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18-4.

*****


 ライが、立っていた。白い砂煙が舞う荒涼とした平べったさがなにやら息苦しい街中において、全長二メートルほどの巨大なナイフ――その物体の柄の上部に能面のような気味悪い笑顔のオブジェがのった化物を前にして。どういう原理かはわからないが、その直立のナイフの怪物は地から少々ぷかぷか浮いている。禍々しさが匂い立つ。どれだけの悪さを働いたらあのような表情になるのか。悪さ? そうだ。英雄とは名ばかりで、どこからどう見たって、悪の権化にしか感じられない。


 毅然とした様子で立っているライはナイフの化身に向け、「英雄ゾルデですね?」と問いかけた。ゾルデの「いかにも」なる答え――声は高くも低くもなく、少年のそれのように良く通った。まったくよくわからん存在だ。


「ようやくお会いできました。俺はずっと、あなたに憧れていました」

「ほぅ、少年、それはどうしてだ?」

「俺も英雄になりたかったからです」

「憧れていた、なりたかった、いずれも過去形だな」

「みっともないだけのナイフになりたくありませんから」

「それだけの理由か?」

「ええ、そうですよ。その旨、今、あなたと出会って、確信しました」


 あなたは醜い。悪びれる様子もなく、遠慮することもなく、むしろいっとう涼しげな顔で、ライはそう言った。


「醜いか、違いない」ゾルデは能面のような顔のまま。「しかし、おまえはその醜悪な生物に殺されてしまうのだ。人肌を裂くことをに喜びを得る、まるでナイフそのものでしかない、えげつない私という存在にな」

「ごめんですよ、嫌ですよ、俺は死にたくありません」

「愚かな。逃がさんぞ」


 デモンさん!

 リーリー!

 そう叫ぶと、ライは「手出しは無用です!!」となおいっそう叫んだ。


 次の瞬間、ナイフの怪物は異形の英雄は。バネ仕掛けのおもちゃみたいにびょんと跳ねた。自らの正面に細いナイフをいくつも発生させ――それらがライに降りそそぐ。ライの「ブラックハンド」はやはり融通と応用がわりと利く器用な能力で、透明感のある黒いそれはナイフのいっさいを弾くように防いでみせた。ブラックハンドを飛び石状に発生させ、駆け上がり、ゾルデに迫る。しかし敵もさる者。慣れっこだとでも言わんばかりに宙を蹴るとさらに上昇し、ナイフの驟雨を続けた。ナイフとブラックハンドの強度はどっこいのようだ。よってどちらかバテるまでの長期戦になるだろう。しかし、フツウに評価したら……。


 デモンの隣に立っていたリーリーが、いきなり大きな白い翼を広げた。美しいな――と思わされた。すぐにびゅんと飛翔し、銀色の鞭を手にゾルデに突っ込んだ。なんとも言えないタイミングだ。振るった鞭は命中するかもしれない。しかしライは「リーリー!!」と窘めるように発した。ゾルデの周囲をいよいよナイフが包んだ。その刃は刺さる相手を激しく欲するようにしてリーリーに迫る。ブラックハンドが彼女を守ることに費やされた。その分、ライ自らの防御が手薄になった。ナイフを食らう。不本意だろうか? 不本意ではないだろう。ライにとって己より大切なのがリーリーなのだろうから。


 リーリーだって事象は理解しているはずだ。だから、「ライ!!」と叫ぶことしかしないのだ、涙声だった。ほんとうに馬鹿なメスガキだ。ライを助けたいなら、ライの力になりたいならじっとしているのが最善なのに。まあそれができないから、二人は恋仲なのだろう。


 立派な翼を携えていたリーリーが全身の力を失ったように着地したいっぽうで――ブラックハンド――態勢を整えたライは黒い手をまた足場とし、再びゾルデに襲いかかった。ゾルデは利口でしたたかだから、一定の距離を保ったままナイフの雨で相手を削るようにして攻撃する。愚直なライはブラックハンドを駆使してクレバーに戦闘を組み立てる。ゾルデの頭上に巨大なブラックハンド、叩き潰すつもりだ。まさに地面とのサンドイッチにされようとしている、ゾルデ。目にするだけでわかる。ひしゃげさせられんばかりの強力さだ。特にすることもないので、デモンはその様子を眺めていた。一定であるに違いなかったゾルデの能面がいよいよ不気味に、気色悪く笑むように邪に歪んだのがわかった。


「俺のブラックハンドは弱くないです。ゾルデ、いっそ潰し合いましょう」


 ゾルデは得体の知れない巨大なナイフのかたちをしたモンスターとはいえ、元は国を救ったニンゲンなのだろう? そんな存在をぶち殺してしまって良いのだろうか。狂気を意味する「インス」といったか。“ダスト”であるに違いないとはいえヒーローとして崇められたことは間違いないのだ。それでもまあ自分はそうとは定義しない。だが、それは自らの役割ではない。若いニンゲンが成せばいい。


 デモンの隣に下り立った、ライ。


「英雄を堕とそうと思います」

「できるのかね?」

「できます」

「ははっ、やってみるといい」


 ライはびょーんと真上に高く高く跳んだ。宙を蹴り、ゾルデに突っ込む。四方八方から寄越されるナイフを幾つもの展開させた大小ブラックハンドで防いだ。


 三英雄が一人、ゾルデ。

 彼はやがてブラックハンドの合掌に会い、潰され、死滅したのだった。


 ライがゆっくり歩んで戻ってきた。ゾルデは決して弱くなく――が、ヒヤヒヤさせられる場面ははっきり言ってなかった。それでもリーリーはライのことが大事でしょうがないから、彼が戻ってくるなり抱きついたのだ。ライは仕方なさそうにリーリーの後頭部を右手で撫で、それからデモンのほうを見て明らかな苦笑を浮かべてみせた。


「英雄を殺してしまいました。俺はどうしたらよいのでしょうか」

「状況によるな。そもおまえたち、もっと言えばおまえらの上層部は彼らをぶち殺すことにはご寛容なんだろう?」

「否定はできないですね。する必要もないのですが」

「わたしはもういっぽうを確認するとしようかね。カオスレスとクリスチーナの様子を見てこようということだ」

「お任せしても?」

「任せるも何も。見たいから見てくるというだけだ」


 お願いします。

 また苦笑を浮かべつつ、ライは言い――。


 デモンの左肩に、真っ黒なカラスが舞い下りた。


「デモン、西に進んで南に下ったところなんだ」

「了解だ。その情報収集能力、いいセンスだ」

「恐れ入るんだ」

「抜かせ。冗談に決まっているだろうが」



*****


 今度は剣の化物が相手らしい、諸刃の剣。諸刃だからこそ危険な剣。デモンが現れたときには、諸刃の剣の三英雄――ジャコウは黄金色の光の牢屋に捕らわれ、その牢屋の中で、四方から飛び交う黄金の矢に晒されていた。今更ながら、牢屋に矢のコンボ、反則だなと思う。どうしたって生き残れるわけがない。生存できるかもしれないニンゲンを挙げるとするなら、それは身体が亀以上に硬い存在だろう。嘘だ。亀程度の防御力では、くだんの矢を弾くことができるはずもない。


 諸刃の剣の「英雄・ジャコウ」は檻の中で事切れたらしい。それはそうだ。一方的な展開に遭ったのだ。敵うはずがなければ、生き残れるはずもない。小柄な少年――カオスレスが近づいてくる。すぐさまその脇に長身のクリスチーナがそっと寄り添った。すれ違う。まだ幼いであろうに伝わってくるのは濃密な血の匂い。カオスレスもクリスチーナもどれだけの生物を屠ってきたのだろうか――まあ、どうでもいいな。二人に関して思うところがあるとするなら、それはラブラブだという点に尽きる。キスとか、セックスとかは? めちゃくちゃやっているのであれば、俗物的で笑える。


「へたに手を出しやがったら殺すぞ、女」

「クソガキがナマをほざくなよ。わたしはおまえよりずっと強いぞ」


 何か言い返してくるかと思っていたのだけれど、カオスレスは何も口にしなかった。クリスチーナが装備している巨大な黒いマントをさっと広げ、彼のことを包んだ。二人して――パーフェクト・ステルスにて完全に姿も気配も消した。


「デモン、どうする? いったん、本部に戻る?」

「やかましいことだ、クソガラス。だが、そうするしかないだろう」

「ゾルゲにジャコウ。三英雄の二名が死んだんだ。残り一人の英雄が何か鍵を握っていることは間違いないよね」

「そのとおりではある。三体目? 三匹目? どうだっていいが、次はわたしがぶっ殺してやると決めたし、決めている」

「本部に戻ろう」

「だから、そう言っている」


 荒れた土地を無視して、ひとまずデモンは、リツコ・パーファシーに会うことにし、「箱庭」から出ることを決めた。


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