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リゾートと表現してまるで差し支えない島。誰に対してというわけでもないが、リゾートだとの旨はこのたび二度にわたって強調する。あまりにいい天気であまりに綺麗な海であるものだから、浜辺に用意させたビーチチェアの上に寝そべって肌を日に晒した。デモンの肌はとりわけ白いわけだが、その気になれば自然といい感じになる。こんがりきつね色とまではいかないまでも、適度に焼けるのだ。べつに焼く焼かないのシチュエーションに限らず、スキンケアは大切にしたいと考えている。無駄とも思える努力が女に美貌をもたらす。
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リゾートの島から連絡船で北上、大陸の大きな港に到着した。左肩の上のハシボソガラス――オミが、「海風に当たっちゃったから、翼がぺしょぺしょするんだ」と独特な表現を用いた。「早く宿を見つけておいしいごはんを食べたいんだ」とカラスのくせに率直な願望まで口にした。「食べたら寝るんだ。速やかに寝るんだ」とまでほざいてくれた。その物言いに賛成するわけではないのだが、デモンもなんだか、今日、これ以上動くことはめんどくさいのだ。だったら早急に宿を探したっていいだろうと考える次第だ。
「感謝しろよ、馬鹿ガラス」
「なんの話だい?」
「いいから感謝しろ」
「はーい」というオミの口調はテキトーそのもの。
デモンは街を、すたすたゆく。そのうちホテルというには程度が低く、民宿と呼ぶには程度の高い茶色い木造の宿に出くわした。今日はここに泊まろうと思う。早速入ってフロントで料金を訪ねると、外観のわりには割高だった。デカい街であるがゆえの強気な価格設定だろう。なんとも潔い殿様商売だ。まあいい――金には困っていないのだからと割り切って、部屋に荷物を置く。何をするのもめんどくさいとの思いは一転、動いてやろうという気になった。散策してやろうという気概は嘘ではない。早速、街にくり出した。悠々とまるで泳ぐようにしてそこいらの道をゆく。石畳だ。石畳は世界中においてトレンドなのだろうか。ま、そんなこと、どうだっていい。思いつきでしょうもないことを考えるあたり、相変わらずデモンの発想はぐちゃぐちゃだ。
――と、向こうから首を前にもたげている人物が見えてきた。倒している角度は顕著なものだ。あれではそのうち誰かにぶつかってしまいかねない。しまいかねないから、誰より先にグレーの学ラン姿の彼にデモンは胸でどーんとぶつかってやった。嫌がらせではない。イジメるつもりもない。ただ辛気臭い様子が気色悪くて、だからとりあえず注意するつもりでぶっ飛ばしてやったのだ――我ながら意味がわからんなとは思う。ただ、思うがままに行動することは尊いという持論に変化など生じようはずもないのだ。
デモンの身体は史上最高に強力だから、少年は衝撃で尻餅をついた。まさに驚いたような目で見上げてくる。驚いているばかりで敵意を向けてくるようなことはない。デモンは右手を差し出した。きょとんとしたのち、少年はその手を握った、だから立たせてやった。少年は「ごめんなさい、ありがとう」などとまったくもって覇気のない礼を弱々しく寄越してくれたのだった。
「あの、僕、迷惑をおかけしましたか? というか、邪魔でしたか?」
「どちらでもない。よけてやることも考えたが、どうしてよけなければならないんだ?」
「そのとおり、ですね」少年は苦笑のように目を細くし、仕方なさそうに笑ってみせた。
「じつはわたしはひどく不愉快な思いがした。罪滅ぼしを望む」
「僕、あいにくお金は持ってなくて」
「しかし、茶くらいは奢れるだろう?」
少年は「まあ、それくらいなら平気です」と顔を明るくし。
「うまい店に連れていけ」
「行きつけはおいしいんです」
「だったらそこに案内しろ」
「失礼を承知で言います。あなたはずいぶんと偉そうなんですね」
「やかましい」
デモンは右手で少年の頭を引っぱたいてやった。
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デモンは熱いブラック、少年は冷たいレモンティー――。
「うまいコーヒーだ。確かに、いい店を知っていたようだ」
「恐縮です」
「恐縮か。若さに欠ける表現だな。そも、おまえさんは幾つなのかね?」
「十七歳になりました」
「若いな」
もっと年を重ねているようにも見えるし、もっと幼いようにも見える。こういうニンゲンはあらゆる面においてできるようになる。すぐにはやれなくても、将来的には絶対にやる。スケールの大きさについてはツッコミの入れようがない――と結論づける。稀有な素材だということだ。
「少年よ、貴殿の名と身分を明かしてもらおうか」
「一つ意見があります。その旨を知りたいなら、まず自分から打ち明けるべきでは?」
つくづく生意気極まりない言い分だが、訴えていることに間違いはない。だから「デモン・イーブルだ」と名乗った。「ジャスティン・イオラです」とはきはきと、丁寧に返してきた。
「美しい金髪にグリーンアイ。ヒトはそれを優れた外見と言う」
「黒い髪、瞳、着衣――黒ずくめのあなたは美しいです」
それはわかりきっていることなので、デモンは「余計な文言を述べるな」と言い、ふんと鼻を鳴らした。「で、ジャスティンは、今は何をしているんだ?」
「魔法学園の生徒です。本国から訪れました」
「本国?」
「本国に比べ、この隣国は魔法においては一日の長があるんです」
「だが、本国というくらいだ。強靭なのだろう?」
「一日の長と言っても、それ以外のなにものでもありませんから。戦力差は大きなものです。やっぱり物を言うのはヒトの数なんだと思います」
ジャスティンのここまでの発言について、引っかかるところはない。
「ぱっと見かつくどいようだが、おまえはかなり優秀なのだろう。とどのつまりは魔法とは才能の問題だ。おまえには力がある。違うかね?」
「違いません。だからこそ、僕は力を持たないヒトを守ろうと考えています」
「自分の身が危機を宿したとき、わたしならとっととんずらをこくが?」
「そうなんですか?」
「我が身大事のどこが悪い?」
ジャスティンは――なんの意味があるのだろう、首を前にもたげ、顔を俯けたのだった。いきなり「僕は本国の第二王子なんです」とかほざいてくれた。さすがのデモンも唐突な告白に眉間にしわを寄せた次第である。そうか。本国とやらは王政なのか――と、どうでもよいことを思う。ジャスティンは「第二王子がどうして隣国にという話ですが、重ね重ね、この国の魔法のレベルはほんとうに高いんです。学校も質が高いんです」と続けた。
「言ってみれば、武者修行中だと?」
「武者修業とはいい言葉ですね。はい。そのとおりです」
「勉強熱心なのはいいことだ」
ジャスティンは深く息を吐いてから、デモンを見てきた。そして言った。「僕が父のそばにいれば、最悪の事態は避けられたのではないかと……」などと呟くように言った。
「いきなり、なんだ? 最悪の事態?」
「はい。そうなんです」
「察するに、おまえの親父殿は死んだのか? しかも殺された?」
「はい。僕がのうのうと留学を楽しんでいるうちに」
「のうのうとは考えすぎだろう。いつ何時も、ヒトは唐突に死ぬものだ」
「だけど、納得できていないんです」
「割り切れと言いたい。それ以外に気持ち良くなれる手段などない」
「強いですね」
「弱くありたくはないからな」
少々考えるような素振りを見せたのち、ジャスティンが「さらに打ち明けたいことが、あるんですけれど」などと上目遣いで伺いを立てるような口を利いた。
「言ってみろ」
「けじめをつけたいんです」
「けじめ?」
「問題をすべて解決したい。そうすることで、身を滅ぼすことになったとしても」
けじめ、か。肉親の死について、なんらか手段を講じたいということだろう。それはアリだ。親父殿を
「僕の話をしても、いいですか?」
「すでにそればかりだ、だからすでに良しとしている。そうだな。まずはどこに住んでいるのかなんていう、どうでもいいことでも聞かせてもらおうか」
「貴族の女性の家です。名門ですよ。ノーラ・ベルク卿といいます」
「だとすれば、いい物ばかり食っているんだろうな」デモンは「くはは」と嘲るように笑った。「で、ノーラとやらは普段は何をしているんだ?」
ジャスティンはどことなく嬉しそうに、誇らしそうに「小学校の先生です」と話すと、照れ臭そうに右手で頭を掻いて――。
「ほぅ。貴族様が教師なのか」
「尊い職業だと考えます」
「違いない」
「でしょう?」
それは違いないと考えたから、「そうに違いない」と心底からの言葉を吐いた。「会ってみたいな」と続けた。
「えっ、誰にですか?」
「だから、ノーラとやらにだ」
「僕に案内しろと?」
「いけないかね?」
少々眉を寄せ、少々考える素振りを見せたのち、ジャスティンは「わかりました。お引き合わせします」と笑顔になった。「そもそも断る理由なんてありませんしね」とのことだった。