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王に会いたいなと考えたわけだ。だが、王というのは往々にして忙しいものだ。実際、すぐには会えないらしい。謁見を果たしたいというニンゲンで待ち行列ができているというのだ。ただ自分は――いろんな意味で――ただの謁見希望者ではない。そのへん、大きな門の前にいた鎧の衛兵に話した。「ベリナスの知り合いだ、それも親密な」と伝えても反応は鈍かったが、昨夜、じつは彼から頂戴した、彼に与えられた勲章の一つ――カラフルなワッペンが役に立った。披露するなり衛兵はぎょっとした顔を見せ、それから勝手口に消え――戻ってきた際には「お、お通りください」とのことだった。慌てていただいたようだが、慌てていただくことなんかなかったのに。――が、生真面目なニンゲンには問答無用で好感が持てる。奥ゆかしさこそ美学とすべきだ。
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赤絨毯が敷かれている、王の間。少々高い位置にある向かいの玉座に王はいて、見下ろされる現状は気持ちがいいとは言えない。ただ、刃向かったり暴れたりしようとは思わない。デモンは片膝をついて礼を尽くし、「面を上げよ。立ってもらってもかまわぬ」と言われた結果として、すっくと身体を背をまっすぐにした。
王の名はジュピトリスというらしい、ジュピトリス王――。白い髭も白い長髪も豊かだ。大したガタイに白衣をまとっており、唐突に、「なるほど。なかなかできるようだ」などと言った。なかなかできる? このじいさまがデモン・イーブルの何を知っているのか――というのはなかば冗談で、ジュピトリス王は只者ではなく、むしろなんだか達観していて、言わば超越者であるように映った。
率直に切り出すことにした。ベリナスには不義理を働くことになるのかもしれないが、なんでも面白いほうに転がったほうが上機嫌になれるというものだ。
「ベリナスはおまえを亡き者へと変え、国の実権を奪うつもりらしいぞ」
「なるほど」なんだかジュピトリス、深く合点がいったようで――。「勝てると思うのであれば、かかってくればよい。矮小な存在ではないつもりだ」
「そのとおりだ。おまえは強者だろう。ただ、戦士としてはどうなのかな?」
「私自身、戦争に出向いたことはない」
「だったら、やられるな」
「そうに違いない」
ジュピトリス王は苦笑を浮かべたり――はしない。
とにかく泰然としている。
「ベリナスのやりそうな物腰は確かなものだった。剣技なんかも達者なんだろう。一般的な意見を述べるとするなら、自慢の息子であっていいはずだ」
「剣技だけならなんとかなる」
「やられはしない、と?」
「ああ。この国では魔法が使えないのだよ」
いきなりなんの話だ?
そんなふうに思い、デモンは眉を寄せた。
「どういうことだ?」
「魔法の使用を抑え込むことで、我が国の治安を一定以上に保っているということだ」
「それはわかった。だが、魔法を使えなくするなどとは」
「そういうニンゲンは確かにいる。だから私は当該と契約を交わした」
「魔法が使えないようにする力か。それもまた魔法の産物だ。そうとしかありえない」
そのとおりだ――と、ジュピトリス王は深く頷き。
デモンは「領内では魔法を使えなくする。大した施策だ。それができるニンゲンが現れたのは僥倖でしかなかったことだろう。確かに、国の平穏を保つにあたっては行き過ぎているといえるくらいの反則技だ」と言い切るかたちで私見を述べた。
「そのニンゲンが、彼女が協力してくれているおかげで、今の国の繁栄は得られているのだよ。貴重な存在だ」
「その彼女とやらの名は?」
「それは今、重要なのか?」
「いいから答えろ、教えろ」
「コロンビーヌ・ソビエスキー」
女であるらしいが、なんとも大仰な名だと思わされた。
「住所を言え」
「答える義理や義務はない。が、私は知らんと言っておこう」
「しかるべき部署、ニンゲンに、問い合わせればいいと?」
「ああ。そうしてくれてかまわない」
礼などしなかったわけだ。
くるりと身を翻したわけだ。
「さて、どうかね」デモンは訊ねる。「大方、情報は出揃った。あいにく、わたしは特段意識することすらなく、この国を引っ掻き回すかもしれないが?」
「たった一人のニンゲン、しかも女にどうにかされるとするのなら、我が国の実力もその程度だということなのだろう」
「女うんぬんに言及すると、多様性が謳われる昨今にあって場違い感を生むというものだ」
「私は王だ。そして、男だ」
「はいはい、わかったよ」
デモンは顔の隣で右手をひらひら振りつつ、場を後にした。