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ゆっくりゆぅっくりと歩いた、王宮まで。門はぶち破られ、それを成したのは大佐――AAを指揮官としたテロリストどもなのだろう。しかし、もはや他に「ライズ」の兵はいなかった。かと言って、「王の軍」側にはカズマイヤーしかおらず。門から王宮までの広大なアプローチにおいて、AAとカズマイヤーは向き合っていたのである、恐らく雌雄を決すべく。
カズマイヤーは両手を上げると、それはまるで降参の動作に見え、それから確かに言ったのである。
「AA氏がここまでいらしたなら、それは我々の勝利を意味する」
その様を耳にして見当がつかないニンゲンがいるなら、そいつはかなりの阿呆だろう。
そうか。
AAとカズマイヤーは、元より親密にあったのか。
納刀のまま、デモンは二人に近づく。対峙しているように見え、そのじつ、通じていたわけだ。大佐は使えるのだろう、カズマイヤーだって。あとは王宮を上がり、支配し、さすれば国は転覆するという寸法だ。面白いな。非常に興味深い。この国――ブランケンブルクは間違いなく大国だ。それがまさか、こうも簡単にひっくり返ろうとは。
「さあ、大佐、それにカズマイヤー、どちらが先にわたしの相手をしてくれるのかね? それとも二人でかかってくるのかね?」
振り返り、体をこちらに向けると大佐は笑った。
「おや。私たちに勝てるつもりかな? デモン・イーブル」
デモンは右手の人差し指をピンと立てた。「試してみるといい。わたしはわたしより強靭なニンゲンを知らんのだがな」と告げた。
――一気に渦巻く炎を撃ってきたのはカズマイヤーだった。抜刀し、それを上下真っ二つに斬り裂いてみせると、カズマイヤーは心底おかしそうに、あるいは狂ったように笑った。
AA――大佐が前進し、カズマイヤーに近づく。やがて二人は肩を並べた。なんだ。結局相手は二人か。それもいいだろう。むしろ、それくらいしてもらわなくては歯ごたえというものが――。
――と、それはいきなりのことだった。カズマイヤーはやり手だ、世界規模で見ても、恐らく魔法使いとして上位にランクされるようなニンゲンだ。油断していたのだろう。まさかそんなことになるとは思いもしなかっただろう。しかし、カズマイヤーは間違いなく、AAにサッと、ほんとうにサッと鮮やかに剣で首を刎ねられた。地に落ちたその首は「えっ」みたな顔をして、ちょうどデモンのほうを向き、彼女は彼と目が合い、だから大いに笑ってやらざるを得なかった。カズマイヤーよ、所詮、立派なのは物腰だけだったな、おっちょこちょいのくだらんニンゲンであることは事実が証明してしまった。
――して。
「少し驚いたぞ、大佐。カズマイヤー、親しかったんだろう? 殺してなんとする?」
「ギラトについては、どう?」
「ギラト? 生きるのではないのかね。それくらいの力量に見えた」
「そうだ。そのとおりだろう。我々の消耗は最低限だ」
「レナーラは死なんだろう」
「それでも、もはや我々に負けはない。言ったはずだ。自治権が欲しいだけだ、と」
そのへん、デモンはどうにも理解しかねた。
「もう少し、穏便に済ませる手もあったはずだ」
「結局のところ、力の行使は必要だ。わからせる必要も、また、ある」
「これだけ大きな国だ。軍をやっつけても政治はままならんと思うがな」
「そのへんは専門家に任せればいい――というより」
「なんだ?」
「腑抜けになった国になど、価値はあるのだろうか」
「自治権うんぬんはどこにいった?」
私はもはや、この国に興味などないのだよ。
AAの声は当てずっぽうなまでに力強い。
「だったらいったい、何がしたい?」
「せっかく手に入れた威力だ。軍部は仕切らせてもらう」
「その次はと訊いている」
「さあ。しかし、誰かに私を討ってもらいたいな」
「そのくらいじゃないと、面白くないと?」
「いけないかな?」
デモンは「いや」と否定し、むしろ「素晴らしいな」と絶賛した。
「貴族主義は? どうするんだ?」
「良い仕組みである以上、継続しようと思っている」
「まあ、先達て申し上げたとおり、民主主義よりはかなり優れているだろうな」
「そういうことだよ、ミス・イーブル」
「他国に? 攻め入るつもりは?」
「そのうち、そういうときが来るかもしれない」
AAか。
まったく、不躾かつ素敵な思考の持ち主ではないか。
「だとしたら、また会えることを楽しみにするとしよう。ところで――」
「何かな?」
「AAとはなんの略かと思ってな」
きみにだけ打ち明けよう。
ギラトも知らないことだ。
アズラエル・アルトアイゼン。
AA――大佐殿はそう答えると身を翻し、王宮へと向かった。王のそばを固めているわけだから近衛兵の連中だって弱いことはないのだろうが、大佐を前にしては全滅も必至だろう。
デカい国なれど、かくも呆気なく敗れてしまうものなのか。
「大佐!!」とデモンは呼んだ。「せいぜい、達者に暮らすといい!!」
AA――大佐――アズラエル・アルトアイゼンは、向こうに向かいながら軽く右手を上げてみせると、立ち塞がった兵らを魔法――渦巻く炎で丸飲みにし、すたすたすたと王宮へと入っていった。
やる、やはり。うまそうなものを後に取っておいたって、バチは当たらんはずだ。そういう格好で楽しみを先送りにすることで人生が面白くなったりもするだろう。レナーラが死地をやり過ごしてきちんと生き残ればおもしろい。そうあることを期待したくなる。が、大佐には敵わないだろう。殺されてしまうのは明白。軍部の実権を握るに違いない彼は、今後、どのような働きを見せるのだろうか。
せいぜい、世界を混乱させる礎になってくれればと思う。
往々にして、敵が多いほうが、人生、楽しめるというものだ。