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街を構成する石造り、その色合いは明るく、白い街といった印象だ。明るい雰囲気とは気分の良いものである。なんとなあくではあれどなんだか少なからずそれは気持ちをひょいとアゲてくれる。上空では小柄なハシボソガラスの相棒――オミ――が、カァカァ鳴きながら旋回している。暇さえあればカァカァ鳴くだけの阿呆な奴さんは暇なのだ。そのへん、デモンも似たようなものだ。暇が暇を呼んで暇だからこそあちこちに流れることを良しとしているのだから。重畳だとは言わないが、悪い日々、日常でもない。じつは最近、黒シャツの胸元が苦しく感じられるようになったことを幾度となく気にしている。デモン・イーブルはまだまだピチピチ、いっとう若いのだが、だからといっていまだに乳房は発達を続けるものなのだろうか。動くにあたっては邪魔だなと思わなくもない。が、つくづくかつ絶対的に魅力的な女性であろうとした場合、その言わば演出面においては、チチがデカいのはかなりアリだと思う、有利だと考える。胸が小さな女より大きな女のほうが、異性から好かれるのではないか、きっとそうに違いないと、ヘヴィでディープでダークでスピリチュアルでオーガニックなヤバいフェミニストにはタブーと言えるに違いない爆弾的文言を大いに投げ込んでおく――。シャツのボタンを一つ二つとあけ、ぱたぱた手を仰いで谷間に新鮮な空気を送り込む。まあ暑いわけだが、不快とまでは言えない環境である。大らかになったものだと考える。ニンゲン、かくあるべしだ。
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なんのあてもなく――それでも目的があるとするなら宿を探していたわけで、そんな最中にあって、前方から近づいてくる人影に気づいた、気づいた――否、だいぶん前から気づいていた。危険からは極力身を置きたいと常日頃から考えていた場合、当然、一定以上の一種の警戒心が芽生えるというものだ。先方は顔を前に俯けたまま、近づいてくるのだ。こちらに「避けろ」とでもいうのだろうか。それはあまりに横暴すぎやしないか。デモン・イーブルを前にしての行動であれば、それは万死に値する。どうあれ――ぺしょぺしょした様子で向こうから歩いてきたうら若き女史の頭頂部に、デモンはどーんと胸をぶつけてやった。我が身のことながら「きょぬー」の威力を思い知った。多少の抵抗などものともしない。接触した女が「きゃっ」と尻餅をついたから余計に際立った――のだが、デモンは速やかに手を貸し、女を立たせてやった。まずは礼儀だろうと考えて名を問うと、「ベ、ベリーです。ベリー・レノです」とどもりかげんの言葉が返ってきた。目はしっかりしている、物腰も。弱くはない女だろう。むしろしっかりしている。
「話くらいは聞いてやろうと考えるが、どうかね?」
「話、ですか? しかも、どうかね? ですか?」
デモンはくつくつと喉を鳴らした。「オウム返しにするな。笑える」と実際、笑ってやった、そうそう面白がるようなシーンでもないし、楽しむシチュエーションでもないのだが。「くどくなるが、何か悩んでいるようだな。そんなふうに感じられてしょうがない」と告げた。
「笑われる意味が、よくわかりません」口を尖らせた、くだんの女。「あなたは何かの専門家なんですか? 質問です。答えてください」
「おおぅ、いいな、その勢い。はなはだがっついてくるじゃあないか」
「そんなつもりはないですけど」
「専門家うんぬんはまるでわからんが、なんだかわたしは劣勢だ」
「ぶつかるまで前を見ていなかったのは事実です。申し訳ありませんでした」
「謝らなくていい。ところで、おまえは何か捌け口を探しているように映る」
黒い髪を後ろできちんときちっと縛っており、深く透き通るような紅茶色の瞳をしている女は目をぱちくりさせ、「いいんですか?」と訊ねてきた。「いいんだよ」と答えてやる。「だったらごめんなさい。いろいろなルートを整理したいと考えていたところなんです」などと言い、不躾にも爽やかにも、女は苦笑してみせたのだった。
語りだしたのである。
「先頃、一人、女性の死体が発見されました」
「先頃とは? 女性とは?」
「三日前のことです、女性の名はミサキ・ファーウェイ」
「どうやって殺されたんだ?」
「『打撃の魔法』とのことです。直接的に拳や目に見える鈍器をを浴びせた結果ではないというのが、警察の公式的な見解でもあります」
打撃の魔法?
そう思い、デモンはつい首を左にかしげた。
それから「まあいい。肝心の容疑者の名は?」と問うた。
「リオネス・ユズリハ。アレハンドロ・ユズリハ議員の長男です」
「ほぅ。だとすると、そのユズリハとやらは名家なのかと伺いたくもなるな」
「名家ですよ。アレハンドロ氏は与党の幹事長です。スキャンダルを嫌います」
「イレギュラーを望まんのは政治家に限らず、どのニンゲンだって同じだ」
「私はなんとしてもリオネスを検挙したいんです」
「だからそのへん、ユズリハの親父殿が拒み、阻むんだろう?」
闘わないと――。そうだな。勇気は観念的に尊い美徳と言える。勇気とは、得難いパワーと言える。リオネスか、ユズリハ、か。目下の行事として扱い、遊んでやるには、面白い存在なのかもしれないなと思ったりする――思ったりした。