*****
ゲッツ・フォン・ニューネベルク。
以前、確かそんなふうに名乗ってくれた、中年だろうが容赦のない美男がそこにいる。この街に来て二軒目の宿の一室である。迎え入れてやった。会いたいと言われ、断る理由は見当たらなかった。ゲッツは警察官だとの話だったが、詳しいところを訊いてみると、やはり殺し「も」生業としているとのこと。なるほど。今の警察はそこまで腐っていて危なっかしいのかと思わされた次第だが、御上だからこそやらなければならない必然だってあるだろう。
今夜はワインだ、赤。
若い葡萄はいささか酸っぱい。
「まずは乾杯だ」
デモンが音頭をとる格好で、柔らかにグラスをぶつけ合った。
「あなたのおかげでシマザキ・ファミリーは虫の息だ。この街で長らく、裏の世界の実権を握っていたというのに」
デモンは口を真一文字に結び、皮肉るように眉を寄せた。
「だったらおまえはどうしたいのかね、ゲッツ・フォン」
「このまま静かに街を後にしてくれるというのであれば干渉しない。――が」
「いい勘だ、ミスター。素直に出ていくつもりはないから、どうか干渉してもらえないかね?」デモンは笑った。「ぶち殺し合おうじゃないか」
途端のことだった。
宿の天井が崩落した。
自らを中心に据えた半球のバリアをはり、デモンは瓦礫を遮った。
月夜の空を見上げる。
――ゲッツの奴が降ってきたのだった、大げさなまでに大きな両手剣を振り下ろしてくる。
デモンは素早く抜刀し、当然、難なく受けた。
刃物同士がぶつかるギィンという鈍くも鋭き甲高い音。
ゲッツは剣をを捨てると、今度は小さなナイフを右手に持った。それを逆手に握り、またもや迫りくる。いちいちすばしっこい動きだ。刀で受けるには得物が小さすぎる。面倒ではあるがひらひら避けることを良しとする。そのうち、互いに距離をとった。
「ゲッツ・フォン、始終武器を握るのは良くないんだよ。なぜだかわかるか?」
「一度、殺しを仕事と定めた者は、多くは語らないものだ」
「一度刃物を握ったら、その刃物を使うしかないんだよ」
だからデモンはゲッツの右手だけに気を配り、宙にあって向かい合っていたわけだが、彼の両の脚をそれぞれ薙いだ。両腕も斬り、四肢を落とした。わけなどなかった。
ゲッツの身体が落下してゆく。
驚くべきはそれからだった。
ゲッツはきちんと着地した。
黄金の四肢を魔法で生成したのだ。
にぃと見上げ再び突っかかってくる、今度は適度なサイズの魔法の剣を右手に――。
迎撃すべく渦巻く炎を放つ、火を浴びせようとする、かわされる、やる。こいつは大したものだ、ゲッツ・フォン・ニューネベルク。やむなく剣を刀で受けた。銀色に輝く剣を、だ。ゴリゴリの鍔迫り合い。程良い感じの命の危機。なんともいい具合の感覚ではないか。ゾクゾクする。
「致命的な欠損すら問題としない、か。痛みはあろうに、その信念はどこからくる? まさか警察組織ごときに身を捧げたわけでもあるまい?」
「あなたは俺の獲物だ。付き合ってもらうよ」
つくづく話のわからない奴らしい。
やがて、その剣先がデモンの喉元を捕捉した。まっすぐに突き出された一撃を刀で受け流すと、愉快さに「ははっ」と声を飛ばしながら袈裟懸けを試みた。空振り、かわされる。ちょっと面白い。魔法の四肢はいつまでもつのか、見物だ。
刀を振るう、刀で受ける。
強い。何かを間違えれば敗北するかもしれない。裏を返せば、ミスを犯さなければ勝てる相手だということだ。往々にしてそういうものである。ゲッツ何某がどれほどの人物であったところで、彼が遠く及ばない存在というのは、確かにある。
デモンもゲッツも着地した。
金色に輝く両腕両脚を駆使して、ゲッツが地を蹴り、瞬く間に突っ込んできた。現状、負けてやる理由が見当たらないので居合でもってサッと首を刎ねた。頭部すら捻りだすようならそれはそれで楽しかったのだが、魔法を使うには脳の指示が必要らしい。ゲッツは勢いよく前のめりに倒れると、二度と起き上がってこなかった。
*****
街を出る折、刑事のおっさんに見送られた。多少、話もした。「デモン・イーブル。あんたがほんとうにそういう名前のくだんの女なら、世界から追われかねないとでも、申し上げておこうかね」などと怖いことを忠告された。「あちこちでお偉方を
「身に覚えはある。総じて言えることだが、わたしの機嫌を損ねてくれたことが最たる要因だ」
「えらい賞金もかけられている」
「それくらいじゃないと、人生、楽しめはせんだろう?」
「そんなふうに考えるのは、あんたくらいのものなんだろうな」
「捕まえてみたらどうだ? それこそ、賞金目当てに」
「年寄りの刑事ってのは、保身にだけは長けてるんだよ」
賢明な判断だと、デモンは「くはは」と笑った。
「次はどちらへ? ミス・イーブル」
「さあな。人殺しを愉快とできる土地であれば幸いだ」
「そんな場所、ないほうがいいに決まってる」
「一般論はつまらんよ」
左の肩にオミのことを乗せ、デモンは悠然と身を翻した。
テキトーに歩いてテキトーなところで、また馬車を拾うだけだ。