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東西南北、そのどこにも偏っていない、大陸の中央付近――中途半端な位置にある国家――であるらしい、マレウス共和国。共和国というくらいだから、共和国然とした共和に優れた国家なのだろう。定期的に乗り入れている乗合の馬車に揺られ、入国するに至った。首都――街は広いようだ。栄えてもいる。ゆえに良い宿に巡り会えるだろうと期待しながら徒歩にて白い石畳を進んだ。宿は見つけた。趣のある木造の、いかした建物だ。夕食はすぐに準備できるとのことだったのだが、どうせなら外で食べようと考えた。せっかくだから見識を広めるのだ。多くのニンゲンに消費され尽くすだけの大衆的な酒場ではなく、落ち着いた感のあるバーを探した。つまるところそこまで腹は減っていないので洒落たアルコールを主として楽しみたい次第だ。バーがやるにはまだ早い時間には違いないのだが、いい店に行き当たった。ビールに入れるトマトジュースにもバリエーションがあるからそう言えた。イイカンジだ、ほんとうに。久しぶりに葉巻をたしなんでしまったくらいである――シガーバーでもあるらしい。
デモンがついているのは五つしかないカウンター席で、ボックス席は空いている。にもかかわらず、二人連れが左隣に並んだ。一人は男。一人は女。幾分驚かされたのは、二人とも未成年に違いないという点だ。そうか。この国はガキにも酒を飲ませるのか。危なっかしいことだとは思う。蔑もうとまでは思わない。その国にはその国の特色やしきたりがあっていい。黒髪の少年はビールをオーダーし、同じく漆黒の髪をした少女はジンを基調としたカクテル。少女が「いぇーい!」と声を発し、あまり乗り気ではなさそうな少年のジョッキにグラスをぶつけた。いかにも仲良さげなコンビではないか。殊の外、若々しく映ることから、よけいにそう見える。誰でも酒は飲んでいいのだ。飲まれさえしなければと考える。
デモンはぷかぷかと煙を吐く。葉巻とはこんなにうまいものだったのかと、かすかな記憶を呼び起こす。たまに吸うからうまいのだろうとの結論にまもなく至る。ラムがきいたパンチのあるやつを頼んだ。すぐに出てきて早速、口をつけた。度数がキツいから、つい「くはぁ」と声を漏らしてしまった。すると、クスクス笑ってくれたのは、隣席の黒髪――美少年だった。
デモンは「なんだ? 何かおかしいかね?」と、ついには口を利いてやった。
「いえ、アリです。美しい大人の女性がアルコールを嗜む――全然、アリです」
文言を聞いて、デモンは眉を寄せた。「その美しい大人の女性に向かってナマをほざくガキ。わたしはどうかと思うがね」と言ってやった。
「あなたを悪く言うつもりはないんです。わかっていただけませんか?」
「よし、わかった。許してやるぞ」
「うわ、優しいんですね」
「今夜のわたしは寛容らしい。だが、素性を聞かせてもらえると喜ばしいな」
俺、何か変ですか?
そんなふうに訊ねてきた美少年である。
「だとすると、俺はどのへんが変ですか?」
「未成年であろうにアルコールをあおっている。そのこと自体の是非は国によってまちまちなのかもしれんが、おまえは飲みなれている。多少は疑問を持っていいところだ」
「追加は?」
「は?」
「俺は次は甘いカクテルをもらいます。あなたに一杯、奢りたくって」
デモンは視線を上にやり、再び眉間に皺を寄せた。
「なんともおせっかいがすぎるガキだ。ご褒美にいいことを教えてやろう」
「お伺いしたいですね」
「隣のお嬢さんの目がなんとも敵対的で恐ろしい」
美少年が左に目をやった。その先にいる美少女は不満げであり、実際、怖い目をしている。美少年はデモンのほうに向き直ると、ひどく人間的な苦笑を浮かべてみせたのだった。
「美少年よ、いよいよだ、おまえの名は? 年は十七で正解か?」
「年齢は正解です。ライオネット、ライオネット・アザゼル」
「仰々しい名だな」
「失礼ですが、あなたのお名前は?」
「デモン・イーブルという」
「仰々しさではどっこいですよ」
まあ、そうかもしれないな。
――と、デモンは納得した。
「親の金で酒を飲んでいるとは思えん。何か給与が得られるような職に就いているんだろう?」
「まあ、そうです」美少年は――ライオネットは、にこりと笑んだ。「自慢をするように言うと、俺は国に選ばれたニンゲンです。もちろん、隣の彼女も」
「選ばれたニンゲン?」
「『箱庭』という区域が、この国にはあります。正確には『限定的箱庭』というんですけど」
箱庭?
限定的?
もちろん、初耳だ。
「なんだ、それは?」
「この国の存続を脅かしかねない化物――が、集約された一角です」
「化物?」
「国は『インス』と定義しています」
「ひょっとして、狂気を帯びた怪物?」
「勘がいいんですね。まさにそんなところです」
よくわからんな。デモンはまたラムベースの一品を追加した。ややあって運ばれてきたそれで喉を鳴らし、それから「怪物なんてどこにでもいるぞ」とあたりまえのことを教えてやった。
「だと思います」頷き、ライオネットは言って。「ただ、この国におけるそいつらは、かなり強力です。手強いのだと昔から言われています。だから、一か所に閉じ込めて、できるだけ一気に、速やかに、始末してやる必要があるんです」
わからんな――と、デモンは口にし。
「こんなふうにわたしが言うのは、そのインスとやらをぶち殺すのにどうしてガキの力を頼るのかという疑問は払拭できんからだ。何も前途ある子どもを使役する必要はない。どうでもいい大人が責任を持ってこなせばいい。違うかね?」
「この国の多くの大人は、たとえば、魔法が使えないんです」
「へぇ。強いというのはは数ゆえか。ダサい国家が存在したものだな」
「らしいです」ライオネットはやりきれなさそうに笑い――。「そうである以上、国は魔法使いを極力失いたくないわけです。いつ、外敵との戦争になるかわかりませんから」
「そこで、内向きのああだこうだについては、おまえたちのような有能なガキを割り当てようと考えた?」
有能と言っていただけると照れてしまいます。
ライオネットは小さく肩をすくめてみせた。
「際どいバランスでなんとか意義を保っている。事実です。俺たちは闘うしかありません。この国は大切で、この国には大切なヒトがいるから」
デモンはアルコールを一つ口にし、それから「拝んでみたいな」と言った。
「拝んでみたい?」
「ああ。インスとやらに会ってみたい」
すかさず「馬鹿言ってんじゃないよ」と口を挟んできたのは、ライオネットの向こうの黒髪の美少女である。「あんたって、自殺志願者?」などと続けた。口酸っぱく言ってやりたい。誰よりも誰をも見下すデモン・イーブルがそうであるわけがないのだから。
「大人に対する口の利き方がなってないな。おまえ、名は?」
「いきなりおまえ呼ばわりとか、そっちのほうが礼儀知らずに思えるんですけど?」
「いいから名乗れ」
「やだ」
「どうしてだ?」
「やだだからやだ」
すると、ライオネットが「断る理由はないだろ?」と言い――。美少女は口を尖らせたが、結局「リーリーだよ、リーリー・ララ」と答えた。なんとも愛らしいその響きに、つい笑みを漏らしてしまった。
「それで、手伝っていただけるんですか?」と、ライオネット。
「化物退治は暇潰しになりそうだ。しかし、どこの馬の骨ともわからんニンゲンに大切な任務を与えてよいのかね?」とデモンは訊いた。
「俺が言えばなんとでもなります。仲間が欲しい。力強い仲間なら、よりいっそう」
「おまえにとってわたしは不可解な人物にすぎんだろう?」
「猫の手以上のものを感じ取っています」
「事態はひっ迫している、と?」
「いずれは」
根は絶てないのかね?
デモンはそう訊ねた。
「絶ったと思ったら、すぐさま新たな芽が生じます。ダメなんだろうなって」
「なるほど。今のままでは、おまえたちは一生、国の奴隷をやらざるをえんわけだ」
リーリーがむっとしたような表情を浮かべたことは否が応でもわかったが――だが事実でしかないから、口を挟むような真似まではしなかったのだろう。
「明朝、上司にお引き合わせします」
「わかった。お願いしよう。明日の朝がきちんと来ればの話だが、まあそれはそれでよいのかね?」
「俺と遊んでやってくださいと、言っておきます」
ライオネットは頬を緩めてみせた。