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21-2.

*****


 公国は東の隣国と戦争状態にあるらしい。だからかと合点がいった。豊かであるように感じられ、幸せを謳歌しているように見えても、市民らのあいだには得も言われぬ緊張感が漂っていると気づいたからだ。しょうもない話だなと思う。そも、戦とはしょうもないものでしかない。それでもヒトはとかく闘争する。そのこと自体は間違いではないだろうし、そうであるのがヒトのさがとも言えよう。


 問題の隣国とのあいだに居座る原っぱにおいて小競り合いが続いているという。先を邪魔する者をうまいことやりすごし、現場にまで至った。混戦だった。双方入り交じって、戦闘を続けている。その様を、デモンは先達て拾い世話になっている馬の上で眺めていた。「おい! 誰だ、貴様!!」と、これまた公国の軍人殿に見咎められてしまった。「誰でもないよ」と応えて、馬を駆る。行く先々で出くわす公国の敵と思しき黒い鎧の兵らについては仕留めて回る。ありがたがられてもよさそうなものだが、いきなり割り入って勝手に味方をしているわけだ。多くに戸惑われるのも当然だろう。そのうち、敵兵が、爬虫類が這うようにしてこぞって逃げ出した。驚異的な武威。デモン・イーブルここにありと言ったところだ。


 前線に出張っているくらいだからいいとこ中尉くらいだろう、馬上のデモンはその鎧兜の男から「ありがとう、助かった!」と礼を言われた。べつに誰かを助けようとか考えたわけではないのだが、まあ、結果としてはそうなった。褒め称えろと主張したいところだがその前に――。


「つまらん争い事だな。弱者同士の戦争だ」そう、デモンはきっぱり言い放った。

「違いないのかもしれないな」まだ若いと見える鎧兜は苦笑じみた表情を浮かべた。「あんたが何者かはこの際どうだっていい。だが、我が国のために戦ってくれるのであれば、当然、歓迎する」

「言わずもがな、そのつもりなんてないんだよ」肩をすくめてみせた、デモン。「今回加わってやったのだって、偶然だ、たまたまだ、気まぐれなんだよ、わたしは」


 酒くらい奢らせてくれ。

 男はじつに物分かりがいいニンゲンらしい。

 そのへん、デモンはとても気に入ったのである。


「鎧兜の青年よ、名をお聞かせ願おうか」

「ホープだ、へへっ、いいカンジだろ?」


 軽々に軽口を叩くあたりはマイナスだな。

 ――口には出さなかったが。



*****


 事務処理等があったのだろう、鎧兜の青年に酒場に連れ出されたときには、もはや二十二時を回っていた。「遅くなってすまないすまない」としきりに謝罪されたものの、それほど気を悪くしてもいない。基本的に暇だというのが、その最たる理由ではないだろうか。


 店の名は「ハザマ」といい、なんでも明け方までやっているのだという――まったく、ヤクザな商売ではないか。


「ホント、朝までやってるんだ。狭くはない街だと思うけど、そんな店、ここ以外にあんまりないんだぜ?」

「そんなことはどうだっていい」デモンはビールが入ったジョッキを一気に空けた。「極論、おまえ、ホープのことだって、どうでもいいしな」

「ひどいなぁ」と言って、ホープは笑った。

「腕が立つように見えた。あらためて階級は? それと年齢だ」

「中尉で、二十一歳だ」

「若いな。大したものだ」

「偉そうに言ってるけど――」

「そのとおりだ。わたしもおまえと年は変わらんよ」鷹揚に「はっはっは」とデモンは笑い。


 女がやってきて――。

 先程から接客に精を出しているエプロン姿の若い女であって――。


「じつは気にしてたのですけれど、やだぁ、ホープぅ。ついに恋人を見つけたってわけですかぁ?」

「違うよ。違う違う違う」ホープはぶんぶんぶんとかぶりを振った。「そんなんじゃないよ、グロリア。でも……ああ、だけど、奇跡みたいな出会いではあるかもなぁ」

「妬けるなぁ、妬けるのです」

「だ、だから違うんだって、違うんだって」


 さぁて、どうなんでしょうねぇ。

 グロリアというらしい若い女は右手をひらひら振りながら立ち去った。


「グロリア、か」

「ああ、そうだ。グロリアなんだ」

「ホープよ、おまえ、あの娘っ子に惚れているな?」


 するとホープは目を白黒させ。


「なななななっ、だ、誰がそんなこと――」

「馬鹿をほざくな。一目瞭然だろうが。奔放そうなアレはいくつなんだ?」

「じゅ、十七、です……」

「犯罪だ」

「やっぱりぃっ?!」

「冗談だよ。そこにたしかな愛さえあれば、問題はないだろう」


 ホープは心底ほっとしたように――。


「俺さ、近々、彼女にプロポーズしようって思ってるんだ」


 そんなこと、初対面の女に話すようなことでもないと考えるが――。


「齢二十一にして軍の中尉殿。玉の輿だ」

「い、いや、そういうことじゃなくて――」

「近々とか言うな。少しでも長い時間を過ごしたいというのであれば、すぐにでも敢行すべきだ」

「やっぱりそうだよなぁ。でもさ、たとえば俺が、子どもが欲しいって言ったら……」

「はあ?」デモンは露骨に「阿保か、こいつ」と言わんばかりの顔を寄こした。「そのへん含めての求愛、求婚なんだろうが。押し通さんでなんとする」


 断られるのが怖くって……。

 そんなふうな答えを聞かされたものだから、呆れ返りたくもなった。


「でも、本気なんだ。本気で一緒になりたいんだ」

「だったらそうなれるよう、物事は速やかに処理しろ。違うかね?」

「違わないけど……」


 薄汚れたエプロン姿の男がビールジョッキをどかんとテーブルに置いた。乱暴な奴だなと思う。嫌な気は催さない。年の功だ。ホープが「マスター、こんばんは」と言ったのを聞いて、えらくごっつなこの男が店長なのだと知るに至った。


「ねえさん、俺がボスだ。この『ハザマ』のボスだ」いや、だからそれはもう知れたんだが。「セルベッシアっていう。まあ、仲良くしてくれや」


 セルベッシアが右手を差し出してきた。意外と八方美人のきらいがあるデモンは「ああ、懇意にさせてもらおう」とテキトーな相槌を打った。


「ところで、おっさんの年はいくつだ?」

「それって重要なのか?」

「他にする話もないから訊いている」

「四十五だよ」


 デモンは一気にジョッキを空けると「ビールがなくなった。続きを寄こせ、四十五のセルベッシア」と横柄に言った。セルベッシアはにこりと笑うと「グロリア! ビールだ!!」と大きく言った。ぱたぱた駆けて、グロリアはジョッキを持ってきてくれた。早速、あらためて頂戴するデモンである。


「いいな、グロリア嬢は。あの娘は、テキパキしているのが良い」デモンはその接客態度を褒めた。「ところで、セルベッシア」

「なんだ?」

「わたしはおまえも買っているぞ。店名が武骨なのがいい」

「そういうもんか?」

「と、わたしなんかは思うがね」


 両開きの戸、出入口のドアが乱暴にバンッと開け放たれた。あまりに大きな物音だったものだから、客の目が一気に集約された。入ってきたのは短く整えられた黒髪に黒い瞳の人物、たしか、シーマ嬢だったか。先にいちゃもんをつけてくれた女性に間違いなかった。彼女の後ろに続く格好で入ってきたのも、知った顔だった。シーマの側近だろうと思われる。


「客は失せろ。金ならくれてやる」


 シーマはぞんざいさもあらわにそう言った。誰も金うんぬんを「くれ」と言わぬまま、慌ただしく店から立ち去った。シーマ様のことが相当怖いのだと思われる。ホープは席を立たなかった。何も悪いことなんてしていないという自負があるからか。彼が腰を上げない以上、デモンにもそうする必要がなかった。


 シーマがずんずん近づいてきた。すぐそばまで来ると、「私は出ていけと言ったつもりなんだが?」とパワフルなことを臆面もなく言い放った。ホープが立ち上がった。シーマより頭一つ大きい巨躯の彼は、「ここのビールはうまいんです。もう少しのあいだ、楽しみたいんです」と馬鹿正直に言った。見下ろされてもシーマは顔色一つ変えない。「それを知っているからここに来た。だから、まあいい」とだけ応え、すぐ近くのテーブルについた。すると初めてホープは「ありがとうございます」と低く低く深々と頭を下げたのだった。度胸があるではないか――とくだんの男を褒め称えたくもなった。


「デモン・イーブル、おまえなんだろう? デモン・イーブル」声の主はシーマ様だ。「本日、隣国との戦闘において、ずいぶんとウチを助けてくれたそうじゃないか」

「それがどうかしたか?」敬語なんか使ってやらない。「褒美があるならもらい受けんでもないぞ」

「ぬかせ、戦狂いが」


 なんともひどい評価である――正しいのだが。


「明日は? どうするんだ? そもそもおまえの入国の目的は?」

「ない」

「ない?」

「すれ違いそうになるところをとどまっただけなんだよ」

「わかった。ならいい。もう一度、問う。明日の予定は?」


 デモンはとろんとした甘ったるい目をする。

 それを向けられたシーマは訝しむようなところをみせた。


「公王に、会ってみたい」

「父上に?」

「いかんかね?」

「どうして興味があるのかと訊いている」

「わたしは幸運に恵まれているらしくてね。さまざまな国の王と会ってきた。ここでもそれを望んだところで、バチは当たらんだろうと考える」

「お目通りが叶うとでも?」

「叶えてくれと、言っているんだよ」


 シーマは顎に右手をやり、少し経ってから肩をすくめてみせた。


「明日、城の前を訪れるといい。王は強者だ。ゆえに、誰も拒みはしない」

「ほぅ。アポを取らずとも会えるというのであれば尊いな」

「そのような物言いはよすんだな、不敬にあたる」

「わたしにとってはただの王なんだよ」デモンは表情を歪めて笑って、肩をすくめた。「しかし、わかった。会えるというのであれば、それは僥倖だ」


 デモンは飲み物も食べ物も一気にぐびぐびばくばく摂取すると席を立った。「ホープ、あとは頼んだぞ」と奢ることを強要し、店をあとにした。


 店を出たところで、すぐにオミが左肩に乗った。


「デモン、ぼくはおなかがすいたんだ、ペコペコなんだっ」

「ミックスナッツを奢ってやろう」

「わぁ、ほんとうに? 言ってみるものだね」

「今宵のわたしは、不思議と大らかだ」


 そこに特段の理由はなかった。


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