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八章 「親になる準備をする日」

 怒涛の二日連続『イベント事』の日から、一ヶ月が経った。

 僕はいつも彼女に驚かされてばかりの僕ではないと意気込んでいた。

 驚かしている意図もわかったので、今度は僕が逆に驚かそうと思った。

 彼女にも楽しい思いをしてもらいたいから。

 だから、僕は次の『イベント事』の日がいつなのか目星をつけた。

 そして、彼女が「今日は『イベント事』の日だよ」と言う前に、僕が先に言おうと考えた。

 きっと彼女は『気づいてくれたの!?』と大喜びしてくれるはずだ。

 いつの間にか僕は『イベント事』の日を楽しむようになっていた。

 今日はゴールデンウィークで、こどもの日でもある。 

 僕の予想では、必ず『イベント事』の日に該当する。

 しかも、彼女の好きな『合算』を使っているのだから間違いない。

 抜かりのないように、なぜ今日が『イベント事』の日に該当するかの説明も考えておいた。

 晩ごはんを食べ終わった後で、僕は彼女に何の脈絡もなくこう話しかけた。

「今日は『イベント事』の日だよね」

「えっ!?」

 彼女は僕の突然の言葉に、びっくりしている様子だ。

「よし、いい調子だ」と心の中でガッツポーズをした。

「僕だって、わかるのだから。ちゃんと何で今日が『イベント事』の日になるのか理由もあるから、とりあえず聞いてよ。まずはゴールデンウィークとこどもの日の合算だよ。そして、何で『イベント事』の日になるのかは、結婚してもいつまでも子どものような心をもったままの二人でいようという意味があるからだよ」

 僕は自信満々に話した。

「瑞貴ちゃん、残念だけど、全然違うよ。今日は『イベント事』の日じゃないよ」

 あれ? 思ってたのと反応が違う。

 怒ってはいないけど、普段の彼女の反応だ。

「うそー!?」

 僕はそこで、自分が間違えたことに気づき、急に恥ずかしくなった。

「いや、大切なことだから、もう一回はっきり言うけど、今日は『イベント事』の日と違うよ」

「えっ、でも、だってちゃんと理由とかも、」

「色々言いたいことはあるけど、そもそも理由が弱すぎるよ」

 また、彼女はナチュラルに話を被せてきた。

 甘えモードの時というより、『イベント事』の日の話になると、彼女はどうやら熱くなるようだ。

「弱い?」

 僕は意外な言葉に、そのまま聞き返した。

「そう。日にちも間違ってるけど、理由が壊滅的に弱い。とにかく弱すぎる! たったそれだけの理由で、私は二人の大切な『イベント事』の日としないよ」

「えっ、じゃあ本当に、僕が日にちも理由も、完全に間違っていたの?」

「うん。瑞貴ちゃん、『イベント事』の日を語るのは、まだ早いよ」と彼女は勝ち誇っていた。


 五月九日。

 「おはよう」と珍しく、彼女が僕を起こしてくれた。

 彼女が僕より早く起きるのは、珍しい。

 あくびをすると、キッチンからみそ汁のいい匂いがしてきた。

 彼女はベットでまだ寝転がっている僕に突然密着してきて、「今日は『イベント事』の日だよ」と耳元でささやいてきた。

「えっ!?」

 不意打ちに、僕はいつも以上に大声を出してしまった。

 それに僕が勘違いした日と雰囲気があまりにも違いすぎるから。

「ふふ、いい反応ね」

 彼女は満足そうに僕のほっぺたにちゅっと口づけした。自分からしたくせに、顔を赤らめている。

 今日は二人にとって何かあったかなと僕が真剣に考えているうちに、彼女はまた話し始めた。

「まず、今日から、母の日と父の日を合算して一つの『イベント事』の日にしちゃいます」

「その二つの日を『合算』しちゃうの? さすがにそれはちょっと強引すぎない?」

 僕はちょっとむっとし悲しくなった。

 なんでもそんな風に都合よく変えられるなら、僕はいつも困らずに済んでいるから。

「なんか気に触るところあった?」

 彼女は僕の感情の変化に気づき、すぐに真顔に戻った。

 でも、僕は生まれた怒りを正直に伝えられず、「いや、大丈夫だよ」と言った。

「そう? 何かあったら話の途中でも遠慮せずに言ってね」

 彼女は優しく話してくれた。

 その優しさに、素直に甘えられたらどんなにいいだろうか。

 自分でしたことなのになんだか悲しくなってきた。

 僕の様子を気にしつつも、彼女はまた話し始めた。

「話は戻るけど、ちゃんと理由は説明するけど、強引じゃないよ」

「そうなの?」

 僕は暗い気持ちを心の奥に押し戻して、なんとか普段通りに返事をした。

「うん。そもそも今日が何で『イベント事』の日になるかというと、親になる準備をする日だからだよ」

「親になる準備をする日?」

 僕は彼女の言葉にいつも以上に、ピンとこなかった。

 まだ僕は先程の気持ちを切り替えられていなくて、集中できていないからだろうか。

「そう。私たちにも、いつか子どもができると思う。私だっていつかは子どもがほしいと思っている。でも親になる前にしておくべきことがある」

 親になる前にしておくべきことと言われて、僕はすぐに何も浮かばなかった。

 親とは、いつかはなるものではないだろうか。

 彼女は表情を変えることなく、話を続けた。

「それは、お互いのことをもっと知っておくことと、話し合うことだよ。育児はきっと大変だと思う。互いに手をとり合って頑張っていくためには、相手の考え方や辛いことを先に知っておいた方がいい。子どものことになると、どうしても自分が辛い時でも問題に目を背けちゃいけないから。そして、ある程度は夫婦として進むべき道は、決めておいたがいい。今日はそのための勉強をする日だよ。そして、今日を私たちの『イベント事』の日にするなら、母の日の相手は妻になり、父の日の相手は夫になるよね。それなら合算してもおかしくないよね?」

「うん、合算してもおかしくないよ」

 僕は彼女の話を聞き、彼女はすごいなと思った。

 だって僕との未来のために、そんなことまで考えてくれているのだから。

 僕は今のことでいっぱいいっぱいで、未来のことを考えたことがほとんどない。

 そして、僕の『イベント事』の日となる理由がいかに弱いかがよくわかった。

 彼女は、ゆっくりとさらにくっついてきた。

「どうしたの?」と聞くと、もじもじしながら彼女は小さな声でこう言った。

「でも、私は生活が完全に子ども中心になり、瑞貴ちゃんとのラブラブ生活をなくしたくないとも思っている。子どもと出会うために瑞貴と結婚したんじゃない。私は瑞貴ちゃんを心から愛してるから結婚したのだもん」

 もう、かわいすぎる。

 僕はきゅんとする言葉を求められる前に自分から言おうと思った。

「大丈夫。僕はいくつになっても、たとえ何が起きても、花音ちゃんを一番に大事にするよ。だって、僕の方が絶対惚れてるのだから」

 あれ、言った後の恥ずかしさが前よりなくなっている。

「私が求める前に、瑞貴ちゃんからきゅんとする言葉を言ってくれる日が来るなんて思ってもみなかったよ。本当にありがとう」

 彼女はベットから立ち上がり、またどこかへ走っていった。

 これはきっと、また何かを持ってくるパターンのものだ。

 僕はワクワクしながら待っていると、彼女はすぐに戻ってきた。 

「それは?」

「早速だけど、瑞貴ちゃんのことをもっと知りたいから、少しだけど質問リストを作ってきたの。教えてくれる?」

「もちろんだよ」

 彼女は他の感情などないぐらいに、幸せそうな顔をしていた。

 でも、この時彼女が大きな悩みを抱えていることに、僕は全く気づくことができていなかった。


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