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コロンビーヌの恋人であり、第三騎士団の長である男の名は、ディー・シュターゼン。真白のコロンビーヌとは対をなすような、ディーは黒い肌の人物だった。痩躯ではあるものの健康的な感がありありと窺えるのは確かで、エネルギッシュな男だなと感じさせられたのはのたまうまでもない。年齢は三十のなかばくらいだろうか。もっと若いかもしれない。
招き入れられた先は、兵の詰所。「水くらいしか出せない」と言うと、ディーは厳しい顔つきにはふさわしくないくらいの朗らかさで笑ったのだった。
「俺の可愛い恋人いわく、あなたはとても賢く面白いニンゲンらしい」ディーは言う。「見ただけではわからないな。ただ、べらぼうに美人さんだ。身体の凹凸もとびきりときてる」
「照れてしまうな」嘘だ、デモンは微塵もそんなふうにはちっとも思っていない。「ところでクーデターの話は? ベリナス王太子のことだ」
「無論、聞き及んでいる」ディーはあたりまえのように頷いた。「陛下と王太子との根深い確執は、民も知っているところなのかもしれない」
「確執というか、単に互いが嫌い合い、いがみ合っているというだけだろう? いかにも子どもじみた泥仕合だ」
つまらない話ではある。
――と言い、今度はディーは、脱力するようにして肩を落とした。
「べつにどうだっていいことなのだろうが、一応、聞かせてもらいたい」デモンはすっすと物を言う。「いよいよ内輪揉めが生じたとき、おまえはどちらにつくんだ?」
「俺は騎士だ。俺の主は陛下だ。とうに身を捧げている」
「だったらわたしはベリナスのほうに与するとしようかね」
「それはやめてくれ。あなたと敵対したくない」
「わたしが極めて強そうだからか?」
「それは真だが少し違う。あなたが女性だからだ」
ああ、そうか、そういうことを言ってくれる男なのか。
好感は持てるがそれだけだ。
こういう男は、早くに死ぬ。
「コロンビーヌが何か言うようなら、俺が考えを改めるようなこともあるのかもしれない。かけがえのない恋人の言い分なのだから」
「ラブラブな話は聞かされんでいい」鼻で笑ってやった。
「実際、あなたはどうするんだ? もし変に関わるようなら――」
「わかったよ、それは。とっとと国を出ろってか? 嫌だね。わたしはわたしなりに状況を楽しんでやるんだ」
「悪趣味だ、それは」
「やかましい。とはいえ、おまえに会えて良かったよ」本心である。「生真面目なニンゲンと話せたようだからな」
ディーは苦笑のような表情を浮かべると、それから右のこめかみを右の人差し指でぽりぽり掻いて――。
「なあ、デモンさん、きっと……いや、絶対に事は起こるんだ。まったく、やりきれない、寂しく悲しい話だよ」
「そうなのかもしれんが、ヒトの世とは往々にしてそういうものだ」
「……だな」残念そうに俯いたディーは、やがて顔を上げた。「あなたはまだまだ若いんだろう?」
「ああ、そうだ。ピチピチだよ」
「だったら道を誤るなとだけは忠告させてくれ」
「やかましいことだ。どれだけ大人物なつもりなんだ、おまえは」
デモンは椅子からすっくと腰を上げた。それに伴い、ディーは若干視線を上にやり、あらためて彼女の目を見つめてきた。
「何が正しいのかわからんのが闘いだ。誰が正義なのかわからんのもまた戦争だ。せいぜい楽しもうじゃあないか、団長殿」
「あなたの敵になるつもりはないと言ったつもりだ。なりたくないんだ」
「ああ、そうだったな」
デモンは心の底からげらげら笑いながら、無礼に場を去った。
自らが知りたいのはヒトの思いや思考の深淵なんだなぁと、あらためて感じさせられた。