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20-1.

*****


「ミス・デモン、デモン・イーブル、私と結婚してはもらえないだろうか?」


 紆余曲折――というほどたいそうな事情、事象があったわけではなく、その国――ユピテル王国にて過ごし、誘われるがままにどうでもいいに違いないパーティーに参加した折、目下の雇い主である第二王子ノチェセル・ネス・ユピテルにそんなふうに軽い調子で問いかけられた。驚くように息を飲んだ男性もいれば、嫉妬からくる悪意が滲んだ目線を向けてくれた女性も少なくなかったように思う。気のせいだろうか――どうだっていいな、そのへん。「ハハハッ」とデモンは笑いたくもなった。


 良くも悪くもニンゲンらしくないというところはある程度ノチェセルを知っている者であれば誰もが謳うであろう彼の特徴であり、だがしかし、そんな人物だからこそ、このたびのプロポーズについては真実味を感じざるを得ないのであり――。


 赤絨毯の先、そう高くはないながらも壇上におありになるノチェセル殿下に対してデモンは己のことながら良く通る声で「本気かね?」と訊ね、すると「当然だよ」と静けさと威厳に満ちた大人の声色が返ってきた。女としての幸せを享受しようとするなら悪い提案ではないように思える――が、それはフツウの女を引き合いに出した場合の一般論であり、到底、デモン・イーブルには当てはまらない。ゆえにその旨、強く切り出した。それでも、「一緒にいるうちに慣れるだろう」と知ったふうな口を利かれてしまうと「まあ、そうかもしれないな」と一定の納得が得られてしまうのだから不思議だ――が、現状、異性に抱かれる自分を想像できないものだから、「お断りだ」と突っぱねた次第である。自分らしいなと、デモンは自己を高く評価した。金や地位になびかないあたりは、さすがわたしではないかと考えるのだ――半分はどうでもいい冗談だが。


 幾人もの女の視線を浴びながら、ノチェセル――ノチェセル殿下はデモンのもとまでやってきた。跪くなり、彼女の左手を右手で取って甲にキスをした。大したことではなのに大げさに映るのは、やはり女どもに嫉みに違いない念を向けられるからだ。その点について少々の不快さ、言葉を砕いて柔らかくするならそこに多少の居心地の悪さを覚えながら、デモンはそのうちノチェセルと二人きりになった。なにせ立食パーティーの場だから誰に聞かれるともしれないわけであるが、それでも誰に聞かれても困らない話しかないので、ワイングラスを右手に王子様と並んで立ったのである。


 宮殿、四方を壁に囲まれたえらく広い空間は、目が病みかねないほどに白い。


「あなたがこの国に入って、もう何日が経ったのかな」

「まだ一週間やそこらだ。つくづく、どうしてこのようなかたちでこのような場にいるのか不思議でならない」デモンは赤い液体をくいと傾け、こくりと小さく喉を鳴らした。「どういうことなのかね、ノチェセル殿下。どうやってわたしの入国の旨を知り、さらにはどうしてわたしを懐にまで招き入れた?」


 あなたは知らないようだ。

 デモン・イーブルの名は小さくない。

 その二言三言がノチェセルの答えだった。


「おやおや、天下のユピテル王国にまで、わたしの名声は轟いているのかね」

「かのニケー王国一の才女、誰もが一度は耳にしたことがあるのではないのかな」


 デモンは真剣な顔をして、「そんなはず、ないだろう?」と言った。怒ったふうに見えたかもしれないが、ともかく「わたしをご存じのニンゲンはマニアックだ」と意見を――私見を述べた。


「手前味噌のような言い方になってしまうけれど、私は世界で一、二を争う国家をなかばあずかっている身だ。正直に言って、その要素だけできみを知る立場にあってもおかしくないだろう? 唯一無二だというのだから」


 その旨、どこも否定のしようがない。

 ――が。


「この国の行く末は? おまえが宰相閣下であるうちに、どうするつもりなのかね?」

「昨今における『帝国』との力関係については?」

「知っているさ。おまえ自身が五分の一もぶんどったんだろう?」


 デモンは白いクロスの敷かれた円形のテーブルにグラスを置くと、腕を組んだ。両腕にのしかかる丸々と実った重々しい乳房の感覚に嫌気を覚え舌打ちしつつ、「ただの五分の一じゃない。帝国の五分の一だ」と釘を刺すように続けた。


「そうそうできることじゃない。いったい、どうやったのかね?」


 するとノチェセル殿下は「まず戦争は必要がない。ほとんどの場合、示威行為だけで決着がつく」と歌うような滑らかな響きで言い放った。まつげの長い、彫りの深い顔立ちに笑みが差す。「意気込みだけで効果的だというのは、やはりおまえの存在感が成すところなのかね?」と訊ねると、「否定はしないよ。だけど、国王陛下の御威光があってこそのこととも言えるね」と自らの父に関する評が返ってきた。そのとおりだろう。「絶対的な王」だと耳にすることもしばしばだ、すなわち「絶対王」だ。強くて偉くて傲岸で不遜で高圧的でなにより暇人なのだろう。


「一緒のベッドに入ってくれとは言わない。ただ、私と共にあってはもらえないだろうか」

「そこにあるのは打算だろう? 宣伝、喧伝か? ――という点においては、えらく効果的だろうしな。もちろんおまえの話がすべてほんとうならという但書は付くが」デモンは皮肉に顔を歪め、嘲るように言う。「人間味がまったくなくて気味が悪いな。そんなノチェセル殿下はいったいどんな事柄に興味を抱いて身を委ねようというのかね」

「私利私欲は度外視したい。その先に何が待ち受けているのか、私にもわからないけれど」

「目標、あるいは目的を問うているんだよ」


 世界の変革、革新かな?

 改変とも言うかもしれない。

 とりあえず、争い事のない世の中にしたい。


 などとのたまうノチェセルは、どこからどこまで信用に足るのだろう。そのへん見えない、見せないあたりが、スケールの大きなところなのかもしれない。


 栗色の髪にグリーンアイ、しゅっとした身体つきの二十四歳、才覚ある女性であるベラ・ワグナーがやってきた。基本的には付きっきり、そうでなくとも付かず離れずの位置に控えているノチェセルの最側近である。男性でも女性でも「イケる」らしい。ノチェセルは彼女にどのような興味を抱いているのだろうか。仕事ができるから――というだけの付き合いなのだろうか。


 もう行くよ。

 陛下に呼ばれている。


 どうやら第二王子はこれから父親とおしゃべりらしい。


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