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街歩きをするだけで暴漢に襲われる。あるいは高尚な野郎だと考えていたのだが、どうやらなりふり構わず、エスプレッソはデモンの首を締めにきたらしい。デモンの首に賞金をかけたらしい。ま、賢い手段だ。だからといって、エスプレッソを含めた彼らをリスペクトできるわけがないのだが。自らの手を汚すことなくは他の雑魚どもに首を取らせようとしているのだから。一応、どうでもいい程度の低い殺し屋に――跪きデモンに屈したその殺し屋に、「エスプレッソが絡んでいるのか?」と見下ろし訊ねた。やはりそのとおりだから辟易に至る。向かってくる者がそれなりの数いたところで、全員くまなく殺してやる。いい加減な国らしく、人殺しがあっても、さほど騒がれることはないようだ。大らかな自衛が許されているともいう。だったら容赦なく片っ端から殺してやればいい。それだけだ。そも、賞金稼ぎという職業自体、胡散臭いのだ。存分に殺して殺して殺してやって、いつかエスプレッソとラテが出張ってくれば喜ばしいと考える。
どうせ負けはしないのだからカフェのテラス席でコーヒーをすすっていると、目の前の席にトランジスタグラマー――くだんのラテがいきなり座った。何か用事があるようだが現状見当もつかないので、口を開くのを待った。
「賞金、取り下げるです」
ほぅ、どうしてだ?
不思議に思ったことを思ったままに、デモンは訊ねた。
「ヒトが死にすぎるからです。そういった事象は、我々としても望むところではないのですよ」
「だったらはなからやめておけという話だ」デモンはフォークでぐさりと刺したチーズケーキを一口食べると、「あっはっは」と笑った。「おまえだったかエスプレッソだったかが言ったろう? “超級”の“掃除人”は国家を転覆させるだけの力がある、と。そも超級の基準がそうなんだ。国連の職員ともあろうニンゲンがそのへんを見誤ってどうする? 見る目がない、あるいは愚かだとしか言いようがない、言いようがないな」
「重々、承知しましたですよ」苦笑のような表情を浮かべた、ラテ。「ただ、ですね――」
「ただ?」
「国連という巨大で立派な組織に籍を置いている以上、仕事を放りだすわけにはいかないのですよ」
デモンは邪に笑んだ。
「だったらかかってきたらいい。死にたいなら、という条件はつくがな」
「嫌です。私は死にたくないのです」
「だったら退け。見逃してやることについてはやぶさかではない」
「エスプレッソさんはやる気満々なのですよ」
「しょうもない上司を持ったものだ」
「それでも私の上司なのですよ」
ラテが真剣な目を向けてくる。
上司をけなされ、頭にきたようだ。
「もう一度言っておくぞ、ラテ」デモンは吐息を交えた。「敵わん相手に喧嘩を寄越すのは賢明ではないと思うぞ」
「それでも私たちはやるつもりなのです」
「だったら明朝だ、明日の九時にわたしの宿を訪ねてこい」
「正々堂々と立ち合ってくださるということですか?」
「ああ、おまえたちに地獄と死を見せてやる」
「わかりました」ラテは俯き、それから顔を上げた。「エスプレッソさんに伝えますです」
デモンは大声で笑った。
周囲のニンゲンが驚いたふうに彼女のほうを向いた。
「残念だよ。わたしは退屈しているんでな。もうしばらくのあいだ、追い回してほしかったよ」
「あなたは傲慢です、デモンさん」
「しかし、そんな傲慢さにおまえたちは平伏するんだよ」
「エスプレッソさんに伝えます」
「それはもう聞いた。わたしをやっつけられるとさぞかし高給が得られるんだろうな」
「お給料の問題ではないのですよ。ないのですです」
潔いことだ。
「くり返そう。あいにくとわたしは最強なんだがね」
「その奢りゆえに後れを取るかもしれませんよ?」
「だから、わたしに隙があるならわたしに勝てばいい」
「後悔しても知らないですよ?」
「かまわんと言った」
特に表情を変えずに、ラテは腰を上げた。すたすた歩いていく。しっかりとした足取りだ。否が応でも体幹の強さが窺える。最初の印象のとおり、ただ者ではないことは確かだ。気配――がしたほう、会社のテナントで入ってそうな四階建ての屋上にヒトが立っていた。間違いない。エスプレッソだ。エスプレッソはだんまりを決め込んでいるようで、声を発することはしない。ただ右手を前に差し出して、渦巻く炎を放ってきた。最もポピュラーと言える魔法だが、使い手によってずいぶんと威力が違う。デモンはデモンで左の手のひらを前方にやり、障壁を展開、すべてを防御した。背に翼をこしらえればどうってことはないが、それをやると悪戯に目立ってしまう。生身で四階まで飛び上がってもしかりだろう。にしても、つまらん不意打ちだ。暗殺するつもりならもっと隠れてもっと高火力を寄越してほしかった。デモン・イーブル、じつはマゾだったりもする。
わかりきっていることがある。エスプレッソは階段を下りて現れるということだ。パンピーならそうせざるを得ない。だったら一階で優雅に待ち受けていればいい。ドジ満載な野郎さんだ。上階に上がったら終わりだ。下りてくるしかないのだから。本気で阿呆だなと考える。
案の定、エスプレッソは階段を下りてきた。はあはあと息が荒い。しかしエスプレッソ、無情ながらも、ここがおまえの終わる場所だ、デッドエンドだよ。
「おまえ自らの手でわたしを|殺(や)りたいのはわかった、それだけだな」
たとえばヒトより馬術が達者であれば、なんとなくだが認めてやってもいい。デモン・イーブルよりなんらか優れた箇所を見せてくれれば感心してやろうということだ。
上下、緑のぼろで、茶色いチョッキも年代物。第三者から見て、より安心できるニンゲンを演じているのだろう。そんなエスプレッソに、視界の先からふいに現れた上下グレーの男が彼の隣で声をかけた。彼はエスプレッソと同様に階段から下りてきたのである。いったいなんのつもりなのか。向こうさんの仲間ならさぞ仲良くすればいい。それだけだ。現状、敵の体制などに興味はない。
「あ、あの、エスプレッソさん」
「なんだよ、本部のニンゲンさんよ。吃ってんじゃねーよ、とっとと堂々と用件を言いやがれ」
「早いところ死体を拝ませろという催促です。マストですよ」
「ほう。だったら上層部はデモン・イーブルを見誤っていやがるな」
「しかし――」
「うるせーよ、馬鹿。帰りやがれ」
「はっ!」案外気持ち良く駆けていった、本部のニンゲン殿。
デモンは高らかに笑った。
「ほんとうにわたしに勝てると思っているのかね?」
「やってみなけりゃわからねーだろうがっ」
「いいさ。これでわたしにとって、おまえはめでたく“ダスト”認定だ」
「ぶち殺してやんぜ」
「そのセリフ、そのまま返してやるぞ」