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21-4.

*****


 どこで嗅ぎつけたのはわからないが、どんなふうに嗅ぎつけられたとしても驚かない。デモン・イーブルは公王ガレス・ピンガーに呼び出され、やむなく――でもない、少々の危険性をひしひしと感じていたものだから、むしろそれなりに気分良く先方を訪ね、謁見を果たし――。


 王の間。

 高いところにおわす公王を見上げながら。


「殺したな? おまえは。わしの娘を、シーマ・ピンガーを」

「はて、覚えがないな」

「嘘をつけ」

「ああ、嘘だ。殺したよ。牙を剥いてこられたのでな」

「わしが愛を注ぐにふさわしい唯一のニンゲンだった。それを、おまえは――」

「じつの娘とのあいだに肉体関係でもあったのかね?」デモンは嘲笑する。「そのへん、正直にお答えいただきたいな」


 公王ガレスは無言で右手を向けてきた。

 死ねと静かに言うと、渦巻く炎を放ってみせた。


 ダルいな。

 ほんとうにかったるい。

 抜刀すると、炎を横に、真っ二つに裂いた、デモン。


「どうしてもやるのかね、ガレス公王」

「わしを打ち滅ぼしてみせろ。どの道、おまえに待っているのは地獄と死だ」

「それが運命だとしても、くぐりぬけてみせよう」


 デモンは納刀し、開いた両手をそれぞれ前に向けると、公王の左右にて身構えている衛兵二人を一息に燃した。炎を上げる二つの死体からは腐臭ながらも香ばしい匂いが漂ってくる。後方の、両開きの大きな戸が開いた気配。もたもたしていては面倒なことになる――と考え、デモンはガッと著しい勢いで地面を蹴ると、瞬く間に公王の眼前に迫った。顔面に顔面をぐいと近づけ、それから皮肉るように顔を歪めてみせてやった。公王はかっと目を見開き、そんな表情のまま、デモンによって唐竹にされた。その場から突破する折にももちろん、たくさん殺した。逃がすわけにはいかないというのはわかるが、突っかかってくるほうが悪い――そういうものだ。


 存分に斬り伏せたところで、「おや?」と右の頬の返り血に気がついた。右手で拭って、嗅ぐと、錆びきった鉄のような匂いがした。


 城から出たところで、ばっさばっさと下りてきたオミが今日もデモンの左肩に乗った。


「やだなあ。血まみれなのに、デモン、きみは笑っているよ?」

「王を手にかけた。愉快に決まっているだろう?」

「殺したの?」

「そう言った」

「へぇぇ」感心したように、オミ。「この国、じつは小さくはないんだよ? だからぼくとしては、とても鼻が高いなぁ」

「なによりだ」

「もはや言わずもがな、でしょ?」


 それはまあ、そのとおりだ。


「今しばらくはとどまるぞ。こぞって殺しにきていただけると幸いだからな」

「賢明なニンゲンなら、立ち去るまで静観すべきだよね。きみは災害みたいなものなんだから」

「ああ、そうだ。わたしは世界に災いをもたらす大悪党だ」


 機嫌良さげに、オミは「カァカァ」鳴いた。



*****


 宿への帰り道をゆったりと進んでいたところ、不思議と人気ひとけが失せている往来にて、知った顔と出くわした。奴さんら、いずれもぱっと見はただの歩兵。しかし、その二人は二人とも、只者ではない雰囲気を醸し出していて。ニコだったか、茶色のオールバックに琥珀色の瞳のすらりとした美女はシーマの最側近だ。もう一人は銀髪にグレーの瞳、大柄な、たしか彼の名は……そうだ、ホープだ。両者とも鎧はまとっておらず、軽装だ。ニコは敵対心もあらわで、ホープはどことなく悲しそうな顔をしているように映る。


「探しました、デモン・イーブル」相当憎たらしいのだろう、ニコの顔は引きつらんばかりに歪んでいる。「よくも王を、そして我が主を……っ」

「どちらもわたしを殺すつもりだったんだよ。身を守るうえでやむなしだった。正当防衛というやつだ。ご納得いただけんかね? にしても、耳が早いことだ。感心させられる」

「黙れっ!」

「声を荒らげるなよ。気持ちはわかるが、どちらに非があるかは明らかだと言っている」


 ホープ、おまえならわかるだろう? そう問いかけたところで、当人は苦々しい表情を浮かべることしかせず――。ホープは「残念です」と言い、「ほんとうに、残念です」と続け。もはや、デモンは大声を上げて笑うしかなかった。「何について排他的で、何を信奉していたのかは知らんが、事実は事実、結論は結論だ」と言い切るかたちで言い放った。


 思いきりが良くていい。ホープが駆け、突進してきた。振りかぶり、振り下ろされた剣を刀で受ける。腕力に自信があるのだろう、だから真っ向から遮られたことについて驚くのだ。続いて、ニコがデモンの首を狙って薙ぐように一閃――デモンは今度は左手で止めた。刃の行く手を素手で阻まれたのだ。ニコはニコでびっくりしたようだった。種明かしをすると、左手を硬化させたというだけのこと。使い手によっては、魔法は万能の産物と化す。


 ニコとホープははじかれたように後方へと退いた。


 魔王のように高らかに笑う、デモン。彼女が伸ばした左手の先の宙には途端、「入れ物」が用意される。それなりに大切な物を収納している、魔法が成す倉庫だ。ご自慢の一振り、「グラン」をぬるりと取り出す。倉庫は消え、二刀。空ではオミの奴が旋回しながらのんきにカァカァ鳴いている。



*****


 グランを倉庫におさめ、宿への道を進む。スキップでもしてやろうかと考えたがやめておく。キャラではないからだ。とはいえ、それくらい気分は良いと言える。強靭そうなニコをじょじょになますぎりにしてやることで泣かしてやるのが楽しくてしょうがなかった。息絶える寸前、弱々しく「助けて……」と呟いたことは忘れない。一生、忘れやしないだろう。


 後方に気配。咄嗟のタイミングで顔を左に倒した。右の首筋を鋭い何かがかすめた、すぐさま振り返る。百メートルはあるだろう、向こうに一人、立っていた。離れていても綺麗な青髪に碧眼であることがわかる。はて、誰だったかなと脳をぎゅっと絞り、残りカスのような中身から答えを見つけようとする。あまり得意な行為ではないので時間を要した。あれは居酒屋「ハザマ」の看板娘、グロリアではないか。


 グロリアが近づいてくる。

 デモンのほうからも近づいた。

 両者の距離は二十メートルほどにまで縮まった。


「魔法の矢か。鋭かった。いい一撃だった。人は見かけによらんものだな」と、デモンは唸った。「で、誰の差し金かね?」

「国家そのものですよ」歌うように、軽やかに言ったグロリア。「次の王はすぐに据えればいいですし、シーマ様の代わりだってすぐに見つかります。でも、あなたを逃がすわけにはいかない。これってメンツの問題です」


 デモンは喉を鳴らすようにしてくつくつ笑う。「メンツでメシが食えるわけでもないだろう?」と嘲ってやった。


「でも、そうすることが、そうあることが、組織の殺し屋である私の役割なんです」


 真剣な目、眼差し。

 グロリアはぐっと腰を下ろして、今にも飛びかからんという構え。


 強いな。

 たぶん、この国におけるトップランカーだろう。


 とはいえ、さて、受けて立つのは簡単だが――。


 デモンは全身を楽にし、どろりと脱力し、それから力強く石畳の地面を蹴った。愉悦を得、ゆえに笑いながら襲いかかる。相手に接近するまでに要した時間は一秒弱。抜刀。しかし、首を刎ねるには至らなかった。グロリアは素早く退いてみせたのだ。あっという間にぴょんぴょん後方に下がりつつ、鉄砲のかたちにした両手からそれぞれ淡い黄色味を帯びた魔法の弾丸を放ってくる。じゅうぶんに距離をとったところで、今度は思いきりよく右手で光の槍を投擲した。その槍は凄まじいスピード。ゴッっと鈍い風切り音を立てて迫ってきたかと思うと、次の瞬間には眼前にあった。刀で受ける。踏ん張ろうにも威力がありすぎて、押し込まれた。ずずずずずと引き下がることを余儀なくされた。弾丸の追撃。槍を受け流し、細かいそれらも一息に弾き飛ばす。最後の一発を防いだところで、立てた左手の人差し指と中指を向けた。魔法による斬撃を飛ばしたわけだが、宙を切り裂いただけだった。不可視なのに見えているように動いてみせた。やるなぁと思う。どうやら接近戦で仕留めるしかないらしい。飛び道具ばかりを駆使するグロリアがどう対処するのか見物だ。


 ――と、グロリアは両手に光の剣を握り、突っ込んできた。背を逸らしつつぴょーんと飛び上がると「よいしょーっ!!」の掛け声とともに、ニ本とも振り下ろしてきた。流れるような滑らかさで、デモンは右方によけた。光の剣が地面を砕く。石畳が抉られ、大粒の石が飛び散った。腕力も異常、上等、強い。となれば、さて、どうしたものか……。次の手を考えながら空に逃げる。てっきり追ってくるものと思ったのだが――。グロリアは両手を順番に使って槍をじゃんじゃん投げてくる。だいぶん距離があるのでかわすのは簡単だった。


 グロリアは大きな声で言った。「速やかに下りてきてくださーい!」と。奴さん、どうやら宙を舞うことはできないらしい。であれば勝ち筋は見えた。飛び道具でテキトーに削ってやればいい。さすればそのうち動けなくなるだろう。


 武骨な感のあるねずみ色の兵隊さんたちが駆けてくるのが見えた。そのうち来るだろうとは考えていたが。派手にやってるつもりはないのだが、嗅ぎつけられたのであればやむを得ない。実行に移し、その軽薄さに罰を与えるとしよう。高度を上げ、地面と正対、地と向き合い、両手を前に向ける。金色に光る極薄の「板」を広範囲にわたって展開した。これから何が起きるか察知したらしいグロリアが、「馬鹿っ! 来るなーっ! 来ないでくださいぃぃっ!!」と、言ってみれば同僚――に対して大きな声を発した。やめてやろうかとも考えた。だけどやめてやらないことにした。大粒の光の矢、その雨を、対象区域へと大量に落下させる。一気にたくさんが死んだ。民間人も交じっていたかも――愚か者めが。考えなしに突っ込んでくるから、こういう目に遭う。一定の時間、攻撃し、向かい合った折には、グロリアだってもはや力を削がれたに違いなかった。自らをも仲間をもハンパにかばったものだからこその中途半端な結果だ。虫の息――上半身と下半身とが切り離されんとした状態にあり――。地面に下り立つと、デモンは醜い「断片」を見下ろした。グロリアは「悔しい悔しい」などと泣き声を上げたりはしなかった。


「残念だよ、グロリア。腹すらなく切り裂かれた今の状態では、そう遠くない未来におまえは死んでしまうぞ」

「いいですよ、デモンさん。あなたは笑っていればいいんです」

「最期の瞬間まで突っかかるか」


 それはそれでしょうもないなと思った。

 もういい、この街に国に、もはや用はない。

 つまるところ、予定調和の帰結でしかなかった。

 次の行き先ではもっともっとエキサイティングな事象に巡り合いたいものである。


 そんなふうに断じながら、身を翻し、行くべき道を進むわけだ。


 次の刹那のことだった。

 右の腹部を熱い感覚が走った。


 なんだ?


 デモンは右の脇腹に手をやる。

 黒いワイシャツ越しに、右手が赤い血に染まった。


 振り返る――。


 グロリアの顔は、笑いをこらえられないとばかりに笑っていた。


 振り向き、「これくらいの手傷で殺せるとでも?」とグロリアに訊いた。首から上のグロリアは笑った。四肢をばらばらにされておきながら、どうやって今際の際の一撃を放ったのか。どうあれ逸材である。


「私の呪いの一撃、せいぜい、楽しむがよいのですよ」

「友人を亡くすような気分に駆られているよ、残念だ。次、生まれ変わったら、親しくなろう」

「お断りです。やはりあなたはくそったれです、デモンさん」


 なんとも嫌な感じだなと思いつつ、あらためて右の脇腹に左手をやる。やっぱり手に血液が付着する。ほんとうに、なんだか嫌な感じがする。痛くはない。痛いほどではない。――が、ほんとうに、なんだか嫌な感じがする。


 翌日になっても三日が経っても、出血は止まらなかった――。


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