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街中――くだんの飲み屋の前には白髪をオールバックに流した大男が立っていた。左目に黒い眼帯をしている様がなんとも危なっかしく物々しい。ジャスティンを見つけるなり、大男は「よぉっ!」と大きく手を振った。かなりデカい声だ。乱暴な外見のとおり豪快な人物らしいと知る。
先輩を待たせてはいけないと思ったのか、すぐにジャスティンは駆けだした。大男の前に至るとぺこりと頭を下げた。「いいんだよ、いいんだよ」と言って、大男はジャスティンの両肩を両手でばしばし叩く。ほんとうにパワフルで、わかりやすい脳筋馬鹿らしい。
デモンがジャスティンの隣に追いつくと、大男がしげしげと見つめてきた。
「ジャスティン、誰だ、この美人さんは。おまえはとんだ女たらしだったのか?」
「違いますよ」苦笑いのジャスティン。「つい先日、知り合ったばかりなんですけれど、ベンさんの話になって、ベンさんに会うというと、ぜひ連れていけとおっしゃって」
「ほぅ」大男――ベンさんとやらは顎に手をやった。それから「光栄だ。見る目があるな」と述べ、デモンに握手を求めてきた。
「ベン・ランドだ。髪が白いのは生まれつきだ。あんたが感じているよりは、俺はきっと若いだろうよ」
握手には応えてやった。
「デモン・イーブルだ。よろしく頼む」と彼女は礼を尽くす文言を放った。
「清々しい挨拶なこった」ベンは朗らかに笑ってみせた。「店に入ろう。俺は早いところビールにありつきたい」
見た感じのとおり即物的な男だなと思いつつ、店内へと踏み入るベンに続いた。
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「まさかこんな美人さんに会うとは思わなかったから、汚い格好で来ちまったよ」ベンは「がはは」と、小事にはこだわらない雰囲気でいきいきと笑った。「ねえさんよ、俺だって、普段はもっとイケメンなんだぜ?」
そんなことはどうでもいいので、デモンはビールで喉を鳴らすと小さく肩をすくめてみせた。
「ベンさん、マイケルさんはどうしたんですか?」とジャスティンが訊いた。
「知ってるだろ? 赤ん坊が生まれてから、すっかり付き合いが悪くなっちまった。だったら今夜も来るだなんて言うなって話なんだが」
マイケルとやらは妻子持ちなのか――と、新しい情報を得た。結婚しているニンゲンはある程度、まともなものだ。きっとマイケルとやらもそうで、だからこのたびだって家を大切にしたのだろう。
「ところでだ、ベン」
「なんだ? ねえさん。つーか、いきなり呼び捨てなんだな」
「おまえは普段は何をしている?」
ベンは眉を寄せ、小さく首を右に倒した。
「そのへん、重要なのか?」
「興味本位だよ――と言いたいところだが、ああ、わたしにとっては重要だ」
今度は左に首をかしげた、ベン。
「べつに隠すようなことでもない。俺は軍人だ。根っからの、な」
そんな物腰ではあったので、驚いたりはしない。むしろその巨躯からして、そうあるべきだとすら踏んでいた。
「やるんだろう? おまえは」
「その自覚はあるんだが」ベンは右手で後頭部を掻いた。「戦争という戦争は、最近、ないからな」
「それはどこかで耳にした」
「だろう? 後進の育成が、もっぱらの仕事だよ」
「ほんとうにそれだけか?」
「なんの話だ?」
「おまえの身体は血の匂いをまとっているように映る」
ベンがにわかに目を見開いたのがわかった。一瞬のことだったが、確かに驚いてみせたのだった。
「言ったぜ? どう言われたって、俺は軍人でしかない」
「ベルク卿とは? 付き合いは長いのか?」
「ノーラとは長いさ。いろんな任務、環境を共にしてきた」
「上司と部下。それだけの関係なのかね?」
「何が言いたいんだ?」
「たとえばだ、ベン、おまえはノーラに惚れているのではないのかね?」
えっ。
そんなふうに声を上げたのはジャスティンである。
「ベンさん、そうなんですか?」
「無粋だな、おまえも。そのへんは知らなくたっていい」
「でも――」
「知らなくていいんだよ、ジャスティン」
「わかりました……」どことなくしゅんとなったジャスティンである。
「さらにたとえばだ、ベン」
「なんだ? ねえさん。しかし、あんたは飲みっぷりがいいな」
「おかわりを頼んでも?」
「いいさ。今夜は全部、俺のおごりだ」
デモンは手を上げて店員を呼び、追加のビールを注文した。
「話を進めよう。ベン、おまえがノーラに惚れているのだとすれば、その感情が任務に影響を及ぼすことはないのかね?」
「ない」
「言い切るか」
「俺だってプロだ。仕事に私情は持ち込まないさ。あたりまえのことだ」
あるいは不意打ちかもしれない。デモンはベンに「ほんとうに、教官だけが、おまえの立場なのかね?」と訊ねた。
「何が言いたい?」と、ベンは難しい顔をした。「なんだかよくわからねぇが、あんまりしつこいと嫌われるぜ?」
「それでもおまえは胡散臭いんだよ」
黙り込んだベンは、ややあってからビールをぐびぐび口にした。大きなげっぷをする。デモンのことを睨みつけてくる。
「胡散臭いって、俺になんの疑いをかけているんだ?」
「言葉どおりの意味でしかない。事実については、べつに明かさなくたっていいさ。じつのところ、さほど興味をそそられる事柄でもないからな」
ねえさんは性格に問題を抱えているようだ。
ベンはそんなふうに無礼なことを言ってくれて。
「おまえとノーラが同じ軍人だというだけで、それは有意義な情報と言える。せいぜい主人に尽くすことだな」
デモンはぐいとジョッキを空けた。
「ベン殿、楽しい一席だったよ。今夜はよく眠れそうだ」
「なら良かった」ベンは笑った。「ねえさんにはまた会いたいな」
「また会うことになる。そんな気がしてならない」
「ジャスティン、今からでいい。マイケルを訪ねてやってくれないか?」
「いいんですか? 時間的にご迷惑になるような気が……」
「おまえは降って湧いたような存在だが、俺たちは強い絆で結ばれた仲間だろう?」
ジャスティンは目をしばたいてから、穏やかな顔。嬉しい。そんな色合いが明らかに滲み出ている表情。ベンにしろジャスティンにしろ、素直なのだろうと思う。
「わかりました。マイケルさんの家にお邪魔します」
「ベンがよろしく言っていたと伝えてくれ」
デモンが椅子から立ち上がると、ジャスティンも続いた。眠気を感じている現状ではあるが、マイケルには会ってみようと考えた。
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マイケルの家は集合住宅だった――平均よりちょい上と思しきアパートメント、しかも最上階の角部屋。よって、それなりの給料を得ているであろうことが否が応でも窺い知れた。ジャスティンが戸をノックすると、まもなくして男が顔を出した。無軽快だなと思う。人がいいであろうことが知れる。襟足の長い茶髪。端正な顔立ち――モテそうである。年齢は三十程度といったところだろう。
「やあ、いらっしゃい」男はにこりと笑った。
「夜遅くにすみません、マイケルさん。ご迷惑でしょう?」とジャスティンは言い。
「いいんだ。おまえなら大歓迎さ。っていうか、そもそも約束しておいて顔を出さなかった俺が悪いんだからな」マイケルさんはきちんとしたニンゲンのようだ。「で、そっちの美人さんは?」
「デモンさんといいます」
「いや、名前はいいんだ。どうしてジャスティン、おまえと一緒にいるのかって聞いてる」
「成り行きです」ジャスティンの表情はきっと苦笑い。「たまたま知り合って、たまたま気が合って、デモンさんは僕に興味があるとおっしゃるので、こうして行動を共にしています」
「下衆の勘繰りはしないつもりだ」デモンは右手を差し出す。「よろしく頼むよ、マイケル殿」
「大物感たっぷりなんだな」目を細め、マイケルは握手に応じてくれた。
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ダイニングテーブルに通された。部屋の間取り等から、やはりそれなりにいい暮らしをしているような印象を受ける。紅茶を出してくれた。香りを嗅いだだけで良い物だと知れた。マイケルはテーブルを挟んでジャスティンの向かいに座った。「女房が子どもを寝かしつけてるところなんだ」ということらしい。静かにしてくれ静かに話そう――というわけだ。
「やっぱり、赤ちゃんはかわいいですか?」
「そりゃあな。おまえにもいずれわかるさ、ジャスティン。でも、中佐のことが好きなうちは、赤ん坊は難しいかもなぁ」
ジャスティンが顔を真っ赤にした。
「マ、マイケルさん、僕はべつに、ノーラ様のことは――」
「嘘つけ。はたから見てても丸わかりさ」
ジャスティンはますます――耳まで赤く染めて。
「ただなぁ、ただなぁ」と言いつつ、マイケルは腕を組み。
「ただ、なんですか?」とジャスティンは訊ねた。
「いや、ベンの奴がなぁ……って、それはどうだっていいか」
「いえ。ベンさんの思いを無視するわけには――」
「無視したっていいんだよ。それが恋路ってもんだ」
マイケル氏ははっきりと物を言う性格らしい。
黙りっぱなしもなんなので、デモンはすっと右手を上げた。
「いちいち手を上げるだなんて大仰だな。好きにしゃべってくれていいのに」
「マイケル、おまえの職はなんだ?」
「警察官だ。刑事だよ」
「警察官――刑事が、どうして軍属のノーラとベンと知り合いなんだ?」
顎に右手をあて、少々考えるような素振りをみせたマイケル――は、デモンが強い視線をぶつけてやると吐息をつき、観念したように「俺は警察官であると同時に、軍人でもあるんだよ」と打ち明けた。
「兼業か」
「そんなところさ」
「プライオリティは? どちらが高い?」
「そりゃあ、ノーラ中佐が大事さ」
「どうして大事なんだ?」
「彼女が魅力的だから、かな」
「合点のいく返しだな」
その回答が得られただけで、ここを訪れた甲斐があったように思う。
「マイケルよ、ノーラの部隊には、残り、何人いるんだ?」
「二人だ」
「名前を教えてもらえるかね」
「ヘレナとマスターだ」
「ヘレナは平凡な女性の名前として、マスターとは?」
「そのうち、きっとジャスティンが話すさ」
「わかった。急ぎでもないから、のんびりやるさ」
デモンが顔を向けると、ジャスティンは「明日の夕方、お連れします」と応えた。日中は魔法学園の授業らしい。せいぜい励むべきだ。型にはまった、きちんとした魔法使いになりたいのであれば。
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翌日、 約束の時間を迎え――。
街を行きながら、デモンはジャスティンに「ヘレナ、あるいはマスター、どちらのところに向かっているんだ?」と訊ねた。
「お二人は普段、一か所にいます」
「どういうことだ?」
「揃って司書なんです」
「ほぅ。で、そこはデカいのか?」
「はい。この国において最大規模の図書館です」
大きな図書館ので働く司書。
きっとヒトとしての能力は高いのだろう。
にしても――。
「司書がどうしてノーラの部隊にいるんだ?」
「ヘレナさんは数奇な運命としか。いっぽうで――」
「マスターといったな?」
「はい。マスターはその名のとおり、ノーラ様の師匠なんです」
「ノーラ中佐に殺しの術を叩き込んだ?」
「そうだと聞かされました」
面白そうな話だと思い、デモンの歩幅は広くなった。空を仰ぐと、オミの奴が旋回していた。「カァカァ」鳴いている。「暇だ、暇だーっ」と発しているように感じられた。
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彼らの居場所は図書館の地下だった。天井の高い広い空間には所狭しと棚が居並んでいて、本はびっしりと詰められている。目当ての物を探しに来ている者も少なくないであろう中、ジャスティンの先導のもと――顔のしわの深さからして老人であろうが、短い髪も長い顎髭も黒々としている男のところに連れられた。ジャスティンは「マスター、ご無沙汰しています」と言い、丁寧に頭を下げた。いっさい表情を崩さないまま、「久しぶりではないな」と応えたマスター。いくつくらいだろう。七十は迎えているように見える。
デモンは挨拶をすることもなく、「どんな仕事なんだ?」と率直に訊ねた。すると老人は「慣例的としか言いようがないお役目さ。ここは国会図書館なんだよ」と返してきた。なぁるなるなると、一気に合点がいった。無駄な業務に従事していることが深く理解できた。
遠くから「おーい」、そんな高い声がした。そちらを向くと、肩までの茶髪――女が走ってくるところだった。も一度「おーい」、掲げた右手を振ってみせる――すぐそばまで駆けてきた。「こんにちわぁ」と柔らかに挨拶をくれると、それから老人――マスターのほうを向いた。ああだこうだと会話する。話が終わったところで、改めて目を向けてきた。結論として、敵対的とまでは言わないが、なんだか不審げに観察してくれているのはわかる。しかし、ジャスティンに「ヘレナさんです」と紹介されると、案外あっさり笑顔を見せてくれた。案外あっさり、防御を解いてくれたようだ。
デモンは「ヘレナもマスターと図書館を整理しまくっているのか?」と訊ねると「そのとおりです。いきなり呼び捨てとは失礼な方ですね」ともっともなことを述べたがその口調自体は穏やかなもので、語尾と一緒に笑みをみせたりもした。
「一階にカフェがあった。そちらに移動したほうがいいかね?」デモンは訊いた。
「奢ってもらえるのなら乗ろう」とマスターは静かに笑んだ。
ジャスティンに目をやった、デモン。ジャスティンは「わかりました。僕が奢ります」と応えた次第だが、ガキに金を払わせる趣味はない。だからデモンはジャスティンの頭をぽかっと叩いて歩きだした、前をゆく、残り三人がついてくる。
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図書館一階のカフェにて。「好きな物を頼むといい」と切り出した次第だが、デモンを含め、みながブラックだった。きちんと落とされた物らしく、悪い品ではない。いい感じに香ばしい匂いがする著しく良いコーヒーと言えた。
デモンの右隣にはジャスティン、テーブルを挟んだデモンの向かいにはマスター、マスターの左隣にはヘレナ――。
「じつは軍人だそうだな、お二人さん」なんの前触れもなく、デモンはそんなふうに物を言った。
「それがどうかしたのか?」マスターの容姿は熊のような髭のオヤジ――とも言えるのに、口調には理知というものが窺える。「察するに、ジャスティンからも聞いたんだろうし、ノーラにも会ってきたんだろう?」
「そのとおりだ」デモンは肯定した。「で、実際の職務はなんだ? 何を生業としている?」
「軍人でしかない」
「詳しく聞きたいと言っている。そも、マスターとはなにかね? 初対面のニンゲンにもそれで押し通そうというのかね?」
ちょっとあなた、失礼ですよ。そう注意してきたのはヘレナである。しかし、「わかった。謝罪しよう」と素直に述べるとマスター――は、「わしはアリューゼだ。アリューゼ・スタンだ」と応えた。口をぱくぱくさせたのち、ヘレナはしゅんとなった。デモンは「おまえは何も悪くない」と言い、アリューゼ――マスターは、ヘレナの頭をぽんぽんと叩いた。
「面白おかしいとは言わん。だが、よくはわからん繋がりだな」デモンは言う。ノーラにベン、マイケル、ヘレナ、それにおまえさんだよ、マスター。何かあるんだろう? おまえたち五人は、なんらか、特別なジョブを筋としている。それはいったいなんなのかね?」
マスターは微笑み、その分厚い体躯に見合った野太い声で「答えんといかんかね? お嬢さん」などと言い――。
「私見を言おうか?」
「だから、それはなんだ? お嬢さん」
「おまえたちからは退廃的な匂いがする。破滅的な任務を背負わされているからだろう」
ヘレナは「失礼ですっ」とでも言いたげな顔、マスターにいたっては冷静なものだ。ただ、「退廃的、破滅的とは、なんの話かね?」なる文言にはくどさを感じずにはいられない。デモン・イーブルはせっかちなのだ。
「人類全部がポジティブだとは限らん。どちらかと言えば、わしらはネガティブな存在だろう――ということで、見逃してはもらえんか?」
「見逃すうんぬんはどうだっていいんだよ」コーヒーを最後まですすった、デモン。「わたしはおまえたちの主業務は何かと問うているわけだ。その点について返答願いたいというだけだ」
「知ってどうする?」
「知ってから考えるさ」
しばらくの間があった。そのあいだに、マスターはしっかり思考したのかもしれない。ヘレナはというとぶつくさ言いたそうに、あるいは何も言うつもりはないように、とにかく黙ったままでいた。
「あんたは得体が知れないが、どうあれ具合がいいことに、ここにはジャスティンがいる。いつか誰かに話そうと考えていたことがある。それを今、ここでばらしてやろうと思うんだが、どうだろうか、お嬢さん」
えっ。驚いたふうに、そんな声を上げたのは無論、ジャスティンである。まあ、びっくりするだろう。いきなりわけのわからない打ち明け話をされるというのだから。
「わしらの部隊のリーダーはノーラだ。アレには実力と将来性が溢れている。それはわかっているな? ジャスティン」
「は、はい。もちろんです」
「ノーラは人格者でもある。女である以前にすばらしい軍人だ。わしを含め、ベンもマイケルも、ヘレナだって彼女を心の底から慕い、敬っている」
「それも、知っていますけれど……」
「お嬢さん、デモンさんといったか?」
「ああ、そうだよ、マスター。わたしはデモン・イーブルだ」
なんの因果かわからんが背負ってやってくれ。そんな意味深なセリフを、マスターは吐き。そして言った。「ジャスティン、おまえの父親……かつての王だな、彼を殺したのは、わしらなんだよ」――。
そりゃそうだ。ジャスティンが唖然とした表情で「えっ」と発するのは当然のところだ。
「僕の父を、王を、ノーラ様、それにマスターたちが……?」
「そうだ」マスターのまっすぐな目。「本国――飼い主を快く思わない連中は一定数いる。飼い犬の中にだって利害関係を重視する者はいるということだ」
「で、でも、だからって、僕の父を、王を殺せばなんとかなるとか、そんな安易な理屈なんて――」
「そのとおりだよ、ジャスティン。しかし、わしらは軍人なんでな。それを是とするつもりはないんだが、与えられる任務の多くは暗殺なんだよ」
そんな……。
ジャスティンは青くした顔を俯けた。
「だとするなら、おまえたちはこのおぼっちゃんに殺されても文句は言えんわけだな。敵討ちなんだからな」言って、デモンは肩をすくめた。「まったく、愚かしいことだ。あははははっ。肉親を奪った剣呑な連中がいて、肉親を奪われた子がその目の前にいる。これで憎しみが表出しないのだとすれば、それは嘘だな、あははははっ!」
どうするね、ジャスティン。
ぴたりと笑いを止め、デモンはそう訊ねた。
「僕はその……」目を伏せるだけのジャスティン。「仮に何か行動を起こしても、父が帰ってくるわけではありませんし……」
「ほぅ。強国の子らしからぬ発言だな」
「それはわかっています。だけど、デモンさん――」
「誇りはないのか? おまえの心には」
「あります、ありますっ、けれど……っ」
どうあれ王を殺されたのだ。その旨を知らされたジャスティンにはやり返す義務と責務が生じる。でなければ極端な話、否、絶対に肉親とは言えない。妥当とも言えない。復讐を果たせと強く強く提案――進言してやりたい。
「でも、僕は、みなさんにはとてもお世話になっていて……」
「おまえたちが知り合った理由、経緯について詳しいところは知らんし知ろうとも思わんよ。ただ、やはり復讐は果たすべきだ。それは相手も望んでいることだ。なあ? そうだろう? マスター?」
マスターは柔らかく微笑み、ヘレナは難しい顔をしているのだが、それでも彼女だって事象を受け容れようとしているふうに見えた。
「三日もあれば、各々が各々の生き方、生活について、整理をつけられることだろう。ジャスティン、わしにとっておまえはかわいらしいものだから、事実を話してしまった。そうである以上、我々は殺されなければならない。ただし、ただで沈むつもりはない。そこにあるのはプライドではない、意地でもない、単なる純粋さだ。自らの住処で待っていてくれ。すぐに使いを寄越そう」
ジャスティンはごにょごにょと何か言いたそうな顔をしたが、沈んだ声ながらも、「わかりました……」と応えたのだった。
「わしはもう、へばりつつある。だが、ベンとマイケルとヘレナも、もちろん中佐も、きちんと元気だ。特に最も苦労を背負い、背負ってきた中佐についてはこのまま腐らせるのは惜しい。若い身空の女だということもある。生き延びたいとは思っていなくても、生きることを否定などできないはずだ」
「わかり、ました……」なお一層、暗い顔をしたジャスティン。「父が死に――殺され、それを成したのがマスターたちだとは信じられません。でも、そうなんですね?」
「国全体を運営するにあたって、くだんの人物は不要であり、また邪魔だと、どこかの誰かが判断した」マスターは言う。「罰を受けるつもりはあると言ったつもりだ。そう簡単に従うつもりはないとも」
やはり煮え切らない。
のらりくらりと接してくる点には老獪さを覚えた。