次の日のことだ。
窓からは爽やかな太陽の光が、部屋に入ってくる。
「朝は太陽の光りをたくさん浴びたい」という彼女の言葉から寝室の窓は大きくて、開放的な家を作ってもらった。
僕は、最近マイホームを買った。家について、僕自身は「いつか自分の家を持ちたい」という思いはあったけど、家のインテリアなどはそれほどこだわりはなかった。
だから、その辺は彼女と任せた。
170センチある僕の全身が写る大きな鏡の前で、僕はあくびをしながらゆっくりと寝癖の残った短いツーブロックの黒髪を触る。なんでこんなに短いのに寝癖がつくのだろうかといつも不思議に思う。
簡単に身だしなみをチェックして、最後ににこっと笑顔を作る。
「目が二重で、えくぼもあってかわいいね」って付き合っていた頃に彼女に言ってもらえたのが嬉しくて、今でも彼女に話しかける前は、自分のえくぼを確認するに笑顔を作る。自分自身は、特に特徴のない平凡な顔だとその時までずっと思っていた。
自分の顔が「かわいい」なんてなおさら思ったことはなかった。
それからいつものように、こたつの上に置いてある黒縁の眼鏡を手にとる。
僕達の朝は、お互いに「おはよう」を言うことから始まる。
いつも先に起きるのは、僕だ。
そのことに対して不満はないし、僕も少しは料理ができるから朝食も作れるほうが作ればいいとさえ思っている。
僕はあまり女性だからこうしてほしいというのがないのかもしれない。大切なのは、ただ彼女が幸せであることだ。それが一番で、役割なんて気にしない。僕が彼女のためにできることがあるなら、めんどくさいと思わず喜んで何でもする。
「おはよう」と彼女に声をかける時、今日は少し遠慮がちに小声で話しかけた。
理由は、まだ昨日の甘えん坊モードが残っているか確かめるためだ。
もし残っていたら、どう対応していいかまだわからないから。
一日経っても、僕は昨日のことをうまく頭で整理できていない。
そんな僕にたいして、彼女は今日も僕の予想を超えてきた。
彼女はしっかりした声で「おはよう」と返事をくれた。
昨日は特に変わったことはなかったかのように振る舞ってきた。
昨日のあれはまさか僕の夢だったのかな?と僕の方が思うだった。
「昨日の、その、甘えた感じはどこにいったの?」
僕は一応聞いてみることにした。
普段はそんなにこだわりを持たないけど、彼女の甘える問題は僕にも影響がかなりあるから。
「え? そんな、恥ずかしいこと聞かないでよー」
彼女は顔を赤めながら、そう言った。
ちなみに、彼女も僕と同じで笑うとえくぼができる。
もう、いちいちかわいいと思う。
そんな顔されたら、それ以上聞くことなんてできないじゃないかと思えた。
でも、できれば説明がほしいなと僕は思った。
彼女が教えてくれないから、僕は一人で考えることにした。
どうして彼女は突然あんな発言と態度をとったのだろう。
まずは、昨日より前は、その様子はなかった。
昨日のことを改めて思い出してみる。
突然彼女が『足りない』と言い、僕が話を詳しく聞くと「私たち夫婦の大切なルールとして、『イベント事』の日には私を『きゅんとさせて』」とすごい勢いでさらに彼女は話した。
思い出してみても、残念ながら何もわからなかった。
まず普段はどちらかというと落ち着いている彼女が、すごい勢いで話してくること自体珍しい。でも、それだけ彼女にとっては大切なことなのだろうか。
さらに、結婚の話をしたときは、彼女は肯定も否定もしなかった。
つまりは『結婚』というワードは、ずれてはいないのかもしれない。
僕は結婚について思い出してみた。
僕達は所謂スピード婚というもので、付き合って六ヶ月で結婚した。子供を授かったからではない。お互いに結婚願望が強かったというのが、一番大きな理由だろう。
結婚すれば、付き合っている時より時間的にもずっと一緒にいられる。結婚という選択は僕たちにとってより幸せになれる手段だった。
付き合っている間に、同棲もしていない。
結婚して、二ヶ月。交際期間を合わせても八ヶ月。
僕はもしかしたら、彼女のことをまだまだ知らないのではないのだろうかとふと思った。
もちろん、彼女の幸せを一番に望んでいるし、好きな気持ちも誰よりもあると自信がある。
友達に彼女のことを話していると、「瑞貴は本当に愛妻家だよな」ともよく言われる。
でも、僕は一つの彼女の気持ちの変化にさえ、全く気づけなかった。
そんな僕が彼女のことをよく知っていると、本当に言えるだろうか。
いや、きっと言えない。
知ることで何か変わるのだろうか。
もちろん、彼女の気持ちを第一に考え、彼女が嫌がる素振りを見せるのなら深く聞かないようにする。
わからないことはまだたくさんあるけど、まずは彼女のことを改めてもっと知ることから始めようと思った。
一方で、彼女は何か結婚に対して不安や不満があるのだろうかと言う考えも、頭に浮かんだ。
もしそうなら、遠慮なく話してくれればいいのにと思った。
そう思うのは、僕たちは付き合っていた頃から、「隠し事はなしで、なんでも話せる二人でいようね」と話していたからだ。
もしも今彼女が辛い気持ちの中にいるなら、すぐに救い出してあげたいと思った。
その可能性が少しでもありそうなら、ほっておくこととてもなんてとてもできない。
でも、あんなことになるとは、全く思ってもみなかったのだった。