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一夜が明けての朝っぱら。
この国のゴーレムのボスに会いにいく。
ヴェインはそう言って、デモンを伴い目的地を目指した。
味わい深い黒ずんだ石畳の歩道を並んで進みながら、「ゴーレムが幅を利かせている国の支部長、いったいどういう人物なんだ?」と訊ねた。
「一万にもなろうかというゴーレムのまとめ役だ。当然頼られていて、カリスマ性も華やかなものだと謳っていい」
「年齢は?」
「重要か?」
「いくつなんだ?」
「九十二だ」
予測の範囲だったわけだが、それでもつい笑ってしまった。
「性に関しては奔放で健在で積極的なのだろうな」
「どうしてそう思う?」
「宗教家とはそういうものだ」
「違わない……のかもしれないな」
デモンは「それで、何がお目当てなんだ?」と訊ねた。「早速、皆殺しか?」と続けて訊いた。
「昨日はそんなふうに言ったように思う」
「ように思う、じゃない。おまえははっきりそう言った」
「デュプを殺してからにしたい」
「デュプ?」
「アーリィを犯し殺した子どもだ。彼を殺せば、俺の中で何か変化が生じるかもしれない」
「たとえば、この国の支部に仕掛ける必要もなくなるかもしれない、と?」
ヴェインは否定しない、肯定もしない。
「まずはくだんの男に会ってみてからだ」
「名は?」
「ロンデス支部長」
「デュプの情報が得られなければ?」
「そのときはそのときだ」
「ほんとうに、やけに柔軟なことだな」
デモンは肩をすくめてみせた。
ふと、オミはどうしているだろうと考えた。
どうせ行水かナンパだろう。
底の浅いカラスである。
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目的地に到着した。大きな建物である。白い壁はとことん白く、否が応でも定期的に掃除している感が窺える。出入り口の両脇を固める格好で警備員らしきのっぽな男が立っていたが、特段怪しまれることもなく、すんなり入ることができた。受付のテーブルは真っ白で、その向こうには若い二人の女が控えている。ヴェインは歩み、それから女性の一人に「ロンデス支部長に用事があります。ヴェイン・アルマシーが会いに来たとお伝えください」とひどく澄んだ声で言った。椅子から立ち上がり、恭しい様子で頭を下げた女は「そろそろいらっしゃるだろうと聞かされております。ご案内いたします」と答え、ついてきてほしい旨、伝えてきた。帯刀しているわけだからそれくらい咎められてもしょうがないと予測していたのだが、どうやらゆるい組織らしい。その大らかさはどこからくるのかと問いたくもなるが、現状、問題がないようであればそれでいい。
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広い畳敷きの上に、白髪を後ろに流しているニンゲンを見つけた。座禅を組んでいる。
「やあ、いらっしゃい、ヴェイン」ロンデスは口元だけで笑い――瞬きをせず目は見開いたままだから少なからず気色悪い。「まあ、座りなさい。硬い畳の上で恐縮ではあるが」とは当然の発言。
言われるまでもないとでも言わんばかりにヴェインは堂々と腰を下ろし、デモンは彼の右隣りで早速あぐらをかいた。
「まずは俺なんかに会ってくれたことに感謝したい」
「卑下は感心しない」
「卑下なんかじゃない」
「卑下だ」
デモンは「まあ、いきなりバチバチやるな」ととりなすように口を挟んだ。
「ひとまず、わたしの相棒が口の利き方を知らんのを謝ろう」
「相棒?」ロンデスは眉を寄せた。「その存在は初めて聞いた」
「以後、お見知りおきを」
「お嬢さん、名前は?」
「デモンだ」
「では、デモンさん、あなたもデュプを差し出せ、と?」
のらりくらりとした口調であたりまえのことをほざいてくれる。
「ロンデス翁、譲歩したほうが御身のためだと、わたしなんかは思うがね」
「どうして、そう?」
「さもなくば支部のニンゲン――否、ゴーレムだな、を、ヴェインは皆殺しにすると言っているぞ」
「およそ一万の信者を、個人的に、敵に回すと?」
「ヴェインは“超級”の“掃除人”だ。超級、それは一国を転覆させる実力を認められたからこその称号だよ」
ゆえに、一万であろうと他愛もないはずだとデモンは言った。座禅の姿勢のまま、ロンデスは静かに目を閉じ、深く息を吸った。取るに足らん老人だとは思うのだが、何か裏技を隠しているようにも見えなくはない。仕掛けるのは簡単だ。しかし、話の流れからして、アーリィを死姦したらしいデュプとやらの情報をロンデスは握っているらしいことから、迂闊な真似には及べない――となる。何をするにしたって、まずはデュプをぶち殺してからの話だろう。――が、ヴェインは思いの外、即物的な人物であるらしい。「あなたたちはどうせ俺の手にかかる。今、やってもいい。デュプなんてそのうち炙りだせるだろう」などと言った。「おまえたちを全滅させれば、俺にとって、新しい未来が見えるのかもしれない」などとも続けた。対して、顔を極端なくらい右に倒し、目を細めたロンデス。「ゴーレムとヒトは、所詮、ぶつかり合うだけの関係だ」とあたりまえのことを言い切った。「決定的なその
「俺と、やろうと?」ヴェインが訊いた。
「きみはいささか自信過剰であるように映る」というのが、ロンデスの見立てだ。「まあ、デモンさんも、最悪、超級なのかもしれないが、私達はそう簡単に負けはしない。食われはしない」
「汚らわしいゴーレムめ」
「ちっぽけさを露呈したな、ヴェイン。それがきみの限界なのだろう」
ヴェインが無言で立ち上がった――身を翻す。
「おや? いいのかね」デモンは呼びかけた。「今ここでこのジジイを殺そうが、大して問題はないと思うが?」
「なんだか萎えたんだ」ヴェインは出入り口のほうへとすたすた歩いていく。「思い立ったがなんとやらとは言う。でも、どうやら俺にとって今日という日は日が悪かったらしい」
デモンはロンデスのほうを向き、呆れ顔で肩をすくめた。腰を上げ、ヴェインの後に続く。彼の背が寂しさに支配されているように見えたのは、きっと気のせいではないだろう。
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明日からの動きについては明日話せばいいと考えて宿に戻ろうとしたのだが、ヴェインに「ちょっと寄っていかないか?」と誘われた。特段断る理由もないので、お邪魔することにした――古びたアパートだった。卓上のランプに火を入れたところで部屋は暗い。背もたれに刀を立てかけつつソファに腰を下ろすと、やがて細長いグラスを二つ右手にし、もう片方にはボトルを提げたヴェインがやってきた。それらをテーブルに置いて一度、キッチンに戻る。今度はポットを持ってきた。ボトルからグラスに注いだのは色と香りからして焼酎だろう。湯で割る。「どうぞ」との微笑は優しい。気の利いた酒だと言えた。うまいアルコールだとも思えた。
「何か話したいことでもあるのかね?」
「俺にはもう何もない。それでいいんだ、そうであっていいんだ」
どうあれ“超級”にまでのし上がった男が弱気なことだと思う。まあ、自らの身を献上するほどの恋人など持ったためしがないのだから、一概に「こうだ」と決めつけることはできない。いずれにせよ、慰めの言葉は見当たらない。見つけるつもりがないと言ってもいい。
「一つ訊きたい。どうして一緒に暮らしていなかったんだ?」
「俺が拒んだんだ」
「なぜだ?」
「俺自身が、彼女にふさわしくないと考えていたからだ」
「何か理由が?」
「彼女の姿……なにより心が美しすぎた」
「卑屈だな、卑屈さ、ここに極まれり、だ」
デモンはお湯割りをすすると、嘲るように鼻を鳴らした。
「血を見るのが好きで好きでしょうがない時期があった」
「犬猫の話か?」
「ああ。そして、その対象がヒトに及ぶまでに、そう時間はかからなかった」
「軍に志願でもしたか?」
「そうだ。合法的に殺しに染まることができた」
「そんなふうに生きているうちに、なんだかんだで超級に至った?」
「運もあったんだと思う」
正直な男だ。戦闘力は卓越しているのかもしれないが、人格はいたってシンプル、とてもニンゲンくさい。
「重ねてになるが、警察はデュプを追っているんだろう?」
「それは間違いない。だけど導光教が、ロンデスが匿っているのだとすれば……」
「そう簡単には踏み込めない?」
「巨大な宗教組織というものはえてしてそういうものだろう。でも、思うんだ。間違いを犯した者を庇護する。それはどういう了見があってのことなんだろう、って」
もっともな言い分である。だからこそ、案外つまらない男かもしれないなと思いつつ、デモンはグラスを空けると、ソファの上で横になった。背もたれに立てかけてあった刀がかたりと音を立てて床に寝転がった。
「ひどくしなやかな肢体だ」というのが、ヴェインの感想らしい。「どう生きたら、あなたみたいに色っぽくなれるんだ?」
「俗物じみたつまらん物言いだが、そこにあるのはまあ、事実ではある」デモンはネクタイをぐいとゆるめ、黒シャツのボタンを一つ二つと外した。「えらく蒸すな、ここは」
「もっといい部屋に住めばいいのかもしれないが」
「いや。ヒトにはそれぞれに見合った箱がある」
「えらく優しいんだな」
デモンは額に右手の甲をやり、黄ばんだ天井をぼんやりと眺めつつ――。
「デュプの家は? 無論、把握しているんだろう?」
「ああ。だが、事件以降、帰宅した形跡は、当然、ない」
「興味として、狂人の生活の一端を拝んでみたい」
「だから、奴さんは――」
「住まいを見学するだけでいい。連れていってはもらえんかね?」
「かまわないが」
「決まりだ、な」
デモンはゆっくりと身体を起こした。立ち上がり、拾い上げた刀を腰の左側に提げる。
「明日の九時に、またここを訪れる」
「宿まで送ろう」
「不要だよ」
デモンはすたすた玄関へと向かう。
アパートを出たところで、右手であおぎ、胸元に夜の風を入れた。