えることができそうにない。
「そうだったんだね。わざわざそんなことまでしてくれてありがとう」
僕は、今きっとちゃんと笑えていない。
「いいのよ。それは、『きゅんとさせて』と言った理由の三つ目に大きく関わってくることだから」と彼女は言った。