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五章 「三月三十一日 花見」

 三月三十一日。

 僕たちは、今関西の和歌山県の和歌山城に、桜を見にきている。

 僕たちは関東に住んでいる。和歌山は全国に見たら桜の名所と呼ばれはしない。そんな僕たちがなぜ遠くの和歌山に桜を見にきているかと言うと、彼女がそこに行きたいと言ったからだ。

 僕が「近々桜でも見に行かない?」と彼女に声をかけた時、彼女は「それなら、瑞貴ちゃんの地元で、瑞貴ちゃんが小さな頃によく桜を見に行っていたところに行きたい」と言ったのだ。

 僕の地元は和歌山だ。都会に比べると特におしゃれな建物などもない。僕が「桜なら、都内の方がたぶんきれいだよ」と言っても、「そこじゃなきゃ、見に行かない!」とまたぷいっと頬をふくらませた。

 なんだろうね、怒る姿もかわいいってすごいよね。てか、もうすでに甘えモードに入ってる?

 そして、それを聞いて、僕は別にめんどくさいとは思わなかった。そもそも、僕が彼女に対してめんどくさいという感情を抱いたことは今まで一度もない。愛する人のために、僕が何かできるなら喜んでやりたいと僕は考えている。 

 確かに僕は彼女の発言には驚いたけど、彼女が行きたいなら別にいいかなと思った。

 でもなんで、そんなに場所にこだわるのだろう。


 お城は、国道に面して建っている。

 和歌山では、まあまあ有名な花見スポットだ。

 お城に着くと、満開のしだれ桜が出迎えてくれた。色は薄いピンクで、ダイナミックさとかわいらしい感じがある。

 そのまま空を見上げると、すぐにお城の本丸が堂々と姿を現す。

 お城と桜というものは、やはり見事な組み合わせで、壮観で圧巻だ。

 桜のピンク色とお城のごつごつした瓦の色が調和していて、桜の美しさをより一層際立たせている。

 桜はちょうど満開の頃で、右を見ても左をみても桜が咲き誇っていた。

 人は都会に比べて断然に少なくて、楽に移動ができる。

 僕は子どもの頃に来たことが何度もあるから、大体どんな感じか覚えている。

 でも、こんなに桜をゆっくり歩きながら見れるのは貴重なことなんだなと今気づいた。

 彼女は桜を見ては、「えっ、すごーい」とか「きれい!」と歓声を上げている。

 そして、あちこちに咲いている違う品種の桜を珍しそうに見比べては、写真を撮っていた。

 彼女は写真を撮るのが趣味だと、最近本人に聞いてわかった。和歌山行く準備をしている時に大きなカメラが気になり、ちょっとだけ聞いてみたのだ。彼女は「写真を撮るのが趣味だから」と普通に言った。僕は今まで彼女が写真を撮っているのを何度も横で見てきたはずだ。それなのに、こんなことも知らなかったのかと情けなくなった。

 僕にとっては普通の景色だったけど、都会生まれ都会育ちの彼女にとっては、何もかも新鮮で、なおかつ色々な品種の桜を一堂に見れるのは珍しいのだろう。

 彼女の喜んでいる気持ちが、僕にもダイレクトに伝わってきて、僕も自然と笑顔になっていた。

「これは、もう確実に『イベント事』の日だね」

 彼女は頭に桜の花びらを乗せながら、笑顔で近寄ってきた。

 きっとこれは偶然だろうなと思った。さすがの彼女も、頭に花びらを乗せる準備はしないだろうから。

 その姿があまりにもかわいくて、僕は「そうだね」と優しく言った。

「おっ、珍しいね。『なんで?』っていつもみたいに言わないの?」

 彼女はオーバーリアクションで、僕の真似をして言った。

「僕はそんな変な格好で、変な言い方も、してないから」

 彼女が冗談で言ってるのはわかったし、ツッコまれることもなんだか楽しかった。

「ふふ、わかってるよ。でも、言ってることは否定しないんだね」

「それは、まあ確かに言ってるからね。でもそれは責めてるわけじゃなくて、理由が純粋に気になるからだからね」

「それもちゃんとわかってるよ。でも、じゃあ、なんで今日は肯定してくれたの?」

 彼女は、僕の気持ちを本当によくわかってくれているなと思った。もしかして、理解する努力をかなりしてくれているのかなと感じた。

 彼女は僕のために本当によくしてくれている。

 僕は、同じぐらい彼女のことを思えているだろうか。

「うーん、桜の中にいる花音ちゃんがあまりにもかわいくて、その時『これは二人のイベント事だな』と、僕も初めて思えたから」

 そう言って、僕は彼女の頭の上にある桜の花びらをそっととってあげた。

「ありがとう。『花』が名前についてるからかな? 花との相性はいいのかもね」

 彼女は珍しく顔を桜のようにピンクに染めて下を向いていた。

 それからコホンとわざとらしく咳をして、またいつものように彼女はなぜ『イベント事』の日になるかの説明をし始めた。

「瑞貴ちゃんは『桜』と聞いて、どんなイメージをもつ?」

「そうだなあー。やっぱり一番に浮かぶのは、優美さかな」

「そういう人が多いよね。でも、桜は、人に色々な言葉をイメージさせる。桜はきれいなだけじゃない。私たちを楽しませてくれるし、悲しい気持ちにもさせる。とても深いのよ。だけど、桜自体は散る時は一瞬なんだよね。私たちを待ってはくれない。でもあんなに儚いのに、また見たいと人は必ず思う。それを誰と見たいかと言ったら、私はその相手に、瑞貴ちゃんを迷わず選ぶよ。だから、私は、花見も立派な二人の『イベント事』の日だ思うのよ」

「僕もその意見に賛成するよ。そして、花見に対して、そこまで深く考えてくれていてありがとう。じゃあ今度は僕の番だね」

「えっ、どういうこと?」

 彼女は目をぱちっと開いた。

「『イベント事の日にきゅんとさせて』と最初に言ったのは、花音ちゃんだよね?」

 僕は少しいたずらっぽく、そう言った。

 僕は最近強制参加のミッションというより、『イベント事』の日を自分から参加したいなあと思い始めてきていた。

 こんなにも考え方が変わるのは、桜の美しさのせいだろうか。

 それとも彼女のおかげだろうか。

「まあそうだけど、今日はなんだかやけに積極的ね」

 余裕そうにしているけど、彼女が焦っていることは僕にもわかった。

 僕は鞄から用意していたあるものを出した。


「桜のような花音ちゃんへ

 ラブレターを書くのはいつぶりだろうね。

 今日は、花音ちゃんと初めての花見だね。

 付き合っていた頃、花音ちゃんが「なんでも瑞貴ちゃんの初めてになりたい」と言っていたのを覚えてる?

 その時は、正直少し変わった子だなあと思っていたけど、最近花音ちゃんの『初めて』をたくさん見ていると、少しだけその気持ちがわかったよ。

 相手の『初めて』の人になれることって、こんなにも幸せなことなんだね。

 花音ちゃんがなんで僕の初めてになりたいと言ったのか改めて教えてくれないかな?

 愛してるよ。


              瑞貴より」


 僕は読み上げた後で、手紙をそっと彼女に渡した。

「たまには、事前に考えてくるパターンはどうかなぁと思って、」

「もぉー! こんなの反則だよー。こんなことされたら、きゅんきゅんが止まらないよ」

 彼女は僕の話が終わる前に、また話をかぶせてきた。

 でもいつも様子が違う。

「そんなにきゅんとしてもらえたならやってよかったよ。実は今日は朝からずっとうまくできるか緊張してたのだよ」

 サプライズをするなんて、僕の人生の中で初めてだったから、うまくできるか不安だったのだ。

「いつも前回を超えてきて、私をきゅんとさせてくれて、本当にありがとう」

 その時ふと気づいた。僕がきゅんとさせると彼女は毎回丁寧にお礼をしてくれる。

 ただきゅんとさせているだけなのに、わざわざお礼を言うほどのことなんだろうか。それとも、彼女が単純にしっかりとした性格だからだろうか。

「手紙本当にありがとう。そして、私が「なんでも瑞貴ちゃんの初めてになりたい」と言ったのは、どうしても私が和歌山に桜を見に行きたいと言ったことと関係してるよ。私は、今まで瑞貴ちゃんが出会ってきた誰よりも瑞貴ちゃんと素敵な思い出を作りたいと思っている。だから、瑞貴ちゃんと初めて桜を見るなら、それは特別な日にしたかったんだ。だから、瑞貴ちゃんがこれまでの人生で見てきた桜を、どうしても一緒に見たかった。私もこれから瑞貴ちゃんの人生の中に加わっていくのだから。瑞貴ちゃんがどんなふうに生きてきたか全てはまだ知らないけど、瑞貴ちゃんの過去に会いにいきたくなったのよ。駄々をこねてごめんね」

 僕はたまらず、その場でぎゅっと彼女を抱きしめた。

 こんなに僕のことを一途に思ってくれる人は他にいるだろうか。

「どうしたの?」と彼女が優しく言ってきた。

「僕の人生には、もうすでに花音ちゃんがいるから安心して」

 そう言って、僕はゆっくり手を離した。

「よかった。その言葉を聞けて、すごくホッとしたよ」

 彼女はいつも以上の素敵な笑顔だった。

 僕はそんな彼女を見られて幸せだった。

 幸せな感情だけで、心がいっぱいになった。

「また来年も、再来年も、いや、これからずーっと、二人で見にこようね」

「うん、約束ね」

 彼女から美しさを感じた。

 その瞬間、桜がひらりと可憐に舞ったのだった。




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