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デモンは「おやまぁ」と少し呆れ顔。ベサリウス地下墓地、赤土の洞窟、その出入り口――こざっぱりしているといえばまだ聞こえはいいが、じつはそうではなく、粗末でこじんまりとした迫力に欠けるものだ。ということもあり、誰も管理していないような印象を受けた。それでもこしらえられた墓場であるわけだ。誰を弔おうというのか。そのへん謎のまま――謎だったから、デモンはジャスティンに「どこの誰を埋葬しているんだ?」と訊ねた。「旧王でした」との返答があった。
旧王?
でもって「でした?」、過去形?
「一昔前に別の場所に変更されたんです。そちらは旧王慰霊塔といいます。だから、この地下墓地は名残りとしてあるだけで、形骸化していて」
なるほど、どうりで寂れ尽くしているわけだ。にしたって、ここまでほったらかしになるものか。そのへんはなはだ疑問ではあるものの、事実がそうであるならば、受け容れるより他にないわけで――。
階段を下りるかたちで歩を進めると、やがて広い場に至った。赤土の天井と地面であることに変化はない。にしても、人工である感がありありと窺える、いっぷう変わったフロアだ。なんだかよくわからない作りと言える。細くない柱――すなわち遮蔽物が少なくない――その陰から攻撃を加えられるとそれなりに厄介だろうと思わされる。
声がした――響いた。開けっぴろげな当該空間に響き渡るだけで、その方角自体ははかりかねた。しかしどこかで聞いた覚えのある声で。すぐにジャスティンが判別した。「マイケルさん!」と発し、「どういうつもりですか!!」と叫ぶように声を大にしたのだった。
「おまえは父親の仇討ちがしたいんだと聞いたぞ、ジャスティン! 要は中佐をやっつけたいんだろう!!」
「違います! 僕はそんなこと、望んでません!」
「だったらどうしてここを訪れたんだ?」
「それは……」
このタイミングで、マイケルは軽んじるように笑った。そこにはなんの意味が? などと考えていると、マイケルは「じつはなぁ」と切り出したのだった。
「じつは、おまえの父親には愛人がいたんだ。知っているか?」
ジャスティンは小さく頷いた。その事実についてはあまり快くは思っていないようだが、その事実そのものについてはやむを得ないとでも割り切っているのだろう。
「夜、奴さん――王の寝室に侵入したのは中佐だ。その折、殺したのは、王だけじゃないんだよ」
「えっ」かなり驚いたように目を大きくした、ジャスティン。「どういうことですか?」
「王の愛人は王の子を生み、中佐は愛人と子すら殺したんだ。なぜかって? その場にいたわけだ。騒がれると厄介――面倒だったということさ」
ジャスティンはますます目を見開き、それから愕然とした声で「そんな……」と呟いたのだが、のち、「やっぱり……」と口惜しそうに悟ったように発し――。
「残念ながら、世の中はそんなに甘くない」相変わらず、マイケルの声の方角がわからない。「おまえを含めた本国のニンゲンは、こっちのニンゲンと仲良くしているつもりなのかもしれない――それだけだ。おまえの国を憎むニンゲンは確かにいるんだよ」
……出てきてください。
絞り出すように、ジャスティンは言い――。
「おまえの隣の女性――デモンさんだったな、彼女の力量がはっきりしない以上、そう簡単に姿を晒すわけにはいかない」
「怖気づいたんですか?」
「どう捉えてもらってもかまわないさ」
二人のやり取りを聞いているのにはいささか飽いた。自らに危害が加えられるようなら一考の余地はあるのだが、現状、その不安、心配はなさそうだ。ゆえにデモンは歩み、壁に背を預ける格好で腰を下ろした。「わたしは見守ることにする。見ているだけだ。とっとと殺し合ってみせろよ、お二人さん!」と両者にはっぱをかけた。「こんなこと、僕は望んでいません!」と叫んだ、ジャスティン。対して、「遅かれ早かれこの日は来た。おまえはいい奴だから、俺たちはケリをつけたいし、ケリをつけなくちゃいけないんだよ!」というのがマイケルの言い分だ。マイケルだって裁かれたがっている。とはいえ、ただでは沈まないはずだ。自分たちを断罪するにふさわしいのか見極める――それくらいはするはずだ。でなければ、そこに気遣いが生じてしまえば、誰もが納得のいく解は得られないに違いないのだから。
ジャスティンからすればあさっての方向からのことだったに違いない。小さな隕石のような赤い火の玉が、ジャスティンの右の斜め上方から迫ってきたのである。しかし鋭い動きだ、ジャスティンは分厚い氷の壁を発生させることで火の玉を遮ってみせた。言ってみれば魔法の応酬。その様子をデモンははたから眺めているわけだが、マイケルの位置は重ねてわからない。どの柱かに隠れているのは間違いないのだが、そのへん気取らせないあたり、彼の能力は確かなものなのだろう。まあまあの戦士と言える。が、ジャスティンはもうやると決めたのか、派手な行動に出た。乱暴な魔法――見えない打撃によって、どの柱もたちどころに破壊してみせたのだ。柱を壊してしまうとこのフロア自体が瓦解――押し潰されてしまうかもしれないというのに。大した度胸だ。賞賛に値する。褒め称えてやろうと考える。
遠くの柱の陰に隠れていたらしい。もはや、言ってみれば盾を失ってしまったマイケル――三十路くらいであろう襟足の長い茶髪の彼は、右手を前に広げてみせた。渦巻く炎がゴッとジャスティンに襲いかかる。ジャスティンは瞬時に反応、最低限の動きで左方によけ、マイケルへと突進する。そのうちいよいよ接近し、ジャスティンはマイケルのすぐ目の前に堂々と立った。静かな時間、二人は向き合ったまま動かない。穏やかに、なんらか会話をしているようだが、少々距離があるので内容までは聞こえない。
まもなくして、マイケルは自らの右手を右の側頭部に当てた。妻もいるのに子もいるのに、マイケルは氷の刃で自らのこめかみを貫いた――前のめりにどっと倒れ込む。
ジャスティンが近づいてきた。デモンは「何を話したんだ?」と訊ねた。「精一杯生きろ、でした」と当然ながら暗い顔をするジャスティン。
「わからんな」デモンは言う。「父親が、王が殺されたことについて、少なくともおまえはなーんとも思っていない。なのにどうして奴さんは罪の意識に苛まれたのかね」
「全部言わなきゃわかりませんか?」
「ほぅ。坊やのくせに突っかかってくるじゃあないか」
「たぶん……ですよ?」
「なんだ?」
「そこにあるのは、疲労や悲しい思いなのだと思います」
それなりに合点のゆく答えだったので、「かも、しれないな」と頷いた。
「大っぴらにしろ、大っぴらでないにしろ、彼らは多くを殺してきたんだろう。ああ。気の小さなニンゲンであれば、後悔の念にばかり晒されるのも無理はない」
「気の小さなニンゲンではないと思います。みなさんはきっと、いいえ、絶対に優しい――」
「どうでもいいな、そのへんの解釈なんざ」
デモンは腰を上げ、地下へと続く階段があるのだろう、そちらへと足を向けた。彼女自身、今回はひたすら傍観者だなと思う。これはあくまでもジャスティンなる少年の物語――一幕だ。