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14-1.

*****


 とある港町において、デモン・イーブルは生まれて初めての催事――イベントに出くわした。匂うなあ匂うなぁととことん辟易、嫌になりながらも、その出所を辿っていくとそのうち海の手前にまで出て、今、目の前には物理的に臭くて臭くてしょうがない、つんと鼻を突く饐えた匂いを放つガキどもが揃ってつんけんした白い石畳の地べたに座らされているのである、一様に両の手首同士を縄で拘束されて。見るからにみすぼらしく、またどいつもこいつも覇気がない。


 こいつらはまさに奴隷だ。

 なるほど、ここは人売りと人買いの接点というわけだ。


 腕を組み、どこか得意げに胸を張る太った――店主であろう禿げ頭の男に対し、デモンは「一人あたり、いくらなんだ?」と訊ねた。


「物によるさ。買い手にもよる」

「足元を見る――堂々とそう言っているようなものだな」

「いいな、ねえさん。あんたは眼力があるみたいだ」

「おまえみたいな畜生に褒められたところで何一つとして嬉しくない」

「それでもいいさ。そんなことはどうだっていい。なあ、どうだ? 安くしとくぜ、一匹買わないか?」


 一匹――。

 ポジショントークだとしても、遠慮知らずの大した物言いだ。


「性の世話をしてもらえるなら、それはそれで結構なことなんだが」

「ねえさんが? まさか。男漁りができるくらい寄ってくるだろう?」

「そうなのかもしれないが、情事に励もうと思ったことものめり込んだ実績もない」

「そうなのか。だったら、こいつなんかどうだ?」


 店主の男が一人の少年の髪を左手で引っ掴み、その細い身体を自らの隣にぶら下げた。少年の髪――錆びを知らない綺麗な金髪は短くない。怪力で髪を一つに握られているわけだ。痛そうな、苦しげな顔をするのは当然だろう。泣きそうにも見えてくる。


「ぱっと見、犬みたいなガキだろう? 実際、そのとおりだぜ。きっとどんなところでも舐めてくれるぜ? なあ? 舐めるよなぁ?」


 店主は少年の頬を平手打ちする。すばらしい。えらく商売に熱心な男ではないか。ゆえに感動すら覚えるデモンである――というのは、半分本当で半分が嘘だ。


 デモンは腰を屈め、悲鳴の一つすら上げないでいるくだんの少年と目を合わせた。少年は憔悴しきった様子で何も考えられないでいるようで、言い方を変えれば何を考えるつもりもないようで――。買ってやってもいいかな。そんなふうに思う。そこに情けがないかというとそうでもないような気がしたので、値切ることすらせず、冷やかしに留めておいた。


「きっとうまくやるぜ? なんなら甘いもんでも塗ればいい」

「趣味のヒトというわけでもないんでな。今回は遠慮させてもらう」


 立ち去ろうとした折のことだった。


 デモンの隣に、デモンより長身の女が現れた。デモンは小さいわけではないのだから、ほんとうにのっぽだ。身体を縦にし、しっかり顔を観察してやった。濡れたような色っぽさがある、茶色の長髪、茶色の瞳。女だてらに不躾な勇気を軽やかに身にまとう猛者に見える。


 女は店主に厳しく険しい目をぶつけ、「こんな商売はもうやめろと伝えたつもりなんだけど」と強い口調で言った。ほんとうに毅然としている。


「といってもですね、ピアソラ卿」


 店主の言葉から個人情報を知るに至る。女は貴族らしい。野卑な奴隷商人に知られるほどには有名な――。


「おまえたちみたいなニンゲンに名を呼ばれるといい気分はしないものね」女――ピアソラ卿とやらは、事実、不快そうにふんと鼻を鳴らした。「二度と来ないとここに誓いなさい。であれば、不問に付す」

「それは無情だってもんですぜ」

「今回の分は全部買う。それで良しとしてほしいわね」


 仕方ねぇなぁ、手を打ちやしょう。

 店主は右手で頭を掻きつつ、吐息をついた。


「とっとと持っていってくださいよ」

「家のニンゲンをすぐに寄越すわ」

「ぜひ早いとこお願いしますよ」

「わかってるって、言ったのよ」


 解放され、両膝をついている長い金髪の少年の前で、女は腰を下ろした。少年の左の頬に右手を添え、穏やかに微笑む。感涙すれば絵になったのかもしれないが、少年はぼーっとした目を女に向けるだけだった。しかし訊ねられると、小さくだが名を答えた。ガブリエルというらしい。奴隷のくせに、天使らしい。


「あなたは? どうするの? 人非人にんぴにんのお仲間みたいだけれど」


 にやりと笑んだピアソラにいきなり言われた。酷い判断、物言いだ。それともそれくらい悪人ヅラなのだろうか。否定はしない、しないが――なんにせよ、抗議の視線くらいは向けた。文句を言う権利は誰にだってある。


「失礼なことをのたまう女だと思ったのかしら?」


 そのとおりだ。


「そもそも、あなたは奴隷に興味なんてない。そうでしょう?」


 ああ、まったくもって、そのとおりだ。


「何か罪滅ぼしをしたほうが良さそうね」

「そう考えるなら、茶でも飲ませろよ、ババア」

「ババア?」

「わたしよりは年上だろう?」

「それはそうね。間違いないわよ、お嬢さん」


 ガブリエルに手を貸し、彼のことを立たせたピアソラ。自らの子か、あるいは恋人か、そういった大切な異性に触れるようにして、その右手を優しく左手で握ったのがわかった。


「行くわよ。目立つのは好ましくないから」

「その点は賛成だ」


 ちゃんとした道へと出、ピアソラとガブリエルは待たされていた馬車に乗り込み、デモンはというと与えられた鹿毛の馬の背に跨った。よく訓練されたよい馬なのだと、手綱が一息に告げてきた――。



*****


 屋敷に招き入れられ、客間にてもてなしを受けた。只者ではないと見て取られたのかそれとも誰が相手でも相応の礼儀は尽くすのか、そのへんはわからないが、高貴な香りのする品のいい紅茶を出されたのは事実だ。


 テーブルを挟んだ向かいの席に、ピアソラは座っている。


「ファーストネームはなんというんだ、ピアソラ卿」

「ギギよ。愛想のない名前だと自負しているわ」

「シンプルで良い名だよ」

「価値観は合いそうね」


 ガブリエルのことはどうするんだ?

 デモンはそんなふうに訊ねた。


「潰したいものがあるのよ」

「なんだ、それは」

「ガブリエルを生み出すような枠組み、仕組みをなくしたい」

「ほぅ」デモンはそう唸り、紅茶を口にした。「ギギは――ああ、ギギでいいかね?」

「いいわよ」


 デモンは「ギギ、貴様がただの女でないことはわかっている。軍属か何かで、それにあって、かなりの地位にもあるのだろう。だが、そんな立場に飽いていて、だから偽善的な行動を起こそうとする。どうだ? 違うかね?」と矢継ぎ早に物を言った。「違わないわよ」と返ってきた。


「我が国において戦争という言葉は世間一般で言うとおり普遍的なものだけれど、現実的なものではないのよ。それほどまでに、我が国は強い。へたに隣国を攻めないのも、奪ったら奪ったで労力がかかるから。筋肉質な体制でいたいの、そしてなにより奥ゆかしいのよ」

「そのへん、あらためて聞きたいとは思わんよ。ガブリエルの出所について見当がついているのかという話だ」


 ゴンゴ修道院だと思う。

 端的に、ギギは言葉でそう示した。


 付き合わせてもらおうとデモンは言い――。

 とにかく人生に飽き飽きしているんだよと本音をのたまい――。


「そのゴンゴとやらはどこにあるんだ?」

「南の海を少し行った先。島にひっそりと存在している――らしいわ」

「らしいとは?」

「やっていることは派手だと耳にしたのよ」

「奴隷を作ることが生業だとするのなら、まあ派手ではあるな」

「でしょう?」

「ああ。違いない」


 船はギギが手配してくれるらしい。

 明日、共にくだんの島を訪れることを約束したのち、デモンは辞去した。


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