「……い、いつの間に……」
「趣味なんですよ」
そう言われれば。もしや机の上の恐竜や昆虫も、森岡の作ったものなのだろうか。高村の目が、机の上と森岡本人の間を往復する。
「これも一つのハッタリですがね」
はあ、と高村はうなづいた。確かに直接科目に関係無くても、一芸に秀でている人物には、一目置きたくなるものである。
しかし自分にその真似はできない。彼は案を手に取ると、もう少し考えてみるべく、デスクの上に全部を広げてみる。
今考えてみるべきなのか、とにかく一度体験してショックを受けてみるべきなのか。
いずれにせよ、今目の前に、確実に課題があるのなら、できるところまでは詰めてみるのが、今ここに来ている自分の義務だろう。彼はシャープの芯をかちかち、と数回出した。
と、その時、こんこん、と扉を叩く音がした。
「失礼します」
戸車のがらがらと動く音と共に、低い声がその場に響いた。ん? と高村は聞き覚えのある声に振り向く。
「あら、垣内君、どうしたの?」
南雲は親しげな口調で、部屋に入って来る生徒に声を掛けた。そう、垣内だ。図書室でも確かにそう呼ばれていた。
森岡は興味が無い、という顔で、目の前のTVのスイッチを入れる。ローカルのニュース番組がちょうど始まる所だった。
「……実は生徒会の問題で、南雲先生に相談に乗っていただきたいことがありまして……」
「また?」
南雲は苦笑しながら、こめかみに指を当てた。
「去年と違って、あなた達の代は、私を呼び出すことが多いのね」
「それは仕方無いですよ、先生。先代の会長の頃とはまるで今は違いますから、皆……」
「ええ、わかった、わかったわ」
南雲は冗談だ、とばかりに笑うと、両手をひらひらと振る。
「ともかく今からすぐ、そっちへ行った方がいいのね?」
「はい、すみません、ご足労お願いします」
垣内は南雲に向かって軽く会釈した。
「では少々、行ってきます。高村先生、別にそのままでも案は構わないけど、必要があるのなら、ちょっと待っていてちょうだいね」
言い残すと、南雲は足早に化学準備室を出て行った。その姿は、ここで高村や森岡を相手にしている時よりも、むしろ楽しそうに見えた。
その後に垣内が続く。部屋を出る時に、彼はもう一度軽く会釈をしていった。扉が閉まると同時に、高村はふう、と息を吐いた。
「何ですか、高村君。ずいぶん気疲れしていた様じゃないですか」
「え? ……そうですか?」
「だって君」
森岡はつ、と折り鶴の一つを高村に突きつける。
はっ、と高村は顔を上げる―――上げるということは。
「あ」
いつの間にか、ため息とともに、高村はべったりと顔をデスクにつけていた。
「まあ彼女も、言葉はともかく、結構きつい所がありますしねえ」
あなたもきついですよ、と高村はふと言いたい衝動にかられたが、言わないだけの理性は残っていた。
「南雲先生は、生徒会も担当されてるんですか?」
「そうですねえ」
折り鶴を飛ばす様な動作をしながら、TVに再び視線を移し、森岡はうなづく。
「彼女がここに赴任して…… そう、六年になりますが、三年目くらいから、生徒会は担当していますよ。やはり生徒会の担当は若い教師の方がいい、ということでね」
「六年」
ということは。高村は彼女の歳を思わず数える。
「ああ、彼女はまだ三十歳前ですよ。まあ中等学校は、あまり異動が無いのが普通ですしね。昔と違って」
「昔は…… 異動が多かったんですか?」
「ああ。私が教師になった頃はまだ『中等学校』じゃなくて、『中学校』と『高等学校』の時代でしたしね。そう、表面上は殺伐としていましたが、私にとっては、いい時代でしたよ」
「いい時代、だったんですか?」
ええ、と森岡はうなづく。
「私は高等学校の教師でしたから、改革後も引き続き、後期の方にずっと居させてもらっているんですけどね、あの後に教師になった連中は、学校の異動は無いのですが、前期も後期も行かされて、大変だったと思いますよ。ああ、君も来年は、前期の方へ実習でしょう?」
「ええ」
彼の大学のカリキュラムでは、三年次で中等学校の後期、四年次で前期の実習を経験することになっている。すなわちそれは、前期の方が難しい、ということでもある。
「まあ、今年楽して来年困るよりは、今苦労しておく方がいいですね」
「そうですね……」
確かにそうだ、と彼も思う。少なくとも、今年失敗したことは、来年繰り返さずに済むだろう。
「それにしても、生徒会も、今の連中は大変なことですよ」
「そんなに、去年とは違うんですか?」
森岡は大きくうなづく。
「違いますねえ。去年の会長と比べられては、可哀想というものですよ」
「去年の会長は、そんなにすごかったんですか?」
高村には、そんなに凄い生徒会長、は上手く想像ができなかった。
「あー…… そうですねえ…… 確か山東は、結局四年の半分から六年の半分まで役職についていましたが、お、そうそう」
ぽん、と森岡はTVから目を離して手を叩いた。
「高村君、二階の購買分室は見ましたか?」
「え? ええ」
昼休みの喧噪を、彼は思い出す。
「オレは今日も、あそこでパンを買いましたが」
「その割には、今日はここでお昼にしませんでしたね」
ちら、と森岡は非難めいた目つきを投げる。
「……い、いえ、いいお天気なので、屋上で」
「屋上? 屋上は、基本的には立入禁止ですよ」
「え」
高村は大きく目を広げた。初耳だった。