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白を基調とした大きな広間に、一人の青年が立っていた。
青年は、色とりどりのステンドグラスに照らされた像の前に
「……どうか生きとし生けるものに、深い慈悲を。全てのものに、愛をお与えください」
そう言って、じっと動かなくなる。
数十分はそうしていただろうか? 青年は何かの気配を感じとり、すっと立ち上がる。
「……どうやら来られたのですね」
青年は傍に置いていた杖を手に持ち、扉へと向かう。
「皆が救われますよう……」
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――――――遡ること約二時間前……。――――――
俺こと『
そして隣にいるのが『
只今その妹と共に、某戦国武将のゲームをして遊んでいた。
俺も妹も所謂『オタク』という人種で、幸いジャンルの違いや解釈違いによる
しかし困ったことに、この妹ことおヒナ様は大の人見知りな上に、幼少の頃のトラウマで人間不信も少々持っており、学校どころかまともに外へ出ようとしない。根っからの引きこもり体質な妹である。
試しに妹に「たまには外に出たらどうだ?」と尋ねてみたところ、妹は「知ってる? モヤシは日に当たったら、モヤシじゃなくなるんだよ?」などと、謎の迷言をドヤ顔で言うくらいであった。
まぁ俺も親もかなりの放任主義で、両親に限っては今は出張やら単身赴任やらでほとんど家にいない。妹もテストだけはちゃんと、俺という保護者同伴でなら、物凄ーく渋々だが受けに行っている。ので、とりあえず俺は何も文句は言わずに、こうして共にゲームをしているのだ。
「なぁー、おヒナさんや」
「何ぞや、おヒロさん?」
俺も妹も画面から目を離さずに、ひたすらボタンを連打をする。
「そろそろイオが、学校終わってくる時間じゃーござぁーせんか?」
「そうですなぁー」
「イオの出した宿題は、終わったんでっせぇ?」
「………………」
無言で連打し終えて「……っしゃオラ!!」とガッツポーズをしたあたり、終わってないのは目に見えており横目で妹を見た。
「ちゃんとやらないと、イオに怒られるぞー」
「何をおっしゃる、お兄様。イオは優しいから怒らないよぉ〜」
と言いつつ、そっとコントローラーを置いて立ったと思ったら、数枚の用紙を持ってきて無言でカリカリと問題を解き始めた。
「……兄上様、こちらの問題が分からぬのだが?」
「すまぬな妹よ。兄もその分野は分からぬのだ」
俺はソロプレイに切り替えて、無慈悲にそう答えた。
「わー! イオの怒った顔が目に浮かぶー!」
妹はジタバタと手足をばたつかせ、救いを求めて俺の上着の裾を掴む。
「なら学校行くか?」
「……にぃーはケチだぁー……」
妹はうつ伏せのままプクーと頬を膨らませながら、そのまま用紙を机の上から引きずりおろして、フローリングの床で解ける問題だけを解いていく。
俺は隣で「ガンバレ、ガンバレー」と、時折棒読みで応援してやってると、『ピンポーン』とチャイムが鳴る音が聞こえてきた。
妹はビクッとして持っていたペンを落とさんばかりに固まると、聞き慣れた声が「こんにちはー」と玄関先から聞こえる。
「……ふっふっふっ、どうやら腹を括る時が来たようでござるよ。兄上様」
額に手を当て、謎に格好つけて俺をチラリと見る。
「そうだな。とりあえず兄はとてもゲームで忙しいので、さっさとイオを入れてやれ」
妹は見るからに落ち込みながらトボトボと玄関へ行き、扉が開く音がした。と、思った瞬間にダッシュで俺の元に戻って来たと思えば、そのまま盾にされる。
その妹の後を反射的に追ってきたのであろう少年は、俺の後ろに隠れる妹を見つけてため息をついた。
「はぁ……どうせまた、私の出した宿題を終わらせてないのでしょ?」
妹は俺の肩越しからヒョイっと顔を出すと、「もちのろんでやんす!!」と清々しい笑顔で親指をぐっと立てた。
少年は「開き直らないでください!!」と怒ると、半ば呆れながら「どこが分からなかったんですか?」と苦笑いしながら妹を手招きした。
少年は問題用紙を見ながら「いつもの所ですね。ここは難しいですから、諦めずに根気よくやりましょう」と妹を諭すように解説を始める。
少年の名は『
悲しいことに実の兄貴である俺よりも頭が良いので、この引きこもりな妹の家庭教師をやってもらってる。
タダで、という訳にもいかないので。報酬に共働きの伊織の両親に変わり、伊織への夕飯と……。
「イオ〜、難しくて分かんないよぉ〜」
「頑張ってください。そう言いながら、前も出来たじゃないですか。分かるようになったら今度、美味しいケーキを買ってきてあげますから」
「ケーキ!?」
妹は目を輝かしながら一生懸命問題を解く。それを伊織はクスッと笑いながら、目を細めて妹を見る。
(……まぁ、イオの
俺は何も気付かないふりをしつつ、ゲームに勤しんでいると、再びチャイムが鳴る音がする。
妹は伊織に勉強を教えて貰ってるので、俺は一旦プレイを辞めて玄関へと向かう。
「はーい」
「すみません、お届けものです」
ドアを開くと、そこには黒い箱を持った小さな女の子がいた。
背丈からして妹よりもやや年下くらいの女の子は、黒いフードを深く被っており、顔が見えない。
「あの、どちら様で……」
「見つけました、
「……は?」
少女の突然の単語に、思わず間抜けながらも本音が出る。
(何言ってるんだろうか、この子は……。拗らせちゃん? もしくは、新手の詐欺か何かか?)
とりあえず不審に思った俺は「ウチ、そういう系の血筋じゃないんで……」と、何事も無かったかのようにドアを閉めようとした。が、咄嗟にねじ込まれた片足と片手でドアを『グググッ!』とこじ開けられる。
「お待ちください、勇者様。どうかお話を……」
「いやいやいや! 俺、勇者じゃないんで!」
(……っていうか、この子力強っ! 成人の俺と同格って!?)
パッと見た目は、平均的な女子中学生より小柄なウチの妹よりも、さらに小柄なのに、どうしてだか力で勝てない。
そして何故か俺と女の子の、ドアの開閉の攻防戦が始まる。
「では! こちらの箱だけでも、お受け取りください!」
「そんな見るからに怪しい子からの箱は、受け取れないから! ウチ、そういう所は、本当に、凄ーく厳しいんで! 断固として、受け取りを拒否する!!」
「……っ、仕方ないですね……!」
女の子がパチンと指を鳴らすと、後ろから『ゴトン』と何かが置かれる音がした。
振り返ると、そこには先程まで女の子が持っていた黒い箱が、廊下に置かれている。
女の子の方を振り返れば、いつの間にか手足は外されており、抵抗するものを失った為にドアが閉まる。俺は勢いで尻もちをついたが、すぐに立ち上がり慌ててドアを開ける。女の子は既に家の敷地を出ていく所であり、少し離れた場所にもう一人、白いフードを深く被った女の子がポツンと立っている。俺は反射的に問いかける。
「お前ら一体、何者なんだよ!?」
俺の問いに、もう一人の女の子は振り向き、静かに口を開く。
「アナタ方に、救ってもらいたいの。私達の世界を。そして……」
最後の言葉は、突然の突風により聞き取れなかった。
しかしその風の影響で脱げたフードから、美しい白髪が風になびき、一瞬見えた女の子の顔はどこか見覚えのある、切なげな顔をしていた。
瞬きした時には既に少女達の影はなく、玄関の廊下に置かれた箱だけが現実だったのだと知らしめられる。
俺は不審に思いながらも、何故か女の子の言葉が離れられず、黒い箱に手を取る。
(あの子は、何故あんなにも悲しそうだったのだろうか……?)
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……と、さっきの出来事を妹と伊織に話したら、二人は互いに顔を見合せた末に俺の方を見て、悲しいものを……いや、正確には、残念なものを見るような目で見てきた。
「ヒロくん……。とうとうそこまで患ってしまったんだね……!」
「ヤヒロさん……。きっと疲れているのですよ。お仕事上手くいっていますか? 今度良い病院を調べて、紹介しましょうか?」
伊織は素で心配してるが、妹は手で口元を隠して必死に笑いを堪えている。おい、笑ってんじゃねーよ、そこの妹!
「お前らなぁ……。俺を一体、なんだと思ってるんだ!?」
「ゲーマー。拗らせ。厨二。乙」
「一般の方より、ゲームなどが好き……。という所でしょうか?」
(くっ……言い返せないのが悔しい!!)
俺は内心で拳を握りしめて、唇をかみ締めた。
そんな心情を知ってか知らずか、妹は女の子が置いてった黒い箱に手を伸ばす。
「でもこれ、一体なんだろうねー?」
「まぁヤヒロさんの話が真実かどうかはともかく、これは確かに怪しいですね」
「待てイオ、お前だけは信じてくれると思ったんだが?」
俺の話などそっちのけで、二人は黒い箱をまじまじと見る。伊織は不審がりながらも、慎重に箱に耳を当てて静かに音を聞く。
「爆弾……、とかではなさそうですね」
「じゃあ玉手箱、とかかな?」
「それもそれで嫌ですね……」
「人の話聞けよ!!」
俺のツッコミなど完全に無視して、二人はさらに話を進める。
「ヒナはまだお婆ちゃんになりたくない! から、ヒロくん開けてよ〜」
「ここは年長者のヤヒロさん、どうかお願いします」
二人はそう言って無慈悲に箱を押しつけると、少し離れたソファーの後ろに隠れる。
「お前ら、俺の扱い雑くない!? 酷くない!? 俺泣くぞ!?」
俺は冷や汗を必死に隠しながら、ゴクリと喉を鳴らし箱に手を伸ばす。
(あーもう! こうなったら爺にでも何にでも、なってやる! もちろん、あの二人を巻き添えにしてな!!)
腹を括って、俺は勢いよく箱を開ける。
そこには一通の手紙と、ゲームソフトが入っていた。