五月五日。
いつも彼女に驚かされてばかりの僕ではない。驚かしている意図もわかったので、今度は僕が逆に驚かそうと思った。
彼女にも楽しい思いをしてもらいたいから。
だから、僕は今までの『イベント事』の日の傾向を改め分析し、次の『イベント事』の日がいつなのか目星をつけた。
そして、彼女が「今日は『イベント事』の日だよ」と言う前に、僕が先に言おうと思った。
きっと彼女は『気づいてくれたの!?』と大喜びしてくれるはずだ。
いつの間にか、僕は『イベント事』の日を楽しむようになっていた。
今日はゴールデンウィークで、こどもの日でもある。
僕の予想では、必ず『イベント事』の日に該当する。
しかも、彼女の好きな『合算』と使っているのだから間違いない。
抜かりのないように、なぜ今日が『イベント事』の日に該当するかの説明も考えておいた。
晩ごはん、を食べ終わった後で、僕は彼女に何の脈絡もなくこう話しかけた。
「今日は『イベント事』の日だよね」
「えっ!?」
彼女は僕の突然の言葉に、びっくりしている様子だ。
「よしよし、いい調子だ」と僕は思う。
「僕だって、わかるんだから。ちゃんと何で今日が『イベント事』の日になるのか理由もあるから、とりあえず聞いてよ。まずはゴールデンウィークとこどもの日の合算だよ。そして、何で『イベント事』の日になるのかは、結婚してもいつまでも子どものような心を持ったままの二人でいようという意味があるからだよ」
僕はいつも彼女が『イベント事』の日を説明している時のように、自信満々に話した。
間違っていないという確信があった。
「瑞貴ちゃん、残念だけど、全然違うよ。今日は『イベント事』の日じゃないよ」
あれ? 思ってたのと反応が違う。
怒ってはいないけど、普段の彼女の反応だ。
「うそー!?」
僕はそこで、自分が間違えたことに気づき、急に恥ずかしくなった。
「いや、大切なことだから、もう一回はっきり言うけど、今日は『イベント事』の日と違うよ」
「えっ、でも、だってちゃんと理由とかも、」
「色々言いたいことはあるけど、そもそも理由が弱すぎるよ」
また、彼女はナチュラルに話を被せてきた。
甘えモードの時というより、『イベント事』の日の話になると、彼女はどうやら熱くなるようだ。
「弱い?」
僕は意外な言葉に、そのまま聞き返した。
「そう。日にちも間違ってるけど、理由が壊滅的に弱い。とにかく弱すぎる! たったそれだけの理由で、私は二人の大切な『イベント事』の日としないよ」
「えっ、じゃあ本当に、僕が日にちも理由も、完全に間違っていたの?」
「うん、だから最初からそう言ってるじゃない」
そして、彼女はそこで笑って、さらにこうつけした。
「瑞貴ちゃんが、『イベント事』の日を語るのは、まだ早いよ」
僕の作戦は、見事に大失敗に終わったのだった。
五月九日。
「おはよう」と珍しく、彼女が僕を起こしてくれた。
彼女が僕より早く起きるのは、珍しい。
あくびをすると、部屋から味噌汁のいい匂いがしてきた。
彼女が朝から作ってくれたのだろう。
すると、彼女はベットでまだ寝転がっている僕に突然密着してきて、「今日は『イベント事』の日だよ」と耳元でささやいてきた。
「えっ!?」
完全なる不意打ちに、僕はいつも以上に反応してしまった。
それに五月五日と雰囲気があまりにも違いすぎる。
あの日はあんなに大人しかったのに、どうしたらそんなに甘えられるだろうと本当に不思議に思う。
「ふふ、いい反応ね」
彼女は満足そうに僕のほっぺたにちゅっと口づけした。自分からしたくせに、顔を赤らめている。
今日は五月九日。
二人にとって何かあったかなと僕が真剣に考えているうちに、彼女はまた話し始めた。
「まず、今日から、母の日と父の日を合算して一つの『イベント事』の日にしちゃいます」
「その二つの日を『合算』しちゃうの? さすがにそれはちょっと強引すぎない?」
僕はちょっとむっとした。
なんでもそんな風に都合よく変えられるなら、僕はいつも困らずに済むはずだから。
「なんか気に触るところあった?」
彼女は僕の感情の変化に気づき、すぐに真顔に戻った。
でも、僕は正直に言うことができず、「いや、何もないよ」と言った。
「そう? 何かあったら話の途中でも遠慮せずに言ってね」
彼女は優しくそう言ってくれた。
その優しさに、素直に甘えられたらどんなにいいだろうかと僕は思った。
僕の様子を気にしつつも、彼女はまた話し始めた。
「話は戻るけど、ちゃんと理由は説明するけど、強引じゃないよ」
「そうなの?」
僕は暗い気持ちを心の奥に押し戻して、なんとか普段通りに返事をした。
「うん。そもそも今日が何で『イベント事』の日になるかというと、親になる準備をする日だからだよ」
「親になる準備をする日?」
僕は彼女の言葉にいつも以上に、ピンとこなかった。
まだ僕は先程の気持ちを切り替えられていなくて、いつもより集中できていないからだろうか。
「そう。私たちにも、いつか子どもができると思う。私だっていつかは子どもがほしいと思っている。でも親になる前にしておくべきことがある」
親になる前にしておくべきことと言われて、僕はすぐに何も浮かばなかった。
親とは、いつかはなるものではないだろうか。
彼女は優しい表情のまま話を続けている
「それは、お互いのことをもっと知っておくことと、話し合うことだよ。育児はきっと大変だと思う。互いに手を取り合って頑張っていくためには、相手の考え方や辛いことを先に知っておいた方がいい。子どものことになると、どうしても自分が辛い時でも問題に目を背けちゃいけないから。そして、ある程度は夫婦として進むべき道は、決めておいたがいい。今日はそのための勉強をする日だよ。そして、今日を私たちの『イベント事』の日にするなら、母の日の相手は妻になり、父の日の相手は夫になるよね。それなら合算してもおかしくないよね?」
「うん、合算してもおかしくないよ」
僕は彼女の話を聞き、素直に彼女はすごいなと思った。
だって僕との未来のために、そんなことまで考えてくれているのだから。
僕は今のことでいっぱいいっぱいで、未来のことを考える余裕はなかった。
そして、確かに僕が前に話した『イベント事』の日となる理由がいかに弱いかがよくわかった。
彼女は僕との『イベント事』の日をとても特別なものと考えてくれているのが伝わってきて、嬉しくなった。
そこで彼女は、ゆっくりとさらにくっついてきた。
「どうしたの?」と聞くと、もじもじしながら彼女は小さな声でこう言った。
「でも、私は生活が完全に子ども中心になり、瑞貴ちゃんとのラブラブ生活をなくしたくないとも思っている。だって私が愛した人は、瑞貴ちゃんだから」
もう、かわいすぎる。
そこまで言われちゃうと、僕もきゅんとする言葉を求められる前に自分から言おうと思えた。
「大丈夫。僕はいくつになっても、たとえ何が起きても、花音ちゃんを大事にするよ。だって、僕の方が絶対惚れてるんだから」
あれ、言った後の恥ずかしさが前よりなくなっている。
なんでかわからないけど、そんなことより気分がよかった。
「私が求める前に、瑞貴ちゃんからきゅんとする言葉を言ってくれる日が来るなんて思ってもみなかったよ。本当にありがとう」
彼女はベットから立ち上がり、またどこかへ走っていった。
これはきっと、また何かを持ってくるパターンのやつだ。
僕はワクワクしながら待っていると、彼女はすぐに戻ってきた。
「それは何?」
「早速だけど、瑞貴ちゃんのことをもっと知りたいから、少しだけど質問リスト作ってきたの。教えてくれる?」
「もちろんだよ」
彼女は他の感情などないぐらいに、幸せそうな顔をしている。
つられて、僕も笑顔になった。
この時、彼女が子どものことで大きな悩みを抱えていることに、僕は全く気づくことができなかった。