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ゴミども、すなわち“ダスト”らを流入させた、あるいは招き入れたのは、間違いなくベリナスだ。元気なバケツも醜い竜も言葉を解し話せるだけの知識はないわけだが、ベリナスと話をつけた利口な奴はきっと――否、絶対にいて、今般における“ダストのボス”とでも示すべきそいつを
王のそばにいれば、嫌でも何かの事象に突き当たるだろう――と、考えながら荒れた街を駆けた。主を失って彷徨っていた白馬に跨り、丘の上の城を目指した。あっという間に城門にまで行き着いた。白馬、ばんざい、速くて助かる。元気なバケツも醜い竜もおらず、ただ、もっと賢そうな、真紅のローブをまとった得体の知れない魔法使いみたいなのが十から二十ほどいた。揃って手のひらから炎の球を次々に発して敵対勢力を焼いている。敵対勢力――王の軍だ。炎の球を高貴な感のある銀色の盾で受け止めつつ、真紅のローブの連中に襲いかかる。分が悪い。どんどん焼かれていく。魔法は強い。魔法を使えない兵は弱い――それはルールのようなセオリーだ。
まあどっちが負けても、ほんとうにかまわんのだが――。
そんなふうに考えつつも、馬から下りたデモンは魔法使いどもを斬って回った。弱い側に手を貸したほうが面白いだろうと考えたのは言うまでもない。
真紅のローブの魔法使いらのターゲットを一身に担っていたのは何を隠そう、ディー・シュターゼン騎士団長だった。左の肩から先がない。激しく出血している。左膝を地につき、右手には槍を持ち、なんとかといった感じで息をしている。目に見えるタフさ、匂い立たんばかりの勇猛さ――男らしいの一言に尽きる。
「相手の動きが、早かった。魔法が使えるとわかった途端、この調子だ……」はあはあと、肩で息をする、ディー。「コロンビーヌは結界を解いたんだな?」
「なぜ、それをわたしに問うかね」
「あんたは悪い女じゃないさ」
「見た目の話か?」
「全部含めてだよ」
ざっくりと「全部」ときたか
いい判断、答えだなと思う。
「もういいだろう。帰って休め」
「俺がいないと陛下がやられる」
「王は誰でもやれる。だが、おまえの代わりはいない」
肩を貸すことで、デモンはディーを立たせた。
右手に自らの刀を握らせてやる。
「これ、は?」
「それなりの名刀だよ、グランという」
「俺、に……?」
「くれてやる。逃げるつもりがないのなら、こいつを使って存分に斬り伏して回れ」
ディーは泣きそうな顔をして――異形の怪物どもに囲まれる中にあって――吸いつくようにしてデモンに抱きついてきた。
「頼む。陛下を、王を、頼む……っ」
「それは約束できんな」
ハッハッハと高らかに笑うデモンの右手にはもう新しい刀が握られている、ただただ武骨で飾り気のない、「ヒトを斬る」能力のみに特化した刀、名を「オニマル」という――。
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王――ジュピトリス王は死んだらしい、無論、殺されたらしい。死体は見当たらないが、そのくらいは見当がつく。なぜなら茶色いひっつめ髪のベリナスが玉座についているのだから。
ベリナスは頬に血を浴びている。紫色の返り血だ。ニンゲンの血ではないわけだが……いったい、どんな入り組んだ事情があって、どんな込み入った理由があって、そんなふうに至ったのか。まあ、そのへんはどうだっていいかとも考える。どうあれベリナスは王を、父を討つことに成功したのだ。王位の座り心地は? 聞かせてもらっても良かったが、デモン・イーブルは嫌な奴なので、訊いてなんかやらない。
「デモンさん、ディーは? コロンビーヌは? きちんと死んだのか?」
「生きているよ。わたしが手を打った。だから、この先も死なんだろうな」
ベリナスは脚を組み替えると、ふぅーと長い息をついて天井を見上げた。
「ディーはまあいいんだ。ただ、コロンビーヌは殺してやりたかったなぁ」
「なにゆえそのような結論に至るのか」
「わからないと?」
「違う。おまえを戦闘狂と仮定するなら、そこにあるのはシンプルな理由だということだ」
「そうなんだよな」ベリナスは口元に柔らかな笑みを浮かべた。「魔法を使えなくする。それは反則なんだ」
「詳しいことをやかましくは問わんさ。ただ、それはそれで、つまらん戯言的意見だよ」
デモンは赤絨毯が敷かれた階段を上り、ベリナスのもとへと至った。ベリナスは右手で左の腹部を押さえている。なるほど。どこぞの誰かに刺されたのだろう。かなり出血している。もう死ぬのだろう、そうに違いない。
「強いられた平和に意味なんてないと考えていた。そうだって信じていた。だが、そうでもなかったんだな。親父はそれを、知っていた」
「たいていの場合、気づきというものは気づいた時点でもう遅い。言い残すことは?」
「何度だって言う。国を、頼む。ディーとコロンビーヌには、すまなかったと伝えてほしい」
「面倒だ。ゆえに両方、勢い良く断る。だがベリナス、おまえは心に残ったよ。忘れないでいてやる」
にっこりと笑ったベリナスに笑いかけ、デモンはその首を刎ねた。
呆気ない、ああ呆気ない、呆気ない。
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もはや、当該国家においてやり残したことなど一つもないのだが、一応? あるいは念のため? コロンビーヌの屋敷まで馬で駆けた。火薬の匂い、血の匂い、死の香りに死の気配――そんなものらを嗅ぎながら感じながら、目的地に至った。中に足を踏み入れて二人の名を叫ぶようにして呼んでも返事はなかった。オミの奴もいない。はて、どこに行ったのか……。
庭に出た。緑の芝生の上に、ディーはいた。コロンビーヌに膝枕をされていて、鎧のない全身は包帯まみれ。今さらながら黒い肌に白い布は良く映えるなと特段の意味もなく思う。しくしく泣いていてもおかしくないシチュエーションだがそんなことはなく、コロンビーヌはまるで我が子を慈しむような優しい目をディーへと落としており、えらく穏やかな顔をしていた。
ディーが「王は? ベリナスは……?」と弱々しく訊ねてきた。
「両方、命を散らした。死んだということだ」デモンは肩をすくめてみせた。「よって、大団円だ」
ディーは呟くように「そうか……」と言い、コロンビーヌはというと、彼の頬を両手で包んだ。
「なあ、デモン、俺たちは、これからどうするべきなんだろう」
「甘えるなよ、騎士団長閣下。そんなもの、自身で決めることだ」
「だったら」
「だったら?」
「だったら、この国を立て直したい。義務でも責務でもない。これは希望だ」
「それも良かろう。ゆえに、わたしはおまえたちの健やかなる生を祈ってやるとしよう」
ディーがゆっくりと、むくりと身体を起こした。
オミの奴が、デモンの左肩に舞い下りた。
「お茶を淹れます、デモンさん」コロンビーヌは立ち上がろうとする。
「いや、いい、要らん」デモンは腕を組み、言う。「魔法を使えなくする魔法。まるで仕組みがわからず、その条件自体が魔法の理において矛盾しているのだから、とても興奮させられたよ。国を統治するという観点から見ても、ジュピトリスの施策は間違いではなかったと思う。ただ、すべてを許容するという懐の深さも必要だったとは考える。臆病者の王だったのだろう」
デモンは腕組みを解き、右手を小さく、バイバイと振った。
すぐさま身を翻し、歩きだす。
「デモンさん」
「何かが交わるようなら、また会おう」
オミが「ひとまずサヨナラなんだ、コロンビーヌ!」と大きな声で告げた。
――彼らと別れ、街をゆく中、「コロンビーヌはどんな女だった?」と訊くと、好色なそいつは「とてもかわいい女性だったんだ。じつは香水もいいものを使っていたんだ」と答えた。前のめりにはきはきくっちゃべるおしゃべりカラス――まったくもって、気色の悪い。