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15-8.

*****


 階段を下り、やがて至ったのはベサリウス地下墓地の最深にして最奥らしい。どうして、言ってみれば、誰にも退路など存在しない空間に、ジャスティンのことを呼び寄せたのか――ネガティブな要素しか垣間見えない。ベサリウス地下墓地。一時期、かつての王らが埋葬されていたとどこかで誰かから聞いたが、それだけだ。墓地はもはや形骸化していて、だからどのように使ってもよいのだろう。寂しいな、息絶えた歴代の王どもよ。死体となっても威厳が保たれるなどとは、くれぐれも考えるな。愚かだぞ、それは。


 なおも赤土、なおも天井の高い空間にあって、向こうの壁にノーラ・ベルクが背を預けている、腕組みをして不敵な笑みを浮かべているのは言ってみれば余裕の表れか。長い紫髪の美女であることは相変わらず。紫色の瞳には色っぽさが窺える。全身、どうにもエロい身体つきをしていて――。深いスリットの紫色のワンピースをまとっている。彼女にとっては戦闘服なのだろうか。どれだけの実力を有し携えているのかはまるで見当もつかない。――まぁ、その程度の興味でしかない。深く分析するのは面倒だ――ということでもある。そのへん、デモン・イーブル様だ――ということでもある。


「いろいろ、伺いました……」ジャスティンの声の響きは情けない。

「そうよ、ジャスティン」ノーラは微笑んだ。「改めて、かしら。あるいは何度だって言うわ。私は殺しを生業とする部隊の指揮官で、あなたのパパまで手にかけたのよ」

「そんなこと、どうだっていいんです。どうだっていいから、僕たちが争う理由なんてないはずです」

「それでは私の気が済まない。裏を返せば、ジャスティン、おまえに勝てば、私の未来への展望は、ひらける気がする」

「ノーラさん……」

「坊や、いいからかかっておいで。あなたはただの魔法学園の学生。だけど私は列記とした軍人なのよ」


 ジャスティンは無言――地を蹴った。瞬く間にノーラへと迫り――。しかし、ノーラはジャスティンが生成し、振り下ろした魔法のナイフの刃を事も無げに左の前腕で受けた。どうやら身体を強化する硬化させる――そんなすべを心得ているらしい。実力に差がありすぎるのは明白だ。勝てないよ、ジャスティン、おまえは。しかしそんなことどうでもよくて、わたしは傍観者でしかないのだがなと思う。だから手助けはナシだなと考える。ただ、ジャスティンが敗れるようなことがあれば、ノーラのことはぶっ殺してやると決めた――それは厳然たる蓋然性を伴った隙のない決定事項だ。


 左の前腕がないのは意外と不自由なのかもしれない。ナイフを振るうたび、ジャスティンはバランスを崩しそうになる。それでも立ち向かうことをやめないのだから「立派」――と、表現すべきだろう。


 ノーラの背後に幾つもの白い球体。それらは円を描くように展開され、その球から放たれた光線がジャスティンを襲う。マスターが見せた魔法だ。察するに、マスターができることはなんでもできるのだろう。だからこその指揮官。若くして、凄腕のマスターに認められた逸材。まだまだのびしろを抱えた兵、使い手、女――。


 白い光線がジャスティンの箇所を幾つも幾つも貫いた。勝負ありかな? そう思う。しかしジャスティンは踏ん張り、膝をつくことすらせず、突進した。なんの策もない、ただただひたすらに接近戦に持ち込もうとする、するとだ、どこかのタイミングで諦めたのか、それとも「もういいや」と割り切ったのか、とにかくノーラは動きを止めたのだった。ジャスティンに組みつかれた――というより、抱きつかれたノーラは驚いたふうに目を大きくし、それから安らかな表情を浮かべた。母性すら感じさせる、健やかな笑みだった。


「ノーラさん、もうやめましょう」

「そうね。もうやめてもいいのかもしれない」

「だったら――」

「けれどね、ジャスティン、おまえがここにいるということは、私はすべてを失ったということに違わないんだよ」

「謝罪しかできません」

「それは素敵なことよ」

「謝罪しか、できません……」


 ノーラは「ベンの奴は天国でも元気かなぁ」などとぽんと言った。あるいはノーラとベンは結ばれるべき間柄だったのかもしれない。ただ、ベンは弱いから敗れたのだ。その事実は誰も覆すことなどできない。


 ジャスティンとノーラはまだ抱き合っている。


「私はよく生きたと思う。汚れ仕事ばかりだったが、それはそれで良かったんだ。そこに理由はない。仲間とともにいられたことが、私にとってはなによりの財産なんだよ」

「僕はどうしたらいいですか?」

「頼むよ、ジャスティン。私の最後のわがままだ」


 次の瞬間、ノーラはジャスティンの背を、魔法のナイフでもって、深々と刺したのだった。ジャスティンは一つの声すら上げず――ますます強く、ノーラのことを抱き締めたように見えた。


「いいですよ、ノーラさん。僕はあなたと一緒に死にます」

「巻き込んでしまって、すまない」

「大好きですから。これは純愛です」


 来世。そこで二人が出会うようなことがあれば、そのときは幸せになっていいのかもしれない。安易な感想でしかないが――。


 二人は同時に両膝を地につき、抱き合ったまま、絶命した――らしい。


 デモンは愚かな両者のもとへと歩を進め――なんだか互いに身体を預け合っている様子が滑稽に見えたものだから、死体になった二人を炎で焼き尽くして炭に変えた。ヒトが焼け、焦げる匂いが、案外、デモンは嫌いではない、香ばしい焼き肉の匂いと大差はないように思う。


 今回の一件、登場人物は軒並み馬鹿ばかりだった。

 それでもみながそれぞれの希望を達成したように思う。


 だったら、良いではないか。

 恐らく誰も、不幸になっていない。


 愚か者に幸福を。

 ダメ人間どもに祝福を。


 腹が減った、喉が渇いた。店を探そう。うまいビールをジョッキで出す豪快な店がいい。豚の角煮なんかが、うまい店がいい。


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