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12-3.

*****


 石畳の白い道に出たところで、エスプレッソが人払いをした。パンピーを巻き込むのは不本意であるらしい。なかなかのジェントルマンではないか、少しくらいは評価を上げてやってもいいなと考える。


「タイマンだ。最近、ご無沙汰だったよ。俺も偉くなっちまったんでな。勝てる勝負をしたところで、楽しくなんてねーだろう?」

「ああ。しかしわたしはこれから張るタイマンとやらに、まるで魅力を感じない」

「言ってろ」


 茶色のジャケットの懐から匕首を取り出した、エスプレッソ。まったくもっていやらしい目つきだ。「つまらん話だ。俺は今、女と戦おうとしているんだからな」などとほざいてみせた。


「だから、わたしは負けんよ。かかってこい。リアルを見せてやる」

「お言葉に甘えようじゃねーか」


 エスプレッソが突っ込んできた。ヒャッハーなどとわけのわからん雄叫びを上げながら、左手の匕首で左右に切り裂こうとする。なかなかに鋭い動きだ。少し距離をとると、魔法を放ってきた――渦巻く炎だ。すぐさまきちんとした障壁で防いでやる。「守勢に回るだけかぁっ!!」などというご丁寧な挑発の声。そのつもりはない。せっかくの、久しぶりの一対一だ。大いに遊んでやろうと考えているだけだ。そのときだった。背後に気配を感じた。エスプレッソを捨て置き、素早い動きで振り返った。ラテがいた。右手を口の前に広げたラテが、ふぅと息を吹いたのがわかった。途端、その口元から氷の粒が飛んできた。厄介だななどとは思わない。ただ、二人を相手にする以上、どちらかにかかりきりになるわけにもゆかず、エスプレッソの渦巻く炎とラテの氷の粒とを両手を広げて防いだ。期せずして笑いが込み上げてきた。やってくれる。邪魔など入らないはずではなかったのか?


 デモンは両者の魔法を防ぎながら、「やれやれ。タイマンだったはずだが!!」と大きな声を放った。するとエスプレッソが「イレギュラーは生じるものなんだよ、ヒャハッ!」と狂ったような声を発した。炎が消えた。氷の粒も。エスプレッソが「もういい! ラテ、邪魔すんなよ!!」と叫んだ。匕首を左手にエスプレッソが突っ込んでくる。デモンは素早く左腰の刀を抜き、匕首を受けた。力負けなどしない。デモンはそういうふうにできている。


「つえぇな、馬鹿、おまえはほんとうに女なのかよ、馬鹿」

「馬鹿馬鹿うるさいぞ。涅槃か? 見せてやろうじゃあないか」

「俺は死なねーよ。ずっとそうして生きてきたんだからな」

「わたしを前にしてそのようにのたまうのは愚者でしかないよ、ヒトに似たダスト殿よ」

「ゴミ扱いすんな!」それからエスプレッソは「だからホント、手ぇ出すんじゃねーよ、ラテ!!」と叫んだ。


 ラテは魔法は止めたのだが、小さなナイフを構えていた。突っ込んでくるつもりなのだろう。


「ですけど、エスプレッソさん!」

「やめとけっつってんだよ!」


 そんなやりとりを見ているうちに、デモンのやる気は萎えてしまった。


「なあ、お二人さん、そんなラブラブな光景を目の当たりにさせられてしまうと、戦う意欲など失せてしまうというものなんだよ」

「なんだとっ!」エスプレッソが大きな声を出した。「なに言ってやがる! 今、まさに俺は、今、テメェをぶっ殺してやろうってんだぞ!!」

「だが、おまえはわたしには敵わない。そして、恋人がいるときた」

「だからそんなんじゃねーって! 俺はっ!!」

「萎えたと言ったんだよ。ゆえにわたしは去ることにする」

「て、テメーっ」


 デモンは速やかに納刀した。

 それから高らかに笑った。


「デモン・イーブル! ほんとうに俺たちはそんな関係じゃねーんだぞ! だろうがよ、ラテ!!」

「確かにそうです。でも、上司を亡くして喜ぶ部下がいますか!」

「だから、俺がやられるわけねーだろうが!」

「相手は超級の掃除人なのですよ!」

「つってもだな!」

「出直しましょう! 真っ向からぶつかるのはよくないです!!」


 ……くそっ。

 そんなふうに、エスプレッソは吐き捨てた。


 エスプレッソが背を向け、去りゆく。

 ラテが駆け、すぐ後ろに続いた。


 怒りまでは抱かないが、消化不良だ。

 ひとまず宿に帰ってアルコールでもあおることに決めた。



*****


 宿。戸を開け、中に入ると、薄い白のタオルの上で脚を折り、むくむくになっているオミに出くわした。眠そうに「カァ」と鳴いた。もっと眠そうに「おかえりなんだ」と言った。


「何か成果とか面白いこととかはあったのかい?」

「国連に目を付けられたわけだが、何も決着はつかなかった」

「見逃してもらえたの?」

「馬鹿を言え。見逃してやったんだよ」言いつつ、デモンはコートをクローゼットのハンガーにかけ、それからロッキングチェアに腰掛けた。「どうやら向こうさんは臆病風に吹かれたようだ。まあ、わたしが相手では無理もない話だが」

「自画自賛はよくないんだ」

「黙ってろ、クソガラス、殺すぞ」

「酷いんだ」オミはしゅんとなった。


 ウイスキーのボトルを手にし、琥珀色の液体をグラスに注いだ。空腹にキツいアルコールはよくないのかもしれないが、手っ取り早く酔いたいのでさっさとぐいとグラスを空けた。喉と胸がかぁっと熱くなって、いい感じだ。


「さて、明日からどうするかね」

「国連のヒトっていうのは? 始末しなくていいの?」

「始末とは、まったく怖いことをのたまうカラス殿だな」

「そんなつもりはないんだ。一つ、提案をしただけなんだ」

「なにせ国連だ。世界中をほっつき歩いているうちに、また会うだろう」

「じゃあ――」

「ああ。ほうっておいて、この街を出る」


 どこかほっとしたように、賛成なんだとオミは言い。


「にしても、どうして国連はきみを追うのかな?」

「一国を転覆させるだけの力があるから、ではないのかね」

「きみにそうしたいという気持ちはあるの?」

「現状、ないさ。興味がないとも言える」


 それはデモンの本心である。


「デモン、ぼくはおなかがすいたんだ」と言いつつ、オミはむくむくの状態から立ち上がった。「なにかないかな?」

「優しいわたしは買ってきてやったよ」


 薄い生地の黒い布袋に入っていた中身を、デモンはテーブルにひっくり返した。オミの奴が寄ってきた。「わぁ、ピーナッツなんだ」と嬉しそうに丸く言い、早速食べ始めた。デモンもつまんで口に入れ、それからウイスキーを口にする。悪くない組み合わせで、きちんとうまいと言えた。


「デモンはセンスがあるんだ。ぼくの欲しい物がきちんとわかっているんだ」

「言ってろ、馬鹿。カラスの好みなどわかるものか」


 厳しいことを言ってやったにもかかわらず、オミはなおもうまそうについばむ。単純だからこそ、時に愛らしく思えるのかもしれない。



*****


 オミの奴を左肩に乗せ、デモンは街を歩いていた。てっきり目ざとく見つけられるだろうと考えていたのだけれど、今のところ、エスプレッソやラテの姿は見えない。怯えているのだろうか? そうは思えない。見つけられないというだけだろう――否、こんなに堂々と歩いているというのにか? 恐らくまた賞金がかけられたのだろう。街のニンゲンに迷惑がかかろうというのにどこぞの馬の骨とも知れん男らが左右前後から迫ってくるではないか。一般的な――言ってみれば平和な街の様相であることからぶっ殺してやることはそれなりに気が引けるのだが、あらゆる手段を用いてそいつらを狩ってやった。周囲の一般人に見られたことから、つくづくこの街にはもういられないなと思う。少し残念だ。アルコールはうまいから。


 向かってくる輩は馬鹿な連中だと思う。高額の賞金であろうことから危険が伴うことは必然なのだ。しかし、目が眩んで押し寄せてこようとは。ほんとうに馬鹿な連中だ。ほんとうに、かないっこないのに。


 隙をつくような格好でエスプレッソ、あるいはラテが突っ込んでくるようならまだわかるのだが、なかなか出張ってこないようだ。賞金稼ぎどもの手によって成果が得られるなら儲け物だということだろう。浅はかだな、ほんとうに。救いようがないな。


 戦闘に際し、上空を旋回していたオミが、デモンの左肩に戻ってきた。


「弱いね。賞金稼ぎなんてそんなものだよね、なんだ」

「ほぅ。賞金稼ぎだとわかるのか」

「わかるよ。だから、弱いから」


 なかなか賢いカラスである。

 調子に乗るだろうから、その旨、口には出してやらないが。


「街を出るの?」

「そう言ったろう? 留まったところで、愉快なことなどない」

「次はどんな街、土地なのかなぁ」

「そのへんを面白がって進むから、旅は楽しいんだよ」

「いいかげん、きみの戦闘力に見合うニンゲンが現れるといいんだけどね」

「おや、べつにニンゲンでなくたっていいんだぞ?」

「そのへん、きみはフリーダムなんだ」


 賞金の額に脳を焼かれたであろう賞金稼ぎどもに周囲を囲まれたのである。


「まただね、デモン。ぼくは上空を回っていたほうがいい?」

「そんなことはない。そのへんの電灯の上にでも止まっていろ」

「馬鹿だなぁ。いくら成功すればお金がもらえるからといって」

「ヒトの死は嫌か?」

「そういうわけではないけれど」オミはばさばさ飛んで、近くの電灯の上に乗った。「馬鹿なんだ! きみたちは馬鹿なんだ!!」


 オミは敵さんらに大声でそんなふうに言い放ったが、デモンは無情にも、敵対する者を殺すということで無力化した。


 自慢の刀――業物が錆びてしまっては困るので、主に視力には映らない斬撃の魔法で斬り伏せてやった。細切れに、あるいはサイコロ状にしてやった。くだらないニンゲンどもとは言え親はいるわけだ、恋人がいる者だっているかもしれない。だが、向かってくる以上はぶち殺す。あたりまえのことだ。


 いつかまた、エスプレッソとラテに会いたい。

 奴らは賢明であり、また弱くはなかったのだから。


 次の場所に向かおうと思う――。経験則からしょうもないかもしれないという考えを抱かざるを得ないが、あるいは案外、面白い目的地が待っているかもしれない。人生を楽しく生きるコツはポジティブさを失わない――ということだ。


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