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地下墓地、あるいは王らの墓の地下の二階だ。白い髪はオールバック、左目には黒い眼帯、巨躯の彼はベン――根っからの軍人とのことだったなと思い出す。とっくに中年に片足を突っ込んでいるのかもしれないが、外見自体は若々しく、またエネルギッシュだ。腕力に秀でていることだろう。脳まで筋肉に違いない。愛おしいのが脳筋である。ぐだぐだぐだぐだしゃべり散らかす男なんかより、かなりすごく、よっぽど尊い。
空間の中央に、ベンは堂々と座っていた。納得したように「来たか」と言うと、「よっこらせ」と立ち上がった。真っ先に「マイケルは? 殺したのか?」と訊ねてみせた。ジャスティンは何も答えなかった。ただ、口惜しそうな表情くらいは浮かべた――。
「ベンさん」
「なんだ、少年よ。いや、俺たちの絆はきょうだいのそれと言って差し支えないのかもしれないな」
「そうですよ。そんな関係なのに、僕たちはほんとうに、戦わなきゃいけないんですか?」
「はて、そのへん、どうなんだかな」
「だったら――」
「冗談だよ。残念ながら、俺たちはもう、殺しには飽いたんだ」ベンは穏やかに笑んだ。「最近、悪い夢をよく見る。俺が、俺たちが殺した連中の怨念が、言ってみりゃあ、やり返してやがるんだろう。もういいんだ。俺の人生は、もう十分だ。もう十分にやり遂げた」
まるでやりきれない――ジャスティンはそんな顔をして。
さらには俯き、深々とした吐息をついて。
「ベンさん、あなたは、ノーラ様のことが好きなんですよね?」
「それは間違いねーな」ベンは朗らかに笑った。
「だったら――」
「また、だったら、か。なんだ? きっちり告白でもして結ばれろってか?」
「それって間違いですか?」
「間違いじゃねーが、おまえだって、中佐のことが好きなんだろう?」
「それは……」
ケリ、つけようじゃねーか。
ベンは笑みとともにそう言うと、両の拳を胸の前に掲げ、構えた。
もはや問答無用。
デモンはまた観客に徹するべく、端にまで歩を進め、赤土の壁に背を預ける格好で腰を下ろした。
「おやおや、いいのか、デモンさんよ。ジャスティンが死んじまうぜ?」
「ジャスティンが負けたら、そのときはじめて、わたしがじきじきにおまえを殺してやろう」
「なら、くれぐれも準備体操をしたほうがいい。だってよ、すぐに終わっちまうからな、ははっ!」
まったく、至極、自信過剰な男である。まあ、そう述べるに値するだけの能力と実績があるのだろうが。――否、自らのロールというものを痛いほどに熟知しているがゆえの論――。
「デモンさん、僕がやりますから、手を出さないでください」
「めんどくさいことはせんと言ったつもりなんだがね」
ベンさん。
そんなふうに、悲しげに静かに、ジャスティンは呼びかけた。
「ほんとうに、あなたたちが今のままで、僕はそれで、良かったんです」
「今のままがいいってことは、おまえは殺し屋の俺たちを受け容れるってことだ。そいつは矛盾だろう?」
「いけない矛盾ですか?」
「いけないってことはねーさ。ただ、良くはねーよ」
「何をおっしゃっているのか、僕にはわかりかねます」
「それでいい。わからなくていいから、おまえは俺をブチ殺してみせろ!」
巨躯のくせに、地を蹴る音は静かだった。あっという間にジャスティンの眼前に迫り、左のフックから右のボディブロー。両方もらったジャスティンの細い身体は向こうまで吹っ飛んだ。背と壁とが激突し、破滅的に破壊的な重低音が響き渡った。デモンは良く通る声で「代わってやろうか?」と訊ねた。両手両膝をついた状態から、なんとかといった感じで立ち上がった、ジャスティン。左の口の端から顎にかけて血を流し、痛む表情をみせるあたり、左の肋骨は折れたのかもしれない。それでも戦闘を継続しようとする。ジャスティンは魔法使いだ。渦巻く炎をゴッゴッゴッと連続で放つ。放つことで間合いを保とうとする。ベンの動きは速い。いずれもすんでのところでかわして、とっとと距離を詰める。すでに右の拳を構え、攻撃については万全の態勢。引き絞ったアレをまともに顔面に食らったら、たぶん、死ぬ。手助けするのは簡単だが、それはせず、行方を見守ることを決める。――ジャスティンがなかなかの動きをみせた。素早く浮遊したのだ。ベンの右ストレートは空振りに終わった。ベンに向け、上方から氷の刃を無数に降らせるジャスティン。細かなそれらはいずれもイイ感じで突き刺さったが、しかしそこは頑強さが売りであるらしいベンである。刃を立てられながらも飛び上がると宙において、改めて、ジャスティンに拳を振るおうとする。しかし、次の瞬間、雌雄は決した。ベンの後方に出現したドリル状の氷が、やや乱暴に、彼の身体を背から貫いたのだった。
ベンはどっと前に落ち、ジャスティンはふわりと下り立った。すぐに息を整えるあたりにジャスティンの才能、ひいては力量のほどが窺えた。強いのだ。やり手が相手といっても、そんじょそこらには負けはしないくらい。
ごろりと仰向けになったベンのそばで、ジャスティンは片膝をついた。マイケルのときと同様、二言三言かわしたようで、だがやはり内容までは聞こえなかった。ベンは愚かだなと思わされた。好きな女がいるのなら添い遂げることに注力しても良かっただろうに。世の中、ほんとうに、阿呆が多い。まあ、そんな阿呆が、デモン・イーブルは嫌いではないのだが――。
ジャスティンは近づいてくると、にこりと――悲しそうに――笑った。デモンは立ち上がり、迎えた。
「あばら、イッたんじゃないのかね?」
「きっとそうです。痛いです。ああ、回復魔法が使えたらいいのになぁ……」
回復魔法――すなわち、怪我を治す魔法。そんな便利なものが使えるニンゲンなんて聞いたことがない。ヒトの命は一方通行。時間は前に進むだけで後退はしない――とでも表現すれば良いのだろうか。
「悲惨だな」
「何がですか?」
「慕ってやまない連中と、死を前提に、おまえは向き合わなければならない」
吐息をつき、苦笑のような表情を浮かべた、ジャスティン。
「ここまできたら、もうどうしようもありません。先に進んで、行き止まりまで進んで、答えを見い出すよりほかにありません」
がんばれがんばれ、せいぜいがんばれ。
デモンは心の中でそう告げた――それはもう、とことん、ひどく、いいかげんに。