次の日に、僕は彼女に謝ろうと思った。
『イベント事』の日があんな感じになるのを彼女を求めていないことはわかっているから。
「『イベント事』の日なのに、怒った気持ちをずっと引きずっていて、ごめんなさい」
「いいよ。大丈夫」と彼女はあっさりと許してくれた。
「今後はもっと花音ちゃんに楽しんでもらいたいから、しっかり『イベント事』の日に集中するから」
「そうじゃないのだよね」
彼女は寂しげな顔をしていた。
そして、彼女は頑なにどういうことか教えてくれなかった。
それから九月と十月は『イベント事』の日がないまま過ぎていった。
今まで、最低でも一ヶ月に一回は『イベント事』の日があった。
それがないのは、本当にたまたまなんだろうか。
心は正直穏やかではない。でも、今僕ができることをしようと思った。
今までの僕ならネガティブな気持ちを引きずって何もできなくなっていた。
彼女が、僕を変えてくれた。
人を変えるのは、簡単なことではない。
彼女はたくさんの時間と労力を僕のために使ってくれているだろうと今ならわかる。
そんな彼女の力に、今度は僕が力になりたい。
だから、僕はなぜ彼女が突然『きゅんとさせて』と言ったかを答えを見つけようと思った。
彼女はただ単にむちゃくちゃなことを言う人ではない。
これまで、僕をきゅんとさせる為、『幸せ』に関係していることと僕は予想を立ててきた。
しかし、改めて考えてみると『イベント事』の日は、『二人で』会話して、心を通わせ、時には心の距離をさらに縮めていた。
僕がきゅんする行動をした後に、彼女が毎回お礼を言うことには、別のことに対して言っていたとしたら? という疑問が確信になった。
それらのことから、僕はある一つの答えに辿り着いたのだった。
今日は初めて迎える結婚記念日だ。
彼女はあれからも前の『イベント事』の日のことを話すことはなかったけど、僕といつもの同じように接してくれている。
彼女には彼女の考えやタイミングがきっとあるし、それを僕は尊重したいと思っている。
だから、前の『イベント事』の日について積極的に僕からも触れないようにした。
そして、僕自身も一人で辿り着いた答えを言う準備をしていた。
必ず今日は彼女の『イベント事』の日に該当する。でも、もし今日「『イベント事』の日だね」と彼女が言い出さなくても、彼女が喜ぶ素敵な日にしたい。
『イベント事』の日じゃなくても、一日は素敵な日にできるはずだ。
素敵な日にするために、僕に何ができるだうか。
彼女の家での負担を少しでも減らすことではないかと閃いた。
彼女は毎日僕のため家事をしてくれている。それは当たり前なことじゃなくて、特別なことだ。
だから、僕は今日は彼女が全く家事をしない日にしようと考えた。
僕は「今日の夜は、お寿司を出前しない?」と彼女に話しかけた。
ちなみに、彼女は食べ物の中でお寿司が一番好きだ。
彼女にはいつも幸せな気分になってほしい。
彼女は喜びを浮かべながらも「もったいないよ。私が作るよ」と伝えてきた。
「毎日家事を頑張っている花音ちゃんにお礼がしたい。今日は花音ちゃんは家事を一切しなくていいから。ゆっくり休んでね」
僕は自分で作った朝ごはんと昼ごはんのメニュー表を渡した。
「初めての結婚記念日を、お祝いすることができて嬉しいよ。頼りない僕だけど、一年間信じてそばにいてくれてありがとう」
朝ごはんを食べながら僕はそう伝えた。
彼女に感謝してることは、山ほどある。
僕はそれを、これからはもっと言葉にしていきたいと思った。
「改まってどうしたの? それに一年間だけじゃなくと、私はこれからもずっと瑞貴ちゃんと一緒にいるよ」
「いや、感謝の言葉って、今まで花音ちゃんにあまり言えてなかったなと思ってさ」
僕は今まで正直に自分の気持ちを言って、損ばかりしてきた。その場に合わないおかしなことを言う時もよくあった。
でも彼女は「瑞貴ちゃんの正直で素直なところが好き」と今でもよく言ってくれている。
彼女なら信じられると感じている。
「ありがとう。私も瑞貴ちゃんと一年間一緒にいられて幸せだよ」
「それはよかったよ」
「ちょっと私にしたら出遅れた感があるけど、今日は私たちの大切な『イベント事』の日だね」
「そうだね」
僕は普通に答えていたけれど、心の中ではホッとしていた。
「いつものようになぜ『イベント事』になるのか話していい?」
「もちろん」
もう自分で『いつもの』って言っちゃってるよと僕の頬も自然とゆるんだ。
「私は早く瑞貴ちゃんと夫婦になりたかった。瑞貴ちゃんが勇気を振りしぼって、人生で初のプロポーズをしてくれたから私たちは結婚して夫婦になれた。もしも、瑞貴ちゃんがあの時、勇気を出してくれなければ、もしかしたら私たちは違う形を迎えていたかもしれない。恋は不安定だから。もちろん、男性がプロポーズをしなきゃいけないルールはないよ。でも、あの行動が、私たちの人生を大きく変えてくれたことは確かだから。さっき瑞貴ちゃんが感謝の言葉を伝えてくれたけど、私の方こそ瑞貴ちゃんに今日感謝の気持ちをたくさん伝えたい。本当にありがとう。何度言っても言い足りない。だから、今日は何がなんでも外せない『イベント事』の日なのだよ」
「お互いに感謝する日になったね」
僕は微笑みながらそう言った。
彼女はどんな時も僕のした行動を大切にしてくれる。
それは本当にありがたいと思っている。
「あれれ? 瑞貴ちゃん、何か大切なこと忘れてない??」
彼女は、わざとらしく僕の肩をツンツンと押してきた。
「何だったかなー。喉あたりまででかかってるのに、あと少しが思い出せないなあ。あっ、もしかしたら花音ちゃんに『愛している』って言ってもらえたら思い出せるかも」
「今回は焦らすパターンなのね。瑞貴ちゃん、愛しているよ」
「おぉー、おかげで思い出せた」
前半部分の彼女の言葉を、僕は完全にスルーすることにした。
それを聞くと、すごいことになりそうだから。
「花音ちゃんに出会って初めて知った。『愛情』って、最大値がないのだね。だって、僕は付き合っていた頃よりも、結婚した時よりも、今の方がずっと花音ちゃんのことが好きだから。そして、これからももっともっと好きになると思う」
「あ〜、それ恥ずかしいけど、すごくきゅんとするものだー。ストレートな表現なのに、きゅんきゅんさせることができるなんて瑞貴ちゃんはどこで学んできたのかな?」
本当はさっきと同様に彼女の話の後半部分をスルーしようと思ったけど、僕もそれについては気になってるところがあった。
彼女に押されっぱなしの僕ではないのだ。
「それを言うなら、花音ちゃんこそ、どこで甘え方を学んだのかな?」
「それは、あっ! そうだ。瑞貴ちゃんに渡したいものがあるの。それを今とってくるね」
彼女は僕の返事を聞く前に、走っていった。
わざとらしい言葉なのに、絶妙なタイミングなのだよなと僕は感心した。
やっぱり話の逸らしテクまで今日はじっくり追求したほうがいいだろうかと待っている間に僕は考えていた。
それから、彼女は一冊のノートを大切そうに抱きしめて戻ってきた。
「それは何かな?」
僕はとりあえず、彼女をじっくり尋問するかは後で決めることにした。
「これはねぇ、一冊の白紙のノートだよ。一年目の結婚記念日は、『紙婚式』とも言うのだよ。紙婚式の意味は、真っ白な紙のようにまだ何も記されておらず、まだ白紙である二人の将来の幸せな夫婦生活を願うという意味が込められているのだよ。だから、紙にまつわるものをプレゼントするのがいいんだって。前のペンダントのお礼も兼ねて、瑞貴ちゃんにプレゼントだよ」
「お礼なんてわざわざいいのに。でもありがとう。すごく嬉しい。紙婚式の意味はわかったけど、この白紙のノートをどう使うの?」
ノートをもらうのは本当に久々だった。子どもの頃はよく親戚の人などにもらったりしたけど、大人になってからはない。
なんだかワクワクしてきた。
このときすでに、僕は彼女を尋問する気持ちはなくなっていた。
それよりも大きな感情が僕の中で生まれたからだ。
「それはねぇ、ここに毎日、相手のいいところを一つ書いていこうと考えたの。日記帳のような感じで毎日二人でつけていく。例えば今日してくれて嬉しかったことや相手の素敵だったところとかね。より相手のことを好きになれるかなあと思ったのよ」
「それはいいアイデアだね。おもしろそうだし、早速二人で今から書かない?」
「今回は、一緒に祝ってくれた」
彼女はホッとしたような顔をしていた。
その時、僕は違和感を感じた。
いつもの彼女なら、自信満々に「すごいでしょ!」と言うはずだ。
それなのに、今日はホッとしてる?
もしかして、彼女は記念日について、何か思うところがあるのだろうか?
まだそのことはわからないけど、彼女の心の奥に少しだけ触れた気がしたのだった。