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てくてく歩き、ゆく。街は混乱している。あちこちから火薬の炸裂音、それとともに煙が立ち上るからだろう。王都でありながら、この有様か。案外脆弱なんだなと感じる。いっぽうで、どこも似たようなものだろうとも思わされる。この国は安寧を謳歌していたのだろう。平和ボケしているということだ。ゆえに奇襲に弱い。必然と言える。自業自得とも言える。馬鹿め――と罵ってやりたい。
ベリナスに会いたいなと思う。
だが、それは難しいだろうなとも考える。
ベリナス軍のニンゲンとおぼしき連中は、デモンを見ると次々に襲いかかってきた。「黒ずくめの女は殺せ」などと仰せつかっているのかもしれない。こっちは何一つとして悪さを働いたつもりはないのだが真正直なことだな、とは思う。しかし、不確定要素に基づいた因子は早々に刈り取っていい。大義があるのであれば屠殺は正義だ。政治においても軍事においてもそんなものだろう。屠殺――ほんとうに素敵な単語だ。抱き締めてやりたいくらいに。
戦況はいまいち掴めない。ベリナスの兵がどれだけいるのかわからないのだから当然と言えば当然だ。なおも街をゆく。時折、魔法が使えるかどうかチェックする。使えない、使えない。そうである以上、コロンビーヌはいまだ健在だということだ。彼女のおかげで職を失った魔法使いは少なくないだろうななどと、ふと無駄な思考に至ったりもした。
進む中で存分に斬って殺し、とある一匹―まだ若い男の兵の腹にねじ込むようにまずは浅く刺した。抵抗を続けようとしたものだから、右腕を斬り落とした。押し倒し、ゆっくりと馬乗りになったところで「ベリナスはどこだ?」と訊ねてやると、「言うかよ、ビッチめ」などと失礼極まりないことを言われてしまった。そうだ、わたしはビッチでない、やけにそう見られがちだが。
「ベリナス様は負けない。狂い、腐っているのは王のほうだ」
「そのへん、わたしはどうだっていいんだよ。ベリナスは強いんだろう? 楽しみたいというだけだ」
「言うなよ、ビッチめ」
「二度もほざくな」
「殺せよ」
「殺さん。めんどくさくなった」
デモンは立ち上がった。
左手を見る。
いまだ炎は生じず――。
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腹が減ったので、店を探した。こんな状況でやっているところなどないのかもしれないがそうとも言いきれないと考えるあたりポジティブなニンゲンなのかもしれないなと、デモンは自らを評価する。路地に入った。歩いているうちに、テラス席があるカフェに行き着いた。立て看板があり、そこには白いチョークで「今日も元気に営業中!」と健やかに記されていた。馬鹿な店だ。無論、この場合、それは最大級の褒め言葉である。
ぼんぼんぼんぼん火薬が炸裂する音が聞こえる中、テラス席についた。水とメニュー表を持ってきたのは若い娘だった。黒髪は極端に短い。かなりボーイッシュだ。「オススメは?」と訊くと、「パスタです。ホワイトソースです。きのこがほんとうにおいしいんですよ?」と答えた。「だったらそれをもらおう」と伝えた次第である。
「サラダは? ついてくるのか?」
「はい。スイートコーンがおいしいんですよ?」
そのコリコリした食感を思い出すと、なかなかにセンスのある店だなと思わされた。早速運ばれてきたそれを、フォークを使って口にした。なるほど。コーンだけではなくレタスもうまい。新鮮だ。やや油の効いたドレッシングもナイスと言えた。くだんの店員に「外はまるで戦争みたいな状態だぞ」と言ってやると、「だけどおなかがすいているヒトはいます――と、オーナーは言います。生涯現役が口癖だったりします。意味不明ですよね」との答えが返ってきた。ころころ笑う。
ホワイトソースはまさにクリーミーだ。イヤラシイばかりにとろりとしている。オリジナリティも感じられ、主人の優れた手腕をまざまざと見せつけられる結果となった。
口元を真白のナプキンで拭うと、デモンはあらためて、「外では戦争が起きているんだがな」と言った。「みなさん、おいしいものでも食べれば、すぐに落ち着くと思います」と、女は独特な発言をした。
「確かにな」同意し、デモンは笑った。
「でも、早く終わらせていただかないと。みなさん怖がるばかりで、外に出ようというヒトは減るいっぽうであるはずですから」
「そも実態は、親子喧嘩に過ぎんのだがな」
「知っています」女はにこりと笑んだ。「それにしても、こんなに大きな国なのに、クーデターなんて簡単に起きてしまうんですね」
「起きるさ。どうしようもない場合は、どうしたってある」
経験則ですか?
ああ、そうだ。
「ベリナス様の兵隊は、きっときちんとしています。だから、あまり心配していません」
「綺麗な戦争になる、と?」
「はい。王は王で、ちゃんとしているはずですし」
能天気なことだ。
が、それくらい楽観的であったほうが、人生、楽しいのかもしれない。
デモンはおもむろに、左の手のひらを上に向けた。
「ひょっとして、魔法ですか?」
「ああ。炎を試みているんだが、うまいこと出てこない」
「コロンビーヌ様のお力なんですよね?」
「らしいぞ。そのテリトリーはこの国を覆うほどのものらしい」
「偉い魔法です」
「なぜ、そう?」
「決まっています。戦争の抑止力になりうるからです」
だが、この国の中枢において、まさに戦いは起きている。それでもまあ、そこにある効力が一定以上機能しているからこそ、関係者はみな、いろいろと考えさせられているわけだ。攻め込むにあたってもうまいことできないものだから、歯がゆさを覚えているニンゲンも少なくないのかもしれない。
「なあ、女、王とベリナスは、いったいどちらが正しいと考える?」
「王です」
「即答だな」
「だって、いたずらに戦争を起こしませんから」
「名うてのハト派だと?」
「言ってみれば、そうです」
ベリナスはどうして秩序を乱そうとするのか。
――と、デモンは訊ねた。
「権力を得たいとするヒトは親であろうと殺す――それだけのことではありませんか?」
なんとも物騒なことを簡単に言ってくれる。
――が、それもまた、真理なのかもしれない。
「魔法が使えない以上、純粋に腕力と知力でぶつかることになるわけだが」
「ベリナス様の兵に一日の長があるかもしれません。彼らのほうが喧嘩慣れしてると思いますから」
「だったら、わたしは王の軍につこうかね」
「どうしてそう考えるんですか?」
「決まっている。面白いほうと遊びたいからさ」
まだ話がしたいようなら遠慮なく座れ。
そんなふうに言い、デモンは向かいの席へと女を促した。
娘は席につくことはせず、「仕事中なので」と微笑むと去っていった。背筋がぴんと伸びていて姿勢がいい。さっと去るあたりにも好感が持てた。
少々冷めたコーヒーに口をつける――。
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情報に関する網はシステマティックに機能しているらしく、白い石畳の街をゆく中で出くわしたのはベリナスの私兵だった。一名がアルベオの死を引き合いに出し「許さんぞ!」と声を張り上げたのだ。その一名――中年とおぼしき白兜の男は「かかれっ!」と命令し、部下を突撃させた。魔法が可能であれば瞬時に焼き尽くしてやるのだが、今、それは不可能だ。よって――面倒ながらも――しかし、あっという間に抜刀し、あっという間にすべて斬り伏せてやった。一人については速やかに首を刎ねたものだから、切り口からぷしゅぅと噴出した返り血が頬に飛んだ。悪くない現象なので捨て置くことにする。血の匂いは嫌いではないのだ、むしろ好ましい。
白兜が露骨に眉間に皺を寄せたのがわかった。なおいっそう険しい顔をして、「おまえ……何者だ?」と訊ねてきた。「答える義務はないな。答える必要も」と返した。馬から下り、抜剣すると、白兜はぐっと腰を下げた。気合いを入れてかかってこようとする旨が力強く伝わってくる。やっと本気の目になったなと思う。「参る!」と発すると、速やかに――加速しながら駆けてきた。デモンの刀は左の腰の鞘におさまったままだ。しかしギリギリのラインで抜刀、一閃、上半身と下半身とを切り離してやった。久しぶりに、胸のすく思いがした。快感というやつだ。白兜はけっして、弱い男ではなかったのだろうから。
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刃向かってくる連中を仕留めつつ進む中にあって、ベリナスの居場所を掴むことができた。領地の外、しかしすぐそばに陣を張っているらしい。魔法を使えない範囲を恐れているのか、じつは父親のことが怖いのか、そのへんは知ったこっちゃないが、だから真意を問い質そうなどとも思わないのだが、まずは今の彼に会ってみたいとは考えた。会いに行こう――会いに行くことにした。
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ベリナスは鎧をまとっていなかった。焦げ茶色のジャケットに黒いズボンという、言ってみればいっとうラフな軽装、デートなんかにふさわしいような恰好。椅子に腰掛け、悠々と、あるいは堂々としていた。「今日はどうするんだ? というか、これからどうするんだ?」と訊ねてやると、「親父の首にまでは手が届かないかもしれないなぁ」とのんびり返してきた。
「そも、どうして親子喧嘩などしようと考えたんだ?」デモンは問う。「そこにある真意については、聞かされた覚えがない」
「王に飼いならされる格好で平和ボケを謳歌している愚民たちに今必要なのは、間違いなく闘争を是とする強い気持ちだ」
「否定はせんよ。ただ、自身の思想を他者にも押しつけるのは、あまり賢い手段とは言えないな」
「闘うことを忘れてしまったニンゲンに未来なんてない」
「そうかもしれないと言っている。真正直に信を問えば、より多くの支持が得られたのかもしれないぞ?」
ベリナスはゆっくりと首を横に振り、「それだと遅い」と言い切った。「俺が求めるのは、よりスピーディーな変革だ」と続けた。
「そういうイデオロギー的なものは他者に強要すべきことではないと言った」
「つくづく、あなたの口からそんな言葉を聞くことになろうとは」
「抜かせ。一般論でしかない」
立て。
デモンは顎をしゃくって、そう言った。
「俺を殺すと?」
「そうだよ、おぼっちゃん。目下のところヒトの命を絶つことくらいしか、楽しめるものがないんでな」
「少しだけ待ってもらえないか」
「命乞いか?」
「違う。先約があるんだ」
「先約?」
「果たし合いだ。ディー・シュターゼンという男だ。騎士をやってる」
思わぬところで、彼の者の名が出てきた。「先約だ」と言った以上、ディーはディーで、ベリナスと決着をつけたがっているということだろう。
「おまえが敗れれば、わたしはおまえと遊べなくなってしまうな。そも、申し入れを受ける理由は?」
「そうしないと、格好が悪い」
「勝てるのか?」
「負けないだろうと思う」
「なるほど。いい返事というやつだな」
デモンは小さく肩をすくめ、「コロンビーヌは? 殺さないのか?」と訊いた。
「現状、ありのままでいいと考えてる。でも、フレキシブルではいたい」
「賢いな。いっぽうで、王については失点が目立つ気がしてならない」
「それは見誤っているからこそのセリフだ。そう簡単には切り崩せない」
「だったらだったで、まあいいさ」と、デモン。「決闘に勝ったら連絡をくれ」と言うと、宿の名を告げた。「健闘を祈ってやる」とも伝えた。
「俺が負けたら笑ってくれ」
「笑わんよ。偉そうに物を言うな」
「手厳しいなぁ」
儚げな笑みを見せた、ベリナスだった。