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第9話 〜お兄ちゃんは妹に正座させたようです〜

 俺と妹は、セージに土下座しながら、事情を話した。セージはというと、最初こそは驚いていたが、すぐに理解してくれたようだった。妹には反省の意を込め、罰として正座をするように言いつけた。

 ちゃんと自身が悪いことを理解していた妹は素直に応じ、かれこれ30分ほどキミーの隣で静かに言いつけを守っていた。


「あ、あの、ヤヒロさん! 僕は全然大丈夫なので! 妹様を許してあげて下さい!!」

「いや、ダメだ。セージが許しても、俺は簡単に許してはダメなんだ。身内として、悪いことしたらいけないと教えないと! 兄としても!!」


 俺だって鬼じゃないし、そろそろ許してもいいと思ってはいる。が、まだダメだ。ここはしっかりと躾ておかなければ。いつ戻れるか分からないこの世界で、これから生きていくのだとしたら、今出来る事は今の内に妹に理解させる。何を始めるにしても、初めが肝心だからな。

 それに、またさっきみたいな騒ぎになったら、俺よりも伊織の胃が心配だ。

 妹はそろそろ、足が痺れてきたのだろうか。プルプルと震えだし、徐々に顔が歪み始めた。


 俺はため息をつくと「正座終了。足を崩してよし!」と妹へ告げた。


 妹はその言葉を聞いた瞬間、待ってましたと言わんばかりに「ぷはーっ!!」と勢いよく息を吐き出すと地べたに寝転んだ。


「あ、足がぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!」


 足が痺れて立てない妹を心配したキミーが、枝を伸ばしてつっつく。やめてやれキミー。痺れた足は触られる方が余計痺れが増して辛いから。

 案の定、妹は半泣きしながら「キミー、ストップ……! 足……足、ヤバい! めっちゃヤバいから!!」と、全力で首を横に振っている。

 セージはその光景を見ながらどうすればいいのか分からずに、アワアワしている。いや、お前は被害者だから何も悪くないからな。むしろこの真っ当な罰を受けた加害者を、エベレスト並の標高の高さから冷たく見下ろして、高らかに鼻で笑ってあしらってもいいくらいだ。


「とりあえずヒナ。足の痺れがひいたらまずセージに挨拶しろ。挨拶は他者とのコミュニケーションをとる上での第一歩として、とても大切なことなんだからな」


 俺はため息混じりに妹にそう伝えると、妹は半泣き状態でコクコクと無言で頷いた。ここで逆らったら、再び正座をさせられると判断したのだろう。いい判断だ。




 ――――――数十分後……。――――――




「はじめまして、神崎かんざき陽菜子と言います。先程は、失礼……致しました……」


 妹は今にも泣いて逃げ出しそうなほど目に涙をためて、プルプルと震えながら、消え入りそうな声でそう自己紹介をした。

 身内贔屓を差し引いても、妹にしては頑張った方だ。と、俺は思った。何よりここ数年間、まともに初対面の人と接していないのだ。

 俺はこれ以上は耐えられないと判断し、妹の隣に座る。案の定耐えきれなかった妹は俺の後ろに隠れては、肩越しにひっそりとセージの様子を伺う。


「……まぁ、見ての通り極度の人見知りでな。これでも、かなり頑張った方なんだ。気を悪くしないでくれ」


 俺のフォローがあってもなくてもか、セージは優しく「はい、かしこまりました」と笑った。


「人見知りなのに、僕のためにわざわざ勇気をだして挨拶をしてくださりありがとうございます、ヒナコ様。やはりヒナコ様もヤヒロさんと同じく、とてもお優しい方ですね!!」


 まるで後光がさしているのではないのかと錯覚する程、セージの優しく明るい笑顔に、思わず目が眩む。妹も同じなのか「ま、眩しい……!!」と、俺の服を掴んで目を瞑っていた。


「……ところで話が変わるんだがセージ。お前『』って言ってたけど、一体何を探してるんだ? お前には色々と迷惑かけちまったし。お詫びと言ってはなんだが、俺たちもその『探し物』を手伝ってもいいか?」


 俺からの思わぬ提案に、セージはパーッと明るくなる。しかし少し申し訳ないと思ったのか、すぐに顔が曇った。


「その、ヤヒロさんのお言葉は大変有難いのですが……。コレは僕自身に課せられた使命と言いますか、これ以上ご迷惑は……」

「いや、迷惑かけたのはそもそも俺たちの方だし。なぁ、ヒナ?」

「ソノセツ節ハ、大変申シ訳アリマセンデシタ。是非、オ手伝イサセテクダサイ」


 どうやら妹も賛成のようだ。やや片言だが。


 セージは少し考える素振りをすると、おずおずと「ありがとうございます、助かります」と微笑んだ。なるほど、コレが微笑みの爆弾か。違うか。


「えっと、その……僕の探しているのはですね。『』なんです」


 予想外の探し物に、俺は一瞬驚く。こんな森の奥まで来て『手紙』を探しているとは、本当に予想外だ。

 この世界では、文通には伝書鳩でも使っているのだろうか?


「手紙か……鳩が手紙でも落としたのか?」

「『ハト』……?」


 一瞬キョトンとしたセージに、思わず心の声が漏れてしまったことに対し「いや、何でもない……」と、俺は顔をそらしながら口元を手で隠した。地味に恥ずかしい!

 妹は何となく察したのだろう。ふと合った視線が冷たかった。


「とても大切な手紙でして……。内容は僕も何が書かれているのかは、分からないんです。でも、その手紙は送り主が宛てた、特別な方しか開けられないよう厳重に複数の魔法が施されていて、僕はその魔法の僅かな魔力を追ってきたのですが……」


 それまで話していたセージの表情が、突然曇った。俺は眉間に集まったシワを掴みながら、恐る恐る聞いてみる。


「なぁセージ。まさかとは思うんだが、……のか?」


 セージは驚いた表情をすると困ったような、恥ずかしそうに頬を赤らめながら「お恥ずかしながら……」と笑った。


「実はですね、僕は王都で神官をさせて頂いているのですが、訳あって今はこの森を抜けた先にある街で、神事のお手伝いをさせて頂いているんです」

「へー、セージが王都で神官……。マジか」


 そりゃあ神秘的なオーラが発せられているのも頷ける。しかも王都でとか……実はめちゃくちゃ凄いヤツなんじゃないか!?

 そして今セージは言った。「」と。


(つまり、近くに街がある!!)


「な、なぁセージ! この森を抜けた先に街があるんだよな!?」

「え? あ、はい」


 街がある。つまり、この訳も分からない森の中で、野宿しなくて済む!!


「セージの探してる、手紙を見つけた後で良い! 是非その街に連れてってくれないか!?」


 セージの手を掴んでズイっと詰め寄る俺に、セージは驚いた顔をする。が、すぐに「えーっと……」と少し困ったように視線を逸らされた。


「ヒロくん、ヒロくん。近い、近い。セージさん困ってるよ」


 妹に服を引っ張られながら指摘されて、俺は慌ててセージの手を離した。


「わ、悪いセージ! つい勢い余って!」

「勢い余ったら、ご腐人は湧かないよ」

「待て妹よ、何の話だ。ちょっと今、悪意ある変換が見えたぞ?」

「何でもないよ、お兄様。私はまだ、そっち方面に目覚めてないから!!」

「待て待て、『』って……、お兄ちゃんは許さないぞ!?」


 妹は目を輝かせながら『グッ!』と親指を立てた。なんかとてつもなく不愉快な妄想を繰り広げられる前に、俺は妹の肩を掴んで前後に揺らし、思考を静止させる。妹が変な方向に性癖を目覚める前に、何とかせねば!!


「あ、あの……」

「すまないセージ! 今俺たち兄妹は貞操や性癖に関する、今後の互いの関係や妹の将来にとって、必要不可欠な大事な話をしてるんだ! 少し待ってくれ!!」

「あ、はい! 分かりました!!」


 セージはとても真面目だった。その言葉を真に受けて本当に待ってくれる。

 対する妹と言えば……。


「ヒロくん、そこまで必死になる必要ある?」

「あるわ! 俺にとって地雷だ!!」

「あ! 偏見だ! 全国のご腐人に今ケンカ売ったよ!!」

「知るか! そんなご腐人は願い下げだ!!」

「そんな事言ってるとその内、支部で『ヤヒロ 総受け R 18』でタグ作られるよ!!」

「何でそんな検索方法知ってんだよ!? 俺教えてないし、パソコンは俺がパスワード設定してるし、お前のスマホフィルタリングしてたよな!? しかも俺が総受けかよ!?」

「その方が萌えるでしょ?」

「萌えねーよ! むしろ萌やすな!! 燃やせ!!」

「おっ! ヒロくんにしては、上手いこと言うではありませんか!!」


 最早不毛な言い争いをしている俺たち二人の姿に、訳の分からないセージは困ったようにキミーを見つめていた。キミーも意味は理解出来ていないが、ケンカを仲裁すべく枝を伸ばして俺たちを引き剥がし、空中に引き上げた。


「キミー何しやがる!? 離せ!!」

「そうだよキミー! 今ヒロくんととても大切な戦争クリーク中なんだよ! これは1年くらいかかるよ!」

「何しれっと、1年戦争並に引っ張ろうとしてんだよ!」

『ガウガウガウッ!!』


 キミーは怒ったように怒鳴ると、セージの方を枝でさす。セージは本当にどうしようかと、困り果ててしまったのか。混乱してるセージは気絶してる伊織の胸ぐらを掴んで、今にも叩き起こさんとばかりに手を振りかざそうとしてた。


「わー! 待った待ったセージ!! 俺たちが悪かった!! だからやめてやれ!!」

「わー! セージさんゴメンなさい! だからイオを殴らないで!!」


 キミーは俺たち二人を地面に降ろすと、枝の先と先を合わせる仕草をする。どうやら仲直りするように促しているようだ。


「……妹よ、とりあえずは一時休戦といこうではないか」

「そうですわねお兄様。イオのためにも、ココは一時休戦と言うことで」


 俺と妹は不服ながらも、伊織を人質に取られているため、渋々ながら和解と称して指先を合わせる。

 それを見たキミーとセージは、ホッと息をついて胸をなでおろした。


「えーっと……、それでなんの話だったっけ?」


 俺は頭をかきながら話を戻した。正直今のでどこまで話が進んでたのか、先程のケンカで曖昧になった。


「あ、はい。この森を抜けた先に街がある話です!」


 セージは地図を広げると、指で街であろう場所の位置をさした。


「ココに街があるんです。今、僕はそこで神事のための神官として派遣されてるんです。ヤヒロさんは、こちらの街に訪れたいのですよね?」

「そうなんだよ。俺たち突然ココに連れてこられたから訳が分からなくてな……。どんな生き物がいるかも分からないから、下手に野宿も出来ないし。何より情報収集も兼ねて、宿に寝泊まり出来ればいいんだが」

「それでしたら是非とも、僕が借りてる宿で宿泊されればいいですよ! 確か部屋も余ってましたし、お代は僕が出させて頂きます!!」


 やけに食いついてくるセージに若干引きつつも、俺はそこまでされる筋合いがない上に、正直申し訳なさの方が立ってしまう。


「いや……、それは凄くありがたいんだが。俺たちはお前に、そこまでされる筋合いないだろうに……」

「いえ! ヤヒロさんたちは僕の命の恩人です! それに、僕の探しモノを手伝ってくれると仰いました! その恩に報いるのは、当然です!!」

「いや、そもそもケガは俺たちのせいでもあるから、お前が気にする事はこれっぽっちもないんだぞ」

「そう、ですか……」


 何故だろうか。断られて悲しげなセージから、子犬のような耳としっぽが見えるのは?


 どうしてか。こちらが申し訳なるほど、セージは落ち込んでしまった。それを見兼ねた妹が、再び俺の服を掴んで引っ張る。


「ねぇヒロくん……なんかセージさん、見てて可哀想だよ? ここはもうお言葉に甘えた方がいいんじゃないかな?」

「だよな……。まぁ本人がここまで言ってくれてるし……」


 むしろこのセージの厚意を、無下にする方が良心が痛む。なので俺は「分かった、お前の厚意に甘えるよ」と答えると、セージはパーッと明るくなって「はい!」と嬉しそうに返事した。


「それでは『手紙』を探しつつ、!!」

「そうだな! セージの探し物を探しつつ、頑張ってこの森から……ん? 『……』……?」


 俺は疑問に思った。セージの『』と言う、言い回しに。

 俺は嫌な予感がして、再び恐る恐る聞いてみる。


「なぁセージ……『』の、『』って、どういう意味だ……?」


 俺の質問に対し、セージは指を立てて解説を始める。


「この森は昼間はキミー様の様に、大人しい魔獣や生物などが多く生息しているのですが、夜になるととても凶暴な魔獣が活発に活動し始めます。なので、日暮れまでには一旦森を抜けましょう」

「マジかよ……。飛ばされた時間が、夜じゃなくて良かった」


 もし飛ばされた時間が夜で……。キミーやセージ達に出会ってなかったらどうなってたかと想像すると、俺の身体はブルっと一瞬小さく震えた。


「それとですね。大変お恥ずかしい事なのですが……。僕はどうやら友人曰く、『目的地には辿り着けても、お前には』らしく……」

「そうか、『』のか……」


 思わず聞き流すように復唱したが、俺は笑顔のまま固まる。


(待てよ、まさかこの流れは……!?)


 セージは少し恥ずかしそうに目を逸らしながら、口元を隠しては頬を赤らめた。


「単刀直入に言うとですね、……!!」


 そうしてセージは、深く頭を下げて土下座をした。


 俺は目を瞑って、息を深く吸い込んでは吐く。そして青空を仰ぎながら、そっと考える。




「日没まで、あと何時間だろうか……」と。

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