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第16話 〜お兄ちゃんは妹が人見知りだったのを思い出したようです〜

 伊織の意味深な言葉が、気になるところだが……。そんな俺の心中など知らず、セージが少し困り顔でおずおずと俺の方を見る。


「あの、ところでヤヒロさん……」

「ん? どうした、セージ?」

「先程からその、気になっていたのですが……」


 セージは、自身の纏う白く長いローブを、ヒラリとめくる。


ヒナコ様こちらはえっと……大丈夫、なのでしょうか?」


 先程からやけに静かで、見当たらないと思っていたら。我が妹は、どうやらずっとセージのローブの中に隠れていたようだ。

 そういえばこの妹、人見知りだったのだ。先程までの行動と、俺自身が街の活気に浴びせられて、若干忘れかけていたが。


 妹は拾われてきた小動物のように小刻みに震え、小さく縮こまってはセージの足元にしゃがみこんでいた。


「おーい、おヒナさんや〜。大丈夫か〜?」

「……、じゃ…………い…………ぶ……」


 妹は、小声で何かをブツブツと呟いている。大体の内容は容易に想像できるが、兄として一応耳を傾けてみることにする。


「……大丈夫大丈夫大丈夫……あれは全部NPC、NPCなんだ……だから大丈夫大丈夫大丈夫……。ノンプレイヤーキャラクター……! だから大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫……」


(oh……これは、かなりの重症だな……)


 最早何かの呪文かと思うほどの早口でまくし立てる妹に、若干引きつつも、どうしたもんかと考える。


「えっと、ヒナコ様は大丈夫なのでしょうか? 先程から同じような言葉を、ずっと呟いてらして……」

「あー、大丈夫。大丈夫だ? いつもの人見知りだから。久々にこんなに大勢の人がいるところに来たから、キャパオーバー起こしてんだよ」

「きゃぱ……? 何か大変な事態とかでは!?」

「大丈夫、大丈夫。放っておけば、そのうち慣れるだろう。……まぁとりあえず宿にでもコイツをぶっ込んで大人しくしとけば、いやでもさっきみたいに騒がしくなるから」

「えっ、そんな扱いでいいのですか……?」

「まぁ、確かにヤヒロさんの言い方は少々雑ですが……。慣れればなんとかなります。ヒナですから」


 我が幼なじみから酷い言われようだが、『ヒナですから』で片付ける伊織の方も、なかなか雑なのでは? と、思いながらも、セージに宿の場所を聞く。セージは笑顔で宿の名を口にはするが、案の定。宿の場所は分からないらしい。帰省本能が働か無いのは宿も含まれるらしいが、セージコイツは一体今までどうやって生きてきたんだ? これまで生きてこれたのが、奇跡のようにしか思えない。


「セージ、お前今までどうやって生きてきたんだ……」

「え?」


 セージは半分聞こえてなかったのか、口元に笑みを浮かべながら首を傾げる。


「いや、なんでもない……」


 俺は色々と謎なセージに聞きたいのは山々だが、口元を手で塞ぐ。

 露店の店主に宿の場所を聞きながら、お礼代わりにリンゴのような赤い果物を五つ購入する。ちなみに俺と妹と伊織の三人は、言わずもがな無一文なので、今は出世払いと自分に言い聞かせ、元はセージの金である。


「悪いなセージ。金は出世したら必ず返すわ」

「いえ、お気になさらずに。これは何も言わずに外へ出てしまった、友人への謝罪も兼ねてますので」


 セージはそう言うと、眉を八の字にしながら笑った。なるほど、だから五つか。しかしリンゴ(仮)一つで友人の機嫌をとろうとは……。セージもなかなかな大物とみた。


「ですが、コレで許して貰えたらとても助かるのですが……」

「そういえば、お前の友達ってどんな奴なんだ?」


 何となく気になったので、セージに友人について聞いてみる。セージと行動していればきっと出会うであろう、その友人の情報を少しでも知っておけば、出会ってすぐに打ち解けは出来ずとも、粗相をするリスクは減るはずだ。特に、この何をやらかすか分からない、ウチの妹とか、妹とか、妹とか。

 そんな俺の内心を知ってか知らずか……いや、理解してはいないだろうセージは、第三者視点である俺からでも分かるくらい、パーッと嬉しそうに顔を輝かせると、少し照れくさそうに頬をかきながら「そうですね!」と語り始める。


「少々口が悪くて、手癖と足癖も悪く、ぶっきらぼうで……。たまに意地悪なところもありますが、内心はとても優しくて口下手で……。それでいて僕を僕として扱ってくれる、大切な友人です!! あとですね……」


 うーん、最初の部分は聞かなかったことにして! セージが本当に嬉しそうに話をするあたり、本当にその友人のことが大好きなようだ。隣の伊織も、聞きながら微笑ましそうに口元を緩めている。


「あっ! あそこです、ヤヒロさん!」


 俺たちが相槌を打ちながらセージの友人の話を聞いていると、店主が教えてくれた宿の近くまでどうやら来たようだ。セージは少し先へと駆け出すと、宿を指差した。


「おーい、セージ。慌てるとコケるからなー」


 セージの人柄か、人懐っこいせいか。俺はデカい弟が出来たようで、つい妹に注意するようにセージに話しかける。実の妹はというと。駆け出したセージに反応が追いつけなくて、慌てて俺の後ろにしがみついては、上着の中に頭を隠す。


「大丈夫ですよ、ヤヒロさ……」


 俺はふと、セージの指差す宿の方を見る。

 少し離れていてよく見えないが、誰かが仁王立ちしているのが見えた。

 その人物は急に走り出す……――――――。


「セェェェェェェェェェ…………」


 と、真っ先に……――――――。


「……ィィィィィィィィィイイ」


 一人の青年に向かって……――――――。


「……ジィィィィィィィィイイイイイイ!!」


 飛び蹴りをかました……――――――!!


 青年……もとい、セージは背中からモロに飛び蹴りを食らうと、俺たちの数メートル後ろまで軽く吹き飛んで行った。


 訳も分からずに、ただその光景を見ていた俺たちは一瞬固まると、慌てて飛び蹴りをかました張本人へ視線を向ける。




 そこには妹とさほど体格の変わらない、小柄な子供が深くフードを被って立っていた。

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