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第7話 〜お兄ちゃんは名前を決めたようです〜

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「うっ、ココは……?」


 一人の少年が、瞼を震わせる。

 静かに吹き抜ける風が穏やかに頬を撫で、少し木々を揺らす。

 少年は重い瞼を、そっと開く。


「おっ、起きたかイオ。ずっと反応がないから、生きた屍かと思ったぞ」


 聞きなれた優しい声、見慣れた青年の顔に少年……もとい伊織は、安堵するように息を吐く。


「ヤヒロさん……。私は、一体……?」


 夢を見ていた気がする。とても酷い夢を。

 学校から帰宅し、幼なじみの少女に家庭教師として勉強を教えていた。

 しかし気がついたら見知らぬ森の中に立っていて、それで――。


「あー……まぁ、アレだ。……今から起こることや見るもの全てが、イオにとって少し……。いや、だいぶ信じられないようなことばかりだと思うが……」


 どこか歯切れの悪い八尋の言葉に、伊織はどこか不信感を覚え、眉根を寄せる。


 そういえば幼なじみの少女は、何処にいるのだろうか?

 伊織は心配になり、上半身を慌てて起こす。


「良いか、イオ……。お前はとても賢いし、冷静なヤツだと俺は評価している」


 そして伊織は、眼前に広がる光景に絶句する。

 正体不明の木の化け物……と、それに跨り楽しそうにじゃれ合う幼なじみの少女。

 そしてどこか神秘的なオーラを発する、全く知らない人物がその光景を、ただただ微笑ましく見守っている。


「だから俺はあえて言う。目の前の光景アレは全部現実だ」




 伊織が二度目の気絶をすることは無かった。が、頭痛に悩まされているのは、八尋の……いや、誰の目にも一目瞭然だった。






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 ――――――遡ること数時間前……。――――――




 俺と妹は、はれて化け物と友人になった。

 よく見ると、目と口のように空いた三つの穴が顔のように見えて、だんだんと可愛く見えてくる。これはきっと俺が疲れているせいとか、そんな理由では無いはずだ。断じて違う。


「ねぇヒロくん、この子に名前をつけてあげようよ!!」

「お前はまた唐突だな……。まぁ、ずっと『化け物』とか『コイツ』って呼ぶのも変だしな」


(名前か……確かに友人になったし、愛称的なものをつけたいよな)


「じゃー『イー』……」

「却下だ!!」


 今、俺は何か大変なことが起ころうとしていた。大人の事情のようなもの。そう俺の勘が訴えかけてきたので、妹が言い終える前に止めたのだ。

 妹は「えー?」と頬をぷくーっと膨らませて、不満そうな声を上げる。


「真面目に考えろ。化け物コイツのためにも!!」


 俺は後ろにいる化け物の方に親指で指差し、妹に抗議する。化け物は静かに座っては、蝶や小鳥たちの憩いの場として俺たちを見ている。


「分かったよ。じゃあ『キミー』でどうよ!!」

「き、『キミー』……?」


 俺は妹のネーミングセンスに疑いを覚えながらも、一応理由を聞いてみる。


「それは勿論! 『たいな化け物』、略して『キミー』!!」

「………………」


『ドヤー!!』と立ち上がり、腰に手を当てて化け物に指さす妹の姿に、俺は無言のジト目で見る。


「……で? 本当の理由は?」

「『が悪い』から『キミー』」

「お前! 仮にもファンタジーな異世界で、初めて出来た友人に対してヒデーな!!」


 あまりにも雑なつけ方故に、化け物に代わって俺が抗議する。


「さぁ! アナタの名前は、今日から『キミー』! 『キミー』だよ! 君は今日から『キミー』だ! だけに!!」

「人の話聞けよ! あと『上手いこと言ってやったぜ』みたいな顔すんな!!」


 妹はドヤ顔しながら、俺を見下ろしてくる。クソっ。めちゃくちゃ殴りたい、このドヤ顔……!!

 俺が逆の立場なら、確実に殴っていただろう。広い心の兄であったことに感謝しろよ、妹よ。


「……お前こんな適当な理由で名前つけられたけど、本当に良いのか? 文句あんなら、今のうちに言っとけ」

『ガウゥ?』


 一度首を傾げては少し考える素振りをした化け物は、『コクリ』と頷いて枝を妹へと伸ばした。

 つまり化け物なりの、『了承した』という合図なのだろう。


「わーい! よろしくね! 『キミー』!!」

『ガウウアウゥ!!』

「マジかよ……」


 化け物……改め、キミーは嬉しそうに体に生えた花や木の葉を揺らした。


「とりあえず化け……、キミーの名前は決まったとして。俺たちの問題は何も解決していないぞ。どうするんだヒナ?」

「え? 何が?」


 妹は早速キミーの太い幹に座って、小鳥たちと遊び始めていたところだった。わー、めっちゃ殴りたいこの笑顔。

 俺の気配を察したのか、妹は手をポンと叩いてやや目を泳がしながら指を立てる。


「あ、あ〜! そうだね! まずは森を出て、人里を探さないとだよね〜!!」


 妹はぎこちない笑顔で、ニコニコしながら当面の目的を思い出した。


「そうだ。それにイオが気絶してから、全く目覚めない。このままイオを放っておく訳にもいかない。まずは安全なところに運びたいしな」

「反応がない、まるで屍のようだ」


 いつの間にか降りてきた妹は、己の幼なじみの頬をツンツンと容赦なく小刻みにつつきながら言う。

 一方、幼なじみの伊織は「うーん……」と眉間に深いシワを刻んでいる。どうやら相当うなされている様だ。


「お前……誰のせいでこうなってると思ってんだ」

「はい?」


 妹は「何のことですか?」と、本気で分からないように首を傾げる。

 色々と言いたいことはある。が、兄として……年長者としてココはぐっと堪えた。


「今の俺達には、あまりにも情報が無さすぎる。キミー、お前は人が住んでる町や村……森の出口とか知らないか? もし無理そうなら、今夜は野宿になる。その場合は、食料でも取ってきてくれれば助かるんだが……」

『ガウガウガウウッ?』


 キミーは小鳥たちに向かって、何かを聞く素振りをする。小鳥たちは『チュンチュン』と鳴き返す。それを聞いたキミーは頷き、そして茂みの方を枝で指した。


「……? あっちに何かあるのか?」

『ガウッ』


 キミーは頷くと、ノシノシと茂みの方に入って行く。


「あ、待てキミー!! 俺も……」


 俺はキミーの後を追おうと立ち上がる。が、キミーは直ぐに戻ってきた。【何か】を抱えて。その【何か】を見て、俺は青ざめる。

 確かに俺は言った。「もし無理そうなら、今夜は野宿になる」そして「その場合は、んだが」と。


 キミーが抱えて戻ってきたのは、真っ白な装束に身を包んだの姿だった。

 俺は己の失言を後悔した。


「キィィイィイイ、ミィィィイィィィィイイイ!?」


 俺は半ば悲鳴気味に叫ぶ。


(お前はよりによって、後者を選択したか……っ!!)


「確かに俺は『食料でも取ってきてくれれば助かる』とは言った! 言ったが! 違う違う! そうじゃ……そうじゃなぁい!! そうじゃないんだよぉぉぉ!!」


 キミーは不思議そうに首を傾げる。と、ポイッと人間であろうその人物を、俺の前に投げた。


「ヒッ!?」


 俺は反射的に、女性のような高い悲鳴を上げた。隣の妹のジト目がめちゃくちゃ痛いが、気にしない。むしろ気にしてなどいられない!


「し、死んでるのか……?」


 混乱した俺を見て何かを悟った妹が、捨てられたその人物の首に手を当てて脈を読む。


「脈はある。死んでないよヒロくん」


 淡々とした妹の言葉と、視線が痛い。俺は一旦深呼吸をする。落ち着け、俺。大丈夫だ、まだ慌てる時じゃない。……多分。


「この人から、何か情報が得られるかもしれない。とりあえず、身ぐるみを剥がしてみよう」

「コラ! 人聞きの悪いことを言うな! って、勝手に探ってやるな!!」


 ガサゴソと妹は、うつ伏せの状態で気絶してる人物の衣服をまさぐり始める。我が妹ながら、なんて恐ろしい子……!!

 そして「えいっ!」と転がす。容赦なさすぎて、俺は多少なりとも引いた。

 そして妹の手が止まり、アワアワと俺の方を見る。


「た、大変だヒロくん……!!」

「どうした、まるで盗賊の様な我が妹よ?」


 妹は声を震わせながら、自ら仰向けに転がした人物に指をさす。コラ、人に指をさすのはいけません。


「盗賊じゃないもん! それより見てよ!! ほらぁ!!」

「うん? ……うわぁ!!」


 俺と妹は口に手を当て、息を飲んだ。


 透き通る程の白く美しい肌。閉ざされた瞼には白く長いまつ毛。そして毛先にかけて淡い藤色へと変化している白く長い髪。

 そこには男とか女とか……。もうどちらなのか分からないほど美しく、神秘的なオーラを発する顔面偏差値の高さ。




 思わず俺たち兄妹、は二人して「「めっちゃ美人……!」」と呟いた。

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