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まるで鉄の雨でも降ってきそうな重苦しい曇天。今しばらくとどまることを決めたデモンは、何か面白いことに出くわさないかとの思いで街を歩いていた、左の肩にオミを乗せて。オミの奴が「何も起きないね」と言った。「ああ、そうだな」とデモンはテキトーな受け答え。
「この街、あるいはこの国で一番力のある暴力団の幹部を三人も殺したわけだよね?」
「そうらしいが、そう大げさな話でもないさ」
「次は誰が出張ってくるんだろう」
「決まっている。若頭本人だ」
「それって偉いのかい? 怖いのかい?」
おやおやおや。
聡明なおまえが知らんのかね?
デモンはそう言って、からかってやった。
「偉くて怖いんだね?」特段、オミは気分を害したわけでもないようだ。「そこそこ強いのかな?」
「そう願いたいところだ。どうせなら面白い相手と遊びたい」
「負けちゃったりして」
「そうなったら、おまえは困るだろう?」
「うん、困る」オミが「カァ」と鳴いた。「だから、勝ってほしいんだ」
「必然、結果はそうなるというだけだ」
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五十程度だろう、白髪交じりながらも豊かな毛量を誇るがっちりとした身体つきの男に街中にて捕捉された。「探したよ」と述べたくらいだから、まさに探していたのだろう。万人にはない剣呑な空気をまとっていることから、「ああ、こいつはこいつで強いんだろうな」と思わされた。「こいつがくだんの若頭なのだろう」とまで直感させてくれた。そのへん、きちんと問うと、「そのとおりだよ」と返ってきた。補佐どもの上役であり、組長殿の側近も側近なのだ。数ある兵隊を前に立て、自身は幾分後方に引くあたりがなんとも賢い。
「おまえ、名は?」とデモンは訊ねた。
「ジェラルドだ、ジェラルド・ハン」との返答があった。
どう料理してやろうかと考えてからまもなく、デモンはぴょーんと高く飛び上がった。大笑いしながら、渦巻く炎を兵隊どもにはなってやった。するとあっという間に燃え尽き、やがては人肉が焼ける特有の香ばしい匂いがあたりを包んだ。特に見物客がいないことを確認――。巻き込むニンゲンが見当たらない以上、心優しいデモン・イーブルは好きなように暴れられると思ったとか思わなかったとか。
地を蹴り、さらには宙を蹴り、ジェラルドが迫ってきた。両手に握ったのは魔法で生成した剣だ。銀の光をまとうそれらを振りかぶり、振り下ろした。重い一撃っぽいからかわした。すぐさま追撃。ぶんぶん振るいまくる。乱暴かつしっちゃかめっちゃかに見えなくもないのだが、そのじつ、その動きは理にかなっていて、だからよけるにしたってギリギリになる。こういう出会いがあるから、愉悦が得られる。生きることをやめられない。
デモンはゆっくりと刀を抜いた。ちゃんと相手をしてやろうと考えた。またもや両の剣を振りかぶり、上空から一本調子に斬りかかってきたジェラルド。デモンはその場から飛びのくことで斬撃をかわし、なおも後方に退きつつ、斬撃の魔法をはなった。不可視のそれが、ジェラルドには見えているらしい。剣で防いでみせた。やるなぁと思ってテンションが上がる。
鍔迫り合いの中――。
「ジェラルド、おまえを降せば、わたしの勝ちなんだな?」
「ああ。命を投げ出すつもりはないが、俺が死んでも手を出すなと、親父には言ってある」
「潔いな、惚れ惚れする。――が、わたしには勝てんぞ」
「言ってろ」
ジェラルドに頭を取られた。隕石みたいなつぶてが降り注ぐ。すべて魔法のバリアでシャットアウト――青空目掛けて蹴った、地を。ジェラルドに迫る。渦巻く炎に尖った氷を両手からそれぞれはなってきた。相反する属性を同時に使えるあたり、力量が窺える。それでも負けてやらないんだがな――そんな思いとともに、いよいよ斬りかかる。かろうじてといった感じで受けられたが、もう飽きたので、ソッコーで呆気なく、力任せに唐竹にしてやった。頭のてっぺんから股間まで真っ二つにした。なんだかんだ言っても、弱くもなかったが強くもなかった――となる。いい酒を飲み、イイ女を抱く。そのへんをステータスとする阿呆どもは阿呆でしかないのだ。取るに足らないとも言う。残念だよ、ジェラルド、どれだけの地位にあろうと、負けるときは負けるんだ、おまえのように、な。