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18-5.

*****


 白壁の空間。会議室である。木製の椅子の背もたれを前にして、デモンはどっかり座っていた。彼女の他には黒い長髪に紺色の瞳のリツコ・パーファシーの姿がある――リツコは壁に背を預けており、腕を組んでいる。べつにこちらから切り出すようなことでもないからとデモンが沈黙を決め込んでいる最中にあって、リツコは突然、「ありがとう」と言った。


「なんのありがとう、だ?」

「三英雄の二名をを消せたのよ? ここまで目覚ましい成果は初めてなのよ」

「四人のガキ――連中がいれば、やがてその結果には至ったはずだ」

「でもね、デモンさん、たくさんの犠牲があったことは事実であって」

「たくさん、死んだ?」

「そう。彼らのような稀有な人材を獲得するまでには時間がかかった」


 それは必要な犠牲だろう? デモンはそんなふうにきっぱり言い、それから「死んだ奴が馬鹿なのさ」と、身も蓋もないことを身軽にのたまった。


「で、最後の英雄は?」

「それは、まあ、その」

「言いにくそうにする理由がわからんな。とっとと吐いてしまえばいい」

「あなたはつくづくそんなふうに言うのね」きっと苦笑のリツコ。「ここに来て、宣戦布告があったのよ。やりましょうってこと。ケリをつけましょうってことなのよ」

「情報の出所は? それが最後の英雄だと?」

「だから、そう言ってるの」


 デモンは「ふむふむ」と頷き、納得した。


「言っておこう。わたしにやらせれば、すぐに決着はつくぞ」

「それでは意味がないのよ」リツコは右手を額にやり、ゆっくりと首を横に振った。「私たちの手で、言ってみれば独立を勝ち取ったという事実が必要なのよ。そうでなければ、誰も己の勝利を自覚できない」

「一理あるな、わかった。しかしわたしは、馬鹿どもの宴には参加したい」

「それは現場の判断に任せます」

「お墨付きをいただいたわけだ」

「なんとでも言うといいわ」


 デモンはふふと含み笑いをし、次に「ははははは」と朗らかに笑った。


「リツコ女史よ、わたしはみなに期待することにするよ」

「みな?」

「勝者も敗者も強者も弱者もない。ただし行く末だけは知りたい」

「あなたにはお任せすると言ったのよ」

「無責任な発言だな。だからこそ人間臭くて、わたしはおまえのことが嫌いではないよ」



*****


 最後の三英雄――ロジェを探している。なんでも巨大な刀のかたちをした魔物、化物らしい。巨大な刀に顔と手足が生えており、ヒトを殺すにあたってはやる気満々なのだという――そのように聞かされた。その強さは稀有な噂のレベルを優に通り越して規格外なのだという。とにかく伝説的無敵を誇っているらしい。そのいっぽうで外気に肌を晒すことはほとんどないらしく、だからそのへん興味深くて、ゆえに余計に真っ向から会いたくなるというものだ。



*****


 現場に至った。箱庭の内側に戻ったのである。ライがいてリーリーがいて、カオスレスがいてクリスチーナの姿もある。どうやらカオスレスが例によってターゲットを檻の中に閉じ込め、その中で物理的で論理的な黄金色の矢を放ちまくっているらしい。よくわからんなとあらためて思う。ここに至るまでにさまざま聞かされ、さまざま知ったように、あるいは思い知ったように感じているのだが、にしたって、だからといって、ヒトと英雄は忌み嫌うべきなのだろうか。そのへんわからないから、その不可解な原因に眉根を寄せたくもなる。そんなものだろう、人生なんて、ヒトの理知なんて。成り行きという概念についても無視しようとは思わないのだ。



*****


 ロジェの身体は頭の先から足のつま先まで紫色に満ちていた。周囲にも紫が散っていたのである――それは絶対に特異な血液。その旨、視認できたということは、ロジェはカオスレスのカオスな攻撃では沈まなかったということである。ちょっと始末が悪い――と、率直な感想を抱く。「ジェイル」、カオスレスが呟いた。途端、完成した檻がまた対象を包む。檻の中ではまたビスビスビスビスと矢が行き来する。白い光が飛散するようにして檻が消失した。たった一本の巨大な刀、そこに嘲笑するような笑みを浮かべる異形の顔と妙にヒトのそれに近い手足が生じた不気味で不格好なそれ――ロジェは只者ではなく、むしろ怪物然としているからこそ面白おかしく恐ろしい。刀のモンスター――字の並びからして異様で気色悪い。


 ぷかぷか浮いている、もはや神々しいまでの刀の異形、怪物、化物、ロジェ。奴さんは高圧的に振る舞うことはせず、ただただひたすらに嘲笑するような阿呆な真似もせず、自らが唯一の攻撃力とでも言わんばかりに、その切っ先をカオスレスに向けた――すぐにクリスチーナがカバーに入る。パーフェクト・ステルスで姿を消しにかかったのだ。――が、ロジェはその「完璧」を破ってみせた。二人のことをいっぺんに傷つけたのだ。彼らは地面にどっと転がった。生きているのかもしれないが、死んでしまったかもしれない。カオスレスとクリスチーナ。特に強力なコンビだと考えていたのだが、死ぬとなればあっけないものだ。喉の奥から込み上げてくる笑い声をこらえることができず、結果、デモンは大爆笑してしまった。


 何がおかしいのよ!! そう叫んだのは、もちろんと言っていい、リーリーだ。くだんの二人とは特段仲が良さそうには見えなかったが、仲間だというのは事実なのだろう。そうでなくとも、知り合いが死ぬ――特に殺されてしまった場合は多大なショックを受けるし、もっと言うと悪いほうに気持ちが高ぶってしまうというものだ。


「逃げてください! デモンさん!!」


 という、ライの大声。おや? と思う。思わずそう口にもした。気味の悪い笑みをたたえる四肢の生えた巨大な刀の生命体。敵わない相手だとは思わないのだが、たまにはヒトの言うことを聞いてやろうと考えた。リーリーのことを右肩に無理やりに担ぎ上げ、ぴょんぴょん跳ねて箱庭の外を目指す。「戻れ、戻れよ!」とリーリーはじたばたし、声を大にする。


「あんた! 誰にも負けないんじゃなかったの!!」

「そのつもりだが、逃げろとのお達しなのでな」

「ダメ、戻って! あいつが死んじゃう!」

「強いんだろう?」

「あいつはすぐに無茶するの!」

「ブラックハンドは弱くない。違うか?」

「それは……」


 デモンは塀を飛び越えて箱庭から出たわけだ。リーリーはライのことが心配でえんえんえんえん泣くわけだ。



*****


 会議室、リツコがいる白壁の空間にて何をすることもなく待っていると、二時間も三時間も経ってから、ライの奴が帰還を果たした。身体中をずたずたにされていて、げほげほと血を吐きまくるが、ニンゲン、その程度で死にはしない。大きな泣き声を上げて彼にすがりついたリーリーではあるものの、その気持ちはわかるものの、だがしかし、やはりニンゲン、そう簡単に死にはしない。ライはばたんとその場に倒れた。仕方がないのでデモンは横抱きにし、別室のベッドにまで彼を運んだ。



*****


 ベッドの上にはライ、部屋にはデモンの他に、リツコとリーリーの姿――リーリーはくすんくすんと情けなく鼻を鳴らしてずっと泣いている。


 デモンが「ジェイルとステルスはどうしたね?」と訊ねると、ライはゆっくりと目を開けた。「死体は見ていない。結論は……ということです」と答えた。


「事務的すぎて惚れ惚れする回答だな。次の質問だ。ロジェは何がしたい?」

「箱庭の本物の支配者でいられればそれでいい、と」

「許容できるなら許容してやればいい」


 すると、ライは痛むであろう身体を起こして、慌てたように近づいたリーリーは左手で彼の背を支え――。


「リツコさんがそれでいいとおっしゃるなら、俺はそれでいいんですよ」


 デモンとリーリーに順繰りに視線が向けられる。


「そも――ああ、そうだ。わたしが見た英雄は醜かったな。醜いながらも英雄だから――だから、妙な違和感を覚えたものだ」

「姿形は重要かしら、デモンさん」

「そうは言わんがな、リツコ女史、彼らのようなけったいで不穏な因子を許容するのは、国としてどうかとは思うんだよ」

「やっぱり戦え、って?」

「違いない。おまえたちの頑張りがあったから、相手はもはや一匹だ。煮るも焼くも好きにすればいい」


 俺が行きます。そう言ったライがベッドから下りる。「や、やめようよ」と危ぶむ、リーリー。それはそうだ。特にリーリーは間違っても死にたくないだろう。二人の関係から言って、そこには確かな愛がある。


「わからんな」腕を組んでいるデモンは言う。「ライ、何がおまえをそこまで焚きつけるのかね」

「俺は戦士です。戦士として生き、戦士として死ぬんです」

「だから、それはどうしてかね?」

「戦士であることに、男であることに、理由なんか必要ですか?」


 ああ、そうか。

 なんとなくだが、深いところで、ライのことを理解した気がした。


「やめて! やめてよ! もう嫌だ! 失うなんて、もう嫌なの!」


 そんなふうに声を上げるリーリーの過去、背景に何があるのか――まあ、そのへんはどうだっていいな。


 デモンはうなじに手刀を決めることで、リーリーのことを気絶させた。ライがどいたあとのベッドに、彼女の身体を寝かせた。


「これでいいんだな?」

「はい。ありがとうございます」

「行くのか?」

「この国にとって英雄は邪魔なんです。もはや、要らない」

「見届けよう」

「はい。そして、もし、俺が敗れた折には――」

「弱気なことだな」

「そうですね」


 クスクス笑って、ライは「行きます」と言いつつ前へと進み――ここは五階――窓から飛び下りた。便利便利、有能で優秀なブラックハンドとはこのことだ。


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