目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
六章 「過去編 恋の始まり」

 彼女の「過去に会いにいきたくなった」という言葉と散る桜は、僕に彼女が初めて出会った時のことを思い出させた。

 今から、去年の四月末まで日付をさかのぽる。


 僕は仕事の昼休みになると、いつも行く喫茶店があった。

 軽食もあってお昼ごはんも食べれるし、何よりこの喫茶店はコーヒーがおいしかった。

 僕はコーヒーが好きだ。

 この店は、コーヒー豆にこだわっているとネットで書いていたので少し前に来てみた。

 僕もおいしいコーヒーを求めて色々な店に行ったけど、この店は段違いにおいしかった。

 それから、毎日通ようになった。

 喫茶店自体は、木造づくりのままだ。わかりやすく言えば、昔からある昭和を感じさせる喫茶店だ。なんの装飾もない。さらに、決して広いとは言えないこじんまりとしている。

 若者に媚びず、映えたりも全くしない。

 でもそこは静かで、時間がゆるやかに流れているように感じるようなところだ。

 気持ちの切り替えが苦手な僕にとって一人になり気持ちをリセットする意味でも、この喫茶店はとても僕にはいいところだった。

 彼女と初めて出会ったのは、この喫茶店だった。

 僕がある日いつものように注文をした時、注文をとりに来てくれた店員さんが彼女だった。

 その瞬間、一瞬で恋に落ちた。所謂一目惚れというやつだ。顔ももちろんタイプだったけど、接客がとても丁寧で優しそうがにじみ出ていたから。さらに、彼女の雰囲気も、なんだか僕と似ていていいなあと感じた。

 不思議なことだけど、何も彼女のことを知らないのに、その時彼女と歩む未来がはっきりと僕の頭に浮かんだ。

 でも、よく彼女を見てみると、僕よりかなり若いようだ。

 仮に何度か通い仲良くなったとしても、僕みたいな年上の男性が、告白したら彼女を困らせてしまうじゃないかと思った。

 だから、僕は気持ちを抑えることにした。それでも彼女のことは気になって、喫茶店に行くといつの間にか彼女を目で追っていた。

 感情をうまく整理できない日々が続いていると、不思議なことが起こった。

 僕が注文をするために店員さんを呼ぶと、彼女が来た。それは別におかしなことではない。

 でも、次の日も、その次の日も、注文をとりに来るのは必ず彼女だった。

 もちろん、他にも店員さんはいるし、混み具合とかもあるのにだ。

 そんなことは今までなかった。偶然というには、できすぎている気がする。

 でも、臆病者の僕からはそのことについて触れることができなかった。

 そんな日が、しばらく続いた。

 それからさらに数日後、突然注文を聞き終えたのに、彼女がまだじっと立っていた。

 僕が「どうかしましたか?」と聞くと、彼女は申し訳なさそうにこう言った。

「突然こんなことを言って、迷惑なのはわかってます。でも、あなたとここで初めて会った時から、あなたのことが気になってしょうがないのです。私、あなたのことが好きです。付き合ってください」

 彼女から突然なんの脈絡もなく告白された。

 僕はその時二つことに驚いた。まずは告白をされたことだ。そして二つ目は彼女も僕に一目惚れしていたということだ。 

 僕たちは、一目惚れ同士で、会った時から惹かれあっていたのだ。こういう出会いを『運命』と呼ぶのではないだろうか。

 もちろん、すごく嬉しかった。  

 でも僕は素直に「はい、よろしくお願いします」と言えなかった。

 それはやはり歳の差を気にしたからだ。彼氏が年上すぎる人だと、彼女がやはりかわいそうだ。

「気持ちをわざわざ伝えてくれてありがとうございます。勇気いりましたよね。気持ちはすごく嬉しかったです。でも君からしたら、僕は結構年上ですよね? そんな人よりもっと身近に君に相応しい人がいるんじゃないでしようか?」

 僕はオブラートに包んで言った。

「そうですよね。迷惑ですよね。私は、それでは注文を厨房に伝えてきますね」

「はい。よろしくお願いしますね」

 心はじんじんと痛いけど、これでよかったのだと僕は自分を納得させた。

 でも、彼女は僕なんかより他の人と結ばれる方が幸せになるに違いない。

 これで僕の恋は終わる。

 そんなことを考えていると、厨房に向かうはずの彼女が再びこちらの方を向いた。

「あの、この店には変わらずに、また明日も、いやずっと来てくれますか?」

「それはもちろん。このお店よりおいしいコーヒーを提供してくれるお店を僕は知らないですから」

「よかったです。それは本当に失礼します」

 そうして、いつもの日常に戻っていくはずだった。

 しかし、次の日、また喫茶店に行くと、いつものように彼女が注文をとりに来た。

 注文を聞いた後で、「先日の件、考えたのですが、やっぱり諦められません。迷惑なのはわかってます。でも、毎日毎日あなたを好きな気持ちがあふれてくるのです」とはっきりと彼女は言った。

「あの日も迷惑だと言っていましたが、まず僕は君のことを『迷惑』だと感じていないですよ。僕は君の『心配』をしているのです」

 僕はゆっくりと彼女のことを見つめた。

「私のですか?」

 彼女は予想外の言葉だったようだ。

「そうです。もし付き合えたとして、彼氏がこんな歳上じゃあ、友だちにも自慢できないですよね?」

「私は友だちに自慢するために、恋人が必要なんじゃないです。ただあなたが好きなのです」

 彼女のまっすぐな気持ちが感じられた。それに、僕の心をぐらぐらと揺らされた。

 でも、彼女の気持ちをまだ僕は素直に受け入れることができなかった。

「じゃあ尚更冷静に考えてみてください。本当に年上の僕が彼氏でいいのですか? 周りから考えなしに悪意のある言葉を言われるかもしれないんですよ。それで君が傷つくかもしれないんですよ?」

「ふふっ」

 彼女は、笑った。

 その笑顔は、とてもかわいらしかった。

「えっ、どこかおかしかったですか」

 僕は突然のことに少し驚いた。

「いや、こんな時でも優しいだなあと思ったんです。普通付き合う前からそんなに相手の心配をしませんよ」

「それは、僕が大人で、君より少し余裕があるから言えているんですよ」

「そうじゃなくて、あなたは優しいんです。私はそんな雰囲気も含めてあなたが好きです。私は何も後悔しません。友だちからでもいいです。好きになってくれるまで、いつまでも待ちます。迷惑でないなら、せめて思うことはさせてくれませんか?」

 その時確かに彼女の覚悟感じ、僕もしっかりしなきゃと思った。

「困ったなあ。そこまで言われちゃうと僕はもう断れないよ」

「えっ、本当は断りたくないんですか?」

 彼女は一層何が起きてるのかわからないという顔をしていた。

「はい」

「じゃあなんであんな言葉を言っていたのですか?」

「それは、君が優しいと言ってくれた部分で、君のことが心配だったからです」

「つまりは、今告白をOKしてくれたと、とっていいのですか?」

「はい。君の覚悟も、僕にしっかり届きました。実は僕も君に一目惚れしてたんです」

「嬉しい。でも、えっ、一目惚れ同士ってだったなんて、すごい確率なことですよね」

 彼女は声のトーンが急に上がっていた。

「僕も、そこはすごく驚いています」

 そして、その場で、一緒に笑い合った。

 こうして僕たちは、付き合うこととなったのだった。




コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?