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第2話 〜お兄ちゃんはただのゲーマーのようです〜

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 白を基調とした大きな広間に、一人の青年が立っていた。

 青年は、色とりどりのステンドグラスに照らされた像の前にひざまずき、瞳を閉じて祈りを捧げる。


「……どうか生きとし生けるものに、深い慈悲を。全てのものに、愛をお与えください」


 そう言って、じっと動かなくなる。


 数十分はそうしていただろうか? 青年は何かの気配を感じとり、すっと立ち上がる。


「……どうやら来られたのですね」


 青年は傍に置いていた杖を手に持ち、扉へと向かう。


「皆が救われますよう……」






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 ――――――遡ること約二時間前……。――――――




 俺こと『神崎カンザキ 八尋ヤヒロ』21歳。見た目は普通の日本人故に平凡で、可もなく不可もなく。俺的にはそこらにいるモブとあまり変わらない見た目だが、芸能人などに手厳しい年の離れた妹曰く『中の上』くらいだそうだ。


 そして隣にいるのが『神崎カンザキ 陽菜子ヒナコ』14歳。俺と同じく普通の日本人。前髪が邪魔だと言ってゴムで噴水を作り、腰まである長い髪を結わずに、目の保護のためにブルーライトカットの眼鏡をかけている。まぁちゃんとすれば見た目はそんなに悪くない……と、俺的には思う普通の女子中学生。




 只今その妹と共に、某戦国武将のゲームをして遊んでいた。




 俺も妹も所謂『オタク』という人種で、幸いジャンルの違いや解釈違いによる戦争クリークは起きておらず、互いに互いの好きな分野で大いに人生を謳歌している。


 しかし困ったことに、この妹ことおヒナ様は大の人見知りな上に、幼少の頃のトラウマで人間不信も少々持っており、学校どころかまともに外へ出ようとしない。根っからの引きこもり体質な妹である。




 試しに妹に「たまには外に出たらどうだ?」と尋ねてみたところ、妹は「知ってる? モヤシは日に当たったら、モヤシじゃなくなるんだよ?」などと、謎の迷言をドヤ顔で言うくらいであった。




 まぁ俺も親もかなりの放任主義で、両親に限っては今は出張やら単身赴任やらでほとんど家にいない。妹もテストだけはちゃんと、俺という保護者同伴でなら、物凄ーく渋々だが受けに行っている。ので、とりあえず俺は何も文句は言わずに、こうして共にゲームをしているのだ。


「なぁー、おヒナさんや」

「何ぞや、おヒロさん?」


 俺も妹も画面から目を離さずに、ひたすらボタンを連打をする。


「そろそろイオが、学校終わってくる時間じゃーござぁーせんか?」

「そうですなぁー」

「イオの出した宿題は、終わったんでっせぇ?」

「………………」


 無言で連打し終えて「……っしゃオラ!!」とガッツポーズをしたあたり、終わってないのは目に見えており横目で妹を見た。


「ちゃんとやらないと、イオに怒られるぞー」

「何をおっしゃる、お兄様。イオは優しいから怒らないよぉ〜」


 と言いつつ、そっとコントローラーを置いて立ったと思ったら、数枚の用紙を持ってきて無言でカリカリと問題を解き始めた。


「……兄上様、こちらの問題が分からぬのだが?」

「すまぬな妹よ。兄もその分野は分からぬのだ」


 俺はソロプレイに切り替えて、無慈悲にそう答えた。


「わー! イオの怒った顔が目に浮かぶー!」


 妹はジタバタと手足をばたつかせ、救いを求めて俺の上着の裾を掴む。


「なら学校行くか?」

「……にぃーはケチだぁー……」


 妹はうつ伏せのままプクーと頬を膨らませながら、そのまま用紙を机の上から引きずりおろして、フローリングの床で解ける問題だけを解いていく。

 俺は隣で「ガンバレ、ガンバレー」と、時折棒読みで応援してやってると、『ピンポーン』とチャイムが鳴る音が聞こえてきた。

 妹はビクッとして持っていたペンを落とさんばかりに固まると、聞き慣れた声が「こんにちはー」と玄関先から聞こえる。


「……ふっふっふっ、どうやら腹を括る時が来たようでござるよ。兄上様」


 額に手を当て、謎に格好つけて俺をチラリと見る。


「そうだな。とりあえず兄はとてもゲームで忙しいので、さっさとイオを入れてやれ」


 妹は見るからに落ち込みながらトボトボと玄関へ行き、扉が開く音がした。と、思った瞬間にダッシュで俺の元に戻って来たと思えば、そのまま盾にされる。

 その妹の後を反射的に追ってきたのであろう少年は、俺の後ろに隠れる妹を見つけてため息をついた。


「はぁ……どうせまた、私の出した宿題を終わらせてないのでしょ?」


 妹は俺の肩越しからヒョイっと顔を出すと、「もちのろんでやんす!!」と清々しい笑顔で親指をぐっと立てた。


 少年は「開き直らないでください!!」と怒ると、半ば呆れながら「どこが分からなかったんですか?」と苦笑いしながら妹を手招きした。


 少年は問題用紙を見ながら「いつもの所ですね。ここは難しいですから、諦めずに根気よくやりましょう」と妹を諭すように解説を始める。




 少年の名は『和泉イズミ 伊織イオリ』16歳。通称、イオ。容姿端麗、成績優秀な上に文武両道という。俺と妹の、自慢の幼なじみだ。

 悲しいことに実の兄貴である俺よりも頭が良いので、この引きこもりな妹の家庭教師をやってもらってる。




 タダで、という訳にもいかないので。報酬に共働きの伊織の両親に変わり、伊織への夕飯と……。


「イオ〜、難しくて分かんないよぉ〜」

「頑張ってください。そう言いながら、前も出来たじゃないですか。分かるようになったら今度、美味しいケーキを買ってきてあげますから」

「ケーキ!?」


 妹は目を輝かしながら一生懸命問題を解く。それを伊織はクスッと笑いながら、目を細めて妹を見る。


(……まぁ、イオの1はそっちだわな)


 俺は何も気付かないふりをしつつ、ゲームに勤しんでいると、再びチャイムが鳴る音がする。

 妹は伊織に勉強を教えて貰ってるので、俺は一旦プレイを辞めて玄関へと向かう。


「はーい」

「すみません、お届けものです」


 ドアを開くと、そこには黒い箱を持った小さな女の子がいた。

 背丈からして妹よりもやや年下くらいの女の子は、黒いフードを深く被っており、顔が見えない。


「あの、どちら様で……」

「見つけました、!」

「……は?」


 少女の突然の単語に、思わず間抜けながらも本音が出る。


(何言ってるんだろうか、この子は……。拗らせちゃん? もしくは、新手の詐欺か何かか?)


 とりあえず不審に思った俺は「ウチ、そういう系の血筋じゃないんで……」と、何事も無かったかのようにドアを閉めようとした。が、咄嗟にねじ込まれた片足と片手でドアを『グググッ!』とこじ開けられる。


「お待ちください、勇者様。どうかお話を……」

「いやいやいや! 俺、勇者じゃないんで!」


(……っていうか、この子力強っ! 成人の俺と同格って!?)


 パッと見た目は、平均的な女子中学生より小柄なウチの妹よりも、さらに小柄なのに、どうしてだか力で勝てない。




 そして何故か俺と女の子の、ドアの開閉の攻防戦が始まる。




「では! こちらの箱だけでも、お受け取りください!」

「そんな見るからに怪しい子からの箱は、受け取れないから! ウチ、そういう所は、本当に、凄ーく厳しいんで! 断固として、受け取りを拒否する!!」

「……っ、仕方ないですね……!」


 女の子がパチンと指を鳴らすと、後ろから『ゴトン』と何かが置かれる音がした。

 振り返ると、そこには先程まで女の子が持っていた黒い箱が、廊下に置かれている。

 女の子の方を振り返れば、いつの間にか手足は外されており、抵抗するものを失った為にドアが閉まる。俺は勢いで尻もちをついたが、すぐに立ち上がり慌ててドアを開ける。女の子は既に家の敷地を出ていく所であり、少し離れた場所にもう一人、白いフードを深く被った女の子がポツンと立っている。俺は反射的に問いかける。


「お前ら一体、何者なんだよ!?」


 俺の問いに、もう一人の女の子は振り向き、静かに口を開く。


「アナタ方に、救ってもらいたいの。私達の世界を。そして……」


 最後の言葉は、突然の突風により聞き取れなかった。

 しかしその風の影響で脱げたフードから、美しい白髪が風になびき、一瞬見えた女の子の顔はどこか見覚えのある、切なげな顔をしていた。

 瞬きした時には既に少女達の影はなく、玄関の廊下に置かれた箱だけが現実だったのだと知らしめられる。


 俺は不審に思いながらも、何故か女の子の言葉が離れられず、黒い箱に手を取る。




(あの子は、何故あんなにも悲しそうだったのだろうか……?)




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 ……と、さっきの出来事を妹と伊織に話したら、二人は互いに顔を見合せた末に俺の方を見て、悲しいものを……いや、正確には、残念なものを見るような目で見てきた。


「ヒロくん……。とうとうそこまで患ってしまったんだね……!」

「ヤヒロさん……。きっと疲れているのですよ。お仕事上手くいっていますか? 今度良い病院を調べて、紹介しましょうか?」


 伊織は素で心配してるが、妹は手で口元を隠して必死に笑いを堪えている。おい、笑ってんじゃねーよ、そこの妹!


「お前らなぁ……。俺を一体、なんだと思ってるんだ!?」

「ゲーマー。拗らせ。厨二。乙」

「一般の方より、ゲームなどが好き……。という所でしょうか?」


(くっ……言い返せないのが悔しい!!)


 俺は内心で拳を握りしめて、唇をかみ締めた。


 そんな心情を知ってか知らずか、妹は女の子が置いてった黒い箱に手を伸ばす。


「でもこれ、一体なんだろうねー?」

「まぁヤヒロさんの話が真実かどうかはともかく、これは確かに怪しいですね」

「待てイオ、お前だけは信じてくれると思ったんだが?」


 俺の話などそっちのけで、二人は黒い箱をまじまじと見る。伊織は不審がりながらも、慎重に箱に耳を当てて静かに音を聞く。


「爆弾……、とかではなさそうですね」

「じゃあ玉手箱、とかかな?」

「それもそれで嫌ですね……」

「人の話聞けよ!!」


 俺のツッコミなど完全に無視して、二人はさらに話を進める。


「ヒナはまだお婆ちゃんになりたくない! から、ヒロくん開けてよ〜」

「ここは年長者のヤヒロさん、どうかお願いします」


 二人はそう言って無慈悲に箱を押しつけると、少し離れたソファーの後ろに隠れる。


「お前ら、俺の扱い雑くない!? 酷くない!? 俺泣くぞ!?」


 俺は冷や汗を必死に隠しながら、ゴクリと喉を鳴らし箱に手を伸ばす。


(あーもう! こうなったら爺にでも何にでも、なってやる! もちろん、あの二人を巻き添えにしてな!!)


 腹を括って、俺は勢いよく箱を開ける。




 そこには一通の手紙と、ゲームソフトが入っていた。

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