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17-3.

*****


 退屈な時間を三日ほど過ごしたのだが、希望に沿ってもらったかたちで、コロンビーヌ・ソビエスキーとの面会の場が得られた。訪れた先は大きな住宅、建物だった。黒塗りで、屋敷なる単語がほんとうに良く似合う。すぐに門扉の脇の円形の小さな詰所から胡麻塩頭の老人が現れた。怖い顔をしていた。しかし、名を言い、用件を告げると、途端に柔和になった。連絡体制がきちっと機能したのだろう。まあ、それくらいはしてもらわなければ困る。



*****


 屋敷に招き入れられた。二階にあるその部屋は雑然としていた。書物があちこちに放り出されていた。活字中毒なのだろうと思わされた。悪いことではない。そこに窺えるのは趣味性と並行して勉強熱心さだと言えるものだから、むしろ感心させられたし、興味深いとも思わされた。何がどうあれ何かに没頭するニンゲンとは総じて面白いものだ。


「いいですよ、ベッドにでも腰掛けてください、コーヒーは? 紅茶は? 必要ですか? もしそうなら言ってください」


 といったふうに、矢継ぎ早に言った。せっかちな女なのかもしれない。結論を急ぐのは良くないに違いないが、話が早いニンゲンは素晴らしい。


 コロンビーヌ・ソビエスキー。赤いロングヘアに、赤い瞳の女だ。なかなかに魅力的な肢体をしているものの――実際はいくつなのだろう、口振りからすると幼いようにすら映る――どうでもいいなと思考をうっちゃる。椅子に座ると、ベッドの端に腰掛けているデモンに、しげしげといった感じの目線をぶつけてきた。「上から下まで真っ黒なんですね」などと、見ればわかることを口にした。「黒が好きなんでな」とだけ応えておいた次第である。


「それで、なんの御用なのでしょうか?」

「用という用はべつにない。ただ、大の付く魔法使いには会ってみたかった」


 コロンビーヌの表情はきょとんとしたものだ。そういうニンゲンなのだろう。やはり拙いのだ、精神的に。その無邪気さはじつに珍しいし愛おしい。きっと唯一無二なのだろうから。


「ジュピトリス様から言われました」

「わたしと会えと、か?」

「とても面白い女性だとだけ伺いました」

「その上で、わたしについての感想は?」

「カッコいいと思います」


 コロンビーヌは微笑んだ。


「国中の魔法使いの仕事、あるいは魔法の使用を妨げる。いったい、どういった仕組みなのかね?」

「えっと」と前置きしてから、コロンビーヌ。「あなたは達者だとお見受けします。だから、その問いについては答えるまでもないと考えます」


 めんどくさい口振りの女だな――と思う。

 だからこそ、言動については信用できるのだろうとも思う。


「それが私の力だったんです」

「了解だ。事情については、もう深くは問わん。王と契約しているそうだな」

「はい。国家に安寧をもたらしたいのであれば、私の能力を頼ることは決しておかしなことではありませんから」


 まったくもって、そのとおりである。

 魔法を禁止するというのは、そういうことだ。


「その効果範囲は?」

「この国を覆う程度が限界だろうと思います」


 そうなのかもしれない。

 その実績はある。


 しかし――。


「コロンビーヌ・ソビエスキーよ」

「なんでしょうか? といいますか、フルネームを呼ばれるとどきどきしてしまいますね」

「そのあたりはよくわからんが、ま、どうだっていい。一つ、情報を提供しておこうと思う。王太子のベリナスは国家の転覆を図っているぞ」

「その噂はしきりに耳にします」

「そうなのか?」

「はい」


 大きく頷いてみせた、コロンビーヌ。

 意外とあっさりした口ぶりだった。


「いいのか? その考え、願い、行動、達成されても」

「そうですね。ベリナス様が国を掌握されるようであれば、いったい、私は是とされるのか非となってしまうのか」

「悲壮感がない」


 苦笑のような表情を浮かべ、それから顔を俯けたコロンビーヌ。彼女は照れ臭そうに「てへへ」と右手で頭を掻くと、「いいんです、私は、ほんとうに」などと言った。


「いざとなったら、私は国を出ます。彼と一緒に……てへへ」

「彼?」

「恋人です」

「誰なんだ、そいつは?」

「第三騎士団の団長様です。私の自慢の恋人なんですよ、てへへ」


 てへへ、てへへと、ほんとうに照れ臭そうにする。


「そういうことがあってもいいんだろうが」とデモンは否定はしないのだが――。「というより、ベリナスが蜂起するのとは別次元であるべきだ。かけおちするつもりなら、今でもいい、とっととしてしまったほうが賢明だ」

「この国はやっぱり、おかしくなってしまうのでしょうか」

「わたしはそう考える。会って話をしてみた限りだと、ベリナスは本気であるように思えたからな」


 だったら私は見届けないと。

 殊勝な物言いだが、そこに蠢く思いや理由についてはわからない。


「わたしとしては、このような大きな国家が乱暴を働かれるのであれば、その画を拝見したいと考える」


 そこにあるのは真実であり、同時にまごうことなき事実でもある。


「コロンビーヌ、おまえの恋人に取り次いでもらえんだろうか」

「えっ、なんですか、いきなり」


 デモンは笑んだ。


「わたしは常に稀有な人格を目の当たりにすることを望んでいる。言ったろう? なんてったって、暇を持て余しているニンゲンなんでな」


 きょとんと首をかしげたのち、コロンビーヌは歯を見せて笑った。


「誘惑するのはナシですよ?」


 悪戯っぽいセリフには好感が持てた。


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