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会議室だという話だったのだが、テーブルはおろか、椅子の一脚もなかった。昨晩と同じような黒の上下であるライオネットの服装には好感が持てる。リーリーも着衣は黒だが露出が多い。胸元がばっくりとあいたゆるいファッションだ。よくぞ実った乳房が作り出す顕著な谷間はいかにも健康的。部屋には他に二人。壁に背を預け腕を組んでいる茶髪の――目鼻立ちがはっきりした、こちらも黒ずくめの美少年は名をカオスレス・アーケーベーというらしい。嘘か冗談みたいに冗長な名前だなと感じさせられたが、そのへんのくどさでいうと自分はヒトのことを言えないなと思い、握手を求めるだけにとどめた――応えてはもらえなかった。生意気かつ途方もないくらい理想的なガキである。教育的指導がてらにぶち殺してやろうかとも刹那、考えはした。カオスレスの隣にいるのはチビの彼とは対称的な長身の女である。スレンダーなボディ。ラインも露わなタイトな黒いエナメル質なつなぎである。ライオネットいわく、名はクリスチーナ・エウレカ。みなと同じく十七歳なのだという。同じ年齢であり、黒ばかりのいでたちであっても、これだけ個性が異なっていると壮観だなとの感覚すら抱いた。面白味があっていい。
「で、そっちの二人もやるのか? できるのか?」
舌を打ってみせたのは、カオスレスだ。「女、おまえには関係ないだろう?」と露骨なしかめ面を作ってみせた。受けてデモンは、「誰もおまえに訊ねちゃいないんだよ、生意気な口を利くな、このクソガキが。わたしはライオネットに訊いたんだよ」と皮肉るように言った。また舌打ちしたカオスレス。短気は損気であると教えてやってもいい。経験則から来る金言なのだから。
「それぞれ、得意とする戦法には違いがあって――」
「それは当然だよ、ライオネット。同じ腕の奴は二人要らない」
「そうかもしれませんけれど」
「けれどじゃない。問答無用の事実なんだよ」
戸が開き、女が一人、入室してきた。
紫の長髪に紺色の瞳、大人の女だ、リツコというらしい、リツコ・パーファシー。スカートは短いが、三十路程度ではないのか。落ち着いている感があり、すぐに彼らの上司上官であろうことが窺い知れた。
「あなたが“超級”の“掃除人”さん?」
「そうだよ、リツコ殿。お見知りおきをとでも謳っておこうか」
「ただただ歓迎するわ。インスだって、ゴミみたいなものですからね」
「いついかなるときも元気に働け、と?」
「その対価としての高給よ」
ライオネットは平然と「今日はどこですか?」と訊ねた。つまらなそうに「北東地区」と答えたリツコである。「ザコの数がえらく多くて、巨大インスも確認されたのよ。まあ、それくらいのほうが張り合いがあるとも言えるでしょう?」などと続けた。
舌打ちの音。
またカオスレスだ。
「東門まで馬車を出します。中に入ったらいつもどおり、きちんと始末してから帰ってきなさい、ブーメランみたいにね」
「あたし一人でもやれると思うんだけど?」
「それはそうかもしれない。でもね、リーリー。私があなたたちに求めているのは協調性からくる絶対的な力なのよ」
「それは知ってるけど」
「だったら、理解しなさい。異論はゆるしません」
「わかってるよ、はぁい」
四人のガキどもには揃って強者の雰囲気があるものの、実際のところはどうなのか。そのへん興味深く思いつつ、現場に赴くことにした。十七歳の才能に賭けてみたい。
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屋根のない馬車のキャビンで、ライオネットから聞かされた。「これから足を踏み入れるそこは――箱庭は、「じつは『とある英雄』が国に私有地を求めた結果なんです」ということらしい。
その「とある英雄」とやらについてはまるで知識がないので、まずは「そいつは誰だ?」と訊くに始まった。
「もう二百年も三百年も前の話なんですけれど、この国を魔族から解放するにあたり、活躍したとされる存在がいました。三英雄です」
「三英雄?」
「はい」ライオネットは頷いた。「今回の問題の一名、彼の名はゾルデといいます。著しく強そうな名前ですよね」
「英雄のくせに三百年か? 卑しいまでに土地を求めるとは、器の小さな狭量な人物なのかね」
「いつか国を治めたかったようです。しかし彼がそれを謳い語っても、国民は認めなかった」
「相手は英雄なのにか?」
そうみたいです、だからこその「力ずく」。
先方への理解を多分に含んだ感のある、まるで突き放すだけの言い方ではなかった。
「経緯や理由についてはどうだっていいというのが感想だが、にしたって、ゾルデか? そいつが敵に回ったことは意味がわからんな。希望を酌んでもらえなかったという国への恨みが因子なのか?」
「わかりません。反旗を翻して以降のゾルデ氏にまでは、物理的に、誰もたどり着いてはいないので」
「そうなのか?」
「はい」
あるいは、自らの保身に長けていると?
デモンはそう訊ねた。
「そうではないだろう、と」
「と、いうと?」
「俺たちが弱いから、きっと彼は、応えてくれないんです」
「単なるひきこもりにしか聞こえないんだが?」
もういいよ、ライ。
――ライオネットの左隣の席に座っているリーリーが口を挟んだ。
「実情だからってこんな女に話してなんになるの? あたしたちの国のニンゲンじゃないじゃん。あたしたちの気持ちなんてわからないよ」
ライオネット――ライに頭を撫でられると、リーリーは照れ臭そう頬を桃色に染め、くすぐったそうな顔をした。
「要するに、だ」と、デモンは切り出した。「つまるところ、英雄ゾルデを討てば、目下の問題は解決できるのかね?」
「ゾルデ氏に会ってみて、その上で決められればサイコーだと思います」
「サイコー、か」
「話し合いはサイコーですよ」
にこりと笑った、ライである。
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東口とされるゲートから、箱庭に入った。敵は少なくないようだが、今回の目的地が近いことから選択されたというわけだ。連中に与えられた固有名詞はインスだったかとあらためて思い出す。見るに堪えない醜い化物ばかりだった。ヒトが想像しうる醜悪な個体ばかりが機嫌良さげに肩を並べている。デカいのも痩せっぽちも、原色ばかりだから視力的に胃もたれがする。ほんとうに目に痛い奴らなのである。
デモンは「お手並み拝見」と、まずは四者の戦いぶりを見ることにした。――あれ? すでにカオスレスくんとクリスチーナちゃんの姿がないではないか。少し目を離した隙に移動した? 馬鹿な。そこまで無視を決め込んでいたわけではない。だったら、どこに? 興味深い事象だなと真面目に捉えた。ただのだらしないガキというわけではないのだろうと少々ではあるものの身をかたくし、背を正した。
リーリーが――魔法で生成した――細いながらも硬度の高そうな金属を匂わせる銀色の長い鞭をぐるんぐるんと振り回す。周囲を取り巻いていた化物どもの首か上を次々に弾き飛ばす。真剣な声色で「当たったら死ぬよ!」とリーリーは大きく言い、まあそうだろうなと考え、デモンは当たり判定から退いた。やるじゃないか、リーリー。確かな威力を感じさせる攻撃はもっぱら見事としか言いようがない。
そのうち、インスらは空からも襲ってきた。醜い容姿だなぁと思い、どこかで見たことがあるなと考えたところ、思い当たったのはガーゴイルだった。ごつごつとしたねずみ色の肌、剥き出しの上半身、下半身。地上の戦力の相手を一手に担っているリーリーは対空まで成せるのだろうかなどと考えていると、いよいよ動きだしたのはライだった。ライが作り出したのは「黒い手」だった。加工された黒曜石を思わせる、艶やかで大きな「手」。ヒトのそれの五倍以上は優にある。それを飛び石状に発生させ、一気に駆け上がり、相手をやはり黒い手で叩き潰したり殴り飛ばしたりする。便利な魔法だなと感じさせられた。炎の発現や氷の発射といった誰にでもできる一般的かつ派手なものとは違い、とにかく存在も威力も汎用的で万能的だ――が、地味だ。巨大な手を幾つも紡ぎ出せる。うん。実戦的だし応用もしやすいだろう――が、地味だ。――が、バランスはいい。リーリーは鞭で地上を平らにして、それ以外はライが請け負うというわけだ。相性だっていい、抜群だ。二人はベストパートナーであるに違いない。
その鮮やかな手並を見届けながら拍手を送ろうとした段になって、「はて?」とデモンは再び首をかしげた。相変わらず、カオスレスとクリスチーナがまるで見えないからだ。気配がない。少なくとも、視認できる距離にはいない。よって、背に黒い大きな翼を携えて、飛び立ち舞い上がった。問題の二人の姿はやはり見当たらない。カオスレスの歪んだ表情が思い出される。あれはサディスティック極まりない邪すぎる笑みだった。必要以上に血を好む顔だった。だから、常識的に考えると、数多くの敵を向こうに回しているものと考えられるが。
視界の右方、端も端、百メートルほど先に――突如として――二人が姿を現したのだ。ほんとうに突然のことだった。今までどこにいたんだ? ――というほどの突然――。
「『パーフェクト・ステルス』。彼女の、クリスチーナの能力です」
いつのまにやら隣――宙に、ライがいた。例によって、黒い手の上に乗っている、黒いコートの裾を風になびかせながら。
「なるほど。文字通りの完全的隠密というわけだ」デモンは感心し、二つばかり、頷いた。「気配も残り香もない。まさにパーフェクトだ」
「そして、アレです」
ライはゆっくりと眼下に右の人差し指を向けた。その先ではインスかゴミか――もはや括りなんてなんでもいい――の集団が、金色の光で構成された檻の中に閉じ込められていた。中には知恵があるのもいるらしい。「出せ! 出せ!」などと怒号に近い叫びを上げる者がいる。――次の瞬間だった。檻の中において無数の矢が飛び交った。四方からである。攻撃が交差する時間はずっと続いた。続いて続いて続いた挙句、檻の中には赤や青や紫の血のみが残った。その間、笑いつづけていたのがカオスレスである。「檻と矢」――彼のチカラらしい。趣味の悪さに性格の悪さが覗いて見えた。パーフェクト・ステルスの恩恵に与る格好? で接近し、あっという間に敵を檻に閉じ込め嬲り殺しにする。そこにあるのは絶妙で抜群の食べ合わせだ。彼らもまたベター、否、ベスト。
「あなたの分も残した方が良かったですか?」と優しく笑んだ、ライ。
「かまわんさ。あいにくとザコには用がないのでね」
「不遜ですね」
「そういうニンゲンなのだと胸に刻んでおけ」デモンはふんと鼻を鳴らした。「で、どうするね? リツコ女史は巨大インスがどうこう言っていたように記憶しているが?」
「無論、探します。なにせ巨大なわけですから、すぐに見つかるはずです」
ラーーーーイッ!!
地上から大きな高い声がした。
「下りてきなよ! あたし以外の女とあんまり仲良くしないで!!」
勇ましく、また正直な女だな、リーリー。
微笑ましいとしか言いようがない。
「ひとまず、今夜はここで過ごします。外に出るほど消耗していませんから」
「メシは? 出るのか?」
「ハードなパンがあります。保存食の」
「豊かな食卓とはならん、か」
クスクス笑った、ライ。
「下りましょう。ほんとうに、リーリーに怒られてしまいます」
「カオスレスとクリスチーナは?」
「彼らは彼らでラブラブなんですよ」
ラブラブ、か。
間抜けすぎる響きを耳にして、煙に巻かれたような気分になった。