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十三章 「十一月一日 結婚記念日」

 八月六日。

 僕は彼女に謝ろうと思った。

 あれから何度一人でどうしてあんな風になったか考えた。でも、僕は理由ははっきりとはわからなかった。

 でも昨日の『イベント事』の日があんな感じになるのを彼女を求めていないことだけはわかったから。

 だから、すぐに謝ることにした。

「『イベント事』の日なのに、あんな感じで終わらせてしまってごめんなさい」

「ううん、いいよ。大丈夫」と彼女はあっさりと許してくれた。

 まだ何もわかっていないのに、僕は彼女にただそう言ってもらっただけでかなり安心した。

 僕は、彼女に悪いことをしたとかなり気分が落ち込んでいたから。 

 それだけ僕の中で彼女とは、大きな存在だと今回のことでよくわかった。

「今後はもっと花音ちゃんに楽しんでもらいたいから、僕のどこが悪かったかよかったら教えてほしいんだけど」

「私に楽しんでもらいたいか」

 彼女は寂しげな声でそれだけ言って、それっきりその話のことは話してくれなかった。

 僕はさらに踏み込んで聞いたけど、彼女は頑なに理由を教えてくれなかった。


 それから九月と十月は『イベント事』の日がないまま過ぎていった。

 僕の中で不安がどんどん膨らんでいく。

 今まで、最低でも一ヶ月に一回は『イベント事』の日があった。

 それがないのは、本当にたまたまなんだろうか。

 やはり前の『イベント事』に日に、僕が彼女の嫌なことをしてしまったのだろうかとネガティブに考えてしまう。

 このまま『イベント事』の日はなくなってしまうのだろうか。

 それは嫌だなと思った。

 心は正直穏やかではない。でも、今僕ができることをしようと思った。

 今までの僕なら不安に負けて、何もできなかっただろう。

 彼女が、僕を前向きに変えてくれた。

 人を変えるのは、簡単なことではない。

 彼女はきっとたくさんの時間と労力を僕のために使ってくれているだろうと今ならわかる。

 そんな彼女の力に、今度は僕が力になりたいと思った。

 だから、僕はなぜ彼女が突然『きゅんとさせて』と言ったかを答えを見つけようと思った。

 相当なことでなければ、彼女はむちゃくちゃなことをなんの脈絡もなく言う人ではない。

 これまで、僕をきゅんとさせる為、彼女の『幸せ』に関係していることと僕は予想を立ててきた。

 しかし、改めて考えてみると『イベント事』の日は、『二人で』会話して、心を通わせ、時には心の距離を縮めていた。

 どちらか一人の為に彼女が『きゅんとさせて』と言ったのではなく、僕たち二人に関係している何かのために言ったのではないだろうか。

 もしも、僕がきゅんする行動をした後に、彼女が毎回言っているお礼が、別のことに対して言っていたとしたら?

 また、僕は『イベント事』の日を一緒に過ごしていく度に、彼女についてよく考えるようになった。様々な感情や彼女のことを知っていった。

 それらのことから、僕はある一つの答えに辿り着いたのだった。

 十一月一日。

 今日は僕たちが初めて迎える結婚記念日だ。 

 彼女はあれからも前の『イベント事』の日のことを話すことはなかったけど、僕といつもの同じように接してくれている。

 彼女には彼女の考えやタイミングがきっとあるし、それを僕は尊重しようと思った。

 だから、前の『イベント事』の日について積極的に僕からも触れないようにした。

 そして、僕自身も一人で辿り着いた答えを言う準備をしていた。

 必ず今日は彼女の『イベント事』の日に該当する。でも、仮に今日「『イベント事』の日だね」と彼女が言い出さなくても、彼女が喜ぶ素敵な日にしたいと僕は思った。

 『イベント事』の日じゃなくても、一日は素敵な日にできるはずだ。

 素敵な日にするために、僕に何が出来るだろうと考えた。

 『料理』という言葉がすぐに頭に浮かんできた。

 それは僕が毎日彼女のエプロン姿を見て、そしておいしい料理を食べてきたからだろう。また、『イベント事』の日の話をしだしたのも、料理を食べている時だった。

 彼女は毎日僕のために料理を作ってくれている。それは当たり前なことじゃなくて、特別なことだ。仮に好きなことだとしても、毎日することは大変なことだから。

 だから、僕は今日は彼女が全く料理をしない日にしようと思った。

 僕は「今日の夜は、お寿司を出前しない?」と彼女に話しかけた。

 ちなみに、彼女は食べ物の中でお寿司が一番好きだ。

 せっかく彼女が楽して食べれるなら、彼女の好きな食べ物にしたかった。

 彼女は喜びを浮かべながらも「もったいなくない? ちゃんと私が作るよ」と言ってきた。

 「毎日おいしいご飯を作ってくれている花音ちゃんにささやかだけどお礼がしたいんだ。今日は花音ちゃんは料理を一切しなくていいから。ゆっくり休んでよ」

 僕は自分で作った朝ごはんと昼ごはんのメニュー表を渡して、「朝ごはんと昼ごはんは僕が作るからね」とさらっと言った。

「初めての結婚記念日を、お祝いすることができて嬉しいよ。頼りない僕だけど、一年間信じてそばにいてくれてありがとう」

 昼ごはんの時、僕は彼女にそう言った。

 彼女に感謝してることは、山ほどある。

 僕はそれを、これからは言葉にしていきたいと思ったのだ。

「改まってどうしたの? それに一年間だけじゃなくと、私はこれからもずっと瑞貴ちゃんと一緒にいるよ」

「いや、感謝の言葉って、今まで花音ちゃんにあまり言えてなかったなと思ってさ」

 僕は正直にそう言った。

 今まで正直に自分の気持ちを言って、損ばかりしてきた。

 でも彼女は「瑞貴ちゃんの正直で素直なところが好き」と結婚した今でもよく言ってくれていた。

 彼女なら信じられると思った。

「ありがとう。私も瑞貴ちゃんと一年間一緒にいられて幸せだよ」

「それはよかったよ」

「ちょっと私にしたら出遅れた感があるけど、今日は私たちの大切な『イベント事』の日だね」

「そうだね」

 僕は普通に答えていたけれど、心の中ではかなりホッとしていた。

 『イベント事』の日がもしなくなったらそれに変わるものを作ればいいと思っていたけど、やはり彼女の口から『イベント事』の日という言葉を聞けてよかったなと思ったから。

「いつものようになぜ『イベント事』になるのか話していい?」

「もちろん」

 もう自分で『いつもの』って言っちゃってるよと僕の頬も自然と緩む。

「私は早く瑞貴ちゃんと夫婦になりたかった。瑞貴ちゃんが勇気を振り絞って、人生で初のプロポーズをしてくれたから私たちは結婚して夫婦になれた。もしも、瑞貴ちゃんがあの時、勇気を出してくれなければ、もしかしたら私たちは違う形を迎えていたかもしれない。恋は不安定だから。もちろん、男性がプロポーズをしなきゃいけないルールはないよ。でも、あの行動が、私たちの人生を大きく変えてくれたことは確かだから。さっき瑞貴ちゃんが感謝の言葉を伝えてくれたけど、私の方こそ瑞貴ちゃんに今日感謝の気持ちをたくさん伝えたい。本当にありがとう。何度言っても言い足りない。とても、言葉でなんか言い表せないぐらい感謝してるよ。だから、今日は何がなんでも外せない『イベント事』の日なんだよ」

「お互いに感謝する日になったね」

 僕は微笑みながらそう言った。

 彼女はどんな時も僕のした行動を大切にしてくれる。

 それも当たり前なことじゃなくて、すごく貴重なことだ。

 そして、僕は彼女に感謝される行動をできていて、よかったとも思った。

「あれれ? 瑞貴ちゃん、何か大切なこと忘れてない??」

 彼女は、わざとらしくそう言ってきた。

「何だったかなー。のどあたりまででかかってるのに、あと少しが思い出せないなあ。あっ、もしかしたら花音ちゃんに「愛してる」って言ってもらえたら思い出せるかも」

 彼女が何を求めてるのかわかっているから、少しだけ意地悪をしてみた。

「もぉ、今回は焦らすパターンなのね。瑞貴ちゃん、愛してるよ」

「愛してくれてありがとう。おかげで思い出せたよ」

 前半部分の彼女の言葉を、僕は完全にスルーすることにした。

 それを聞くと、またすごいことになりそうだから。

 そして、僕は求められてる言葉を話し始めた。

「花音ちゃんに出会って初めて知ったんだ。『愛情』って、最大値がないんだね。だって、僕は付き合っていた頃よりも、結婚した時よりも、今の方がずっと花音ちゃんのことが好きだから。そして、これからももっともっと好きになるよ」

「あぁ〜、それ恥ずかしいけど、すごくきゅんとするものだー。ストレートな表現なのに、きゅんきゅんさせることができるなんて瑞貴ちゃんはどこで学んできたのかな?」

 本当はさっきと同様に彼女の話の後半部分をスルーしようと思ったけど、僕もそれについては気になってるところがあった。彼女に押されっぱなしの僕ではないのだ。

「それを言うなら、花音ちゃんこそ、どこであんな甘え方を学んだのかな?」

「それは、あっ! そうだ。瑞貴ちゃんに渡したいものがあるの。それを今とってくるね」

 彼女は僕の返事を聞く前に、走っていった。

 わざとらしい言葉なのに、絶妙なタイミングなんだよなと僕はまた感心した。

 やっぱり話の逸らし方まで今日はじっくり追求したほうがいいだろうかと待っている間に僕は考えていた。

 それから、彼女は一冊のノートを大切そうに抱きしめて戻ってきた。

「それは何?」

 僕はとりあえず、彼女をじっくり尋問するかは後で決めることにした。

「これはねぇ、一冊の白紙のノートだよ。一年目の結婚記念日は、『紙婚式』とも言うんだよ。紙婚式の意味は、真っ白な紙のようにまだ何も記されておらず、まだ白紙である二人の将来の幸せな夫婦生活を願うという意味が込められているのだよ。だから、紙にまつわるものをプレゼントするのがいいんだって。だから、前のペンダントのお礼も兼ねて、瑞貴ちゃんにプレゼントだよ」

「お礼なんてわざわざいいのに。でもありがとう。すごく嬉しい。紙婚式の意味はわかったけど、この白紙のノートをどう使うの?」

 ノートをもらうのは本当に久々だった。子どもの頃はよく親戚の人などにもらったりしたけど、大人になってからはない。

 だからだろうか、なんだかワクワクしてきた。

 このときすでに、僕は彼女を尋問する気持ちはなくなっていた。

 それよりも大きな感情が僕の中で生まれたからだ。

「それはねぇ、ここに毎日、相手のいいところを一つ書いていこうと考えたの。日記帳のような感じで毎日二人でつけていく。例えば今日してくれて嬉しかったことや相手の素敵だったところとかね。より相手のことを好きになれるかなあと思ったのよ」

「それはいいアイデアだね。面白そうだし、早速二人で今から書かない?」

「今回は、一緒に祝ってくれた」

 彼女はホッとしたような顔をしていた。

 その時、僕は確かに違和感を感じた。

 いつもの彼女なら、自信満々に「すごいでしょ!」と自分から言ってくるところだ。

 それなのに、今日はホッとしてる?

 もしかして、彼女は結婚記念日について、何か思うところがあるのだろうか?

 まだそのことはわからないけど、彼女の心の奥に少しだけ触れた気がしたのだった。


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