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10-4.

*****


 カズマイヤーとやらにも会ってほしいと頼まれた。使いがまた宿を訊ねてきたのだ。人伝にあっても即刻来るようにと高圧的で偉そうな態度だった。まあ退屈しのぎの一環にはなるだろうと考え、用意が出来次第、向かう旨を伝えた。にしても大人気だなと思う。どういうかたちでバレたのかは不明だが、この国この街において、デモン・イーブルという個体に興味が集約されているのは事実なのだろうから。



*****


 カズマイヤーは王宮にいるらしい。一室有しているらしい。言ってみれば、上位ランカーなのだろう。上級の国民なのだろう。参謀だというくらいなのだから、部屋の一つくらい持っていてもあたりまえ、か。話は通っている。門を守る警備兵の一人に名を告げると、すぐに通してもらえた。王宮へ。伴われるままに進み、カズマイヤーの部屋へと至った。速やかに中へと通された。


 白髪の男だ。――が、明らかにまだ若い。三十くらいではないか。痩身だ。やりそうな雰囲気は確かにある。応接セットに導かれた。ソファに座る際、つい「どっこらせ」なる声が漏れた。カズマイヤーとやらはクスリと笑うのではなく、大爆笑した。なるほど。少々頭のおかしいイカれたニンゲンであるようだ。そのほうが接する甲斐があるというものだ。正気と狂気なら徹底的に後者のほうが面白い。狂的な人物のほうが面白い。


 カズマイヤーが向かいの席についた。デモンのことをじろじろ見てくる。値踏みしているのだろう。ここで評価を見誤るようならぶち殺すのもやぶさかではない。デモン・イーブルは短気で喧嘩っ早いのだ。


「デモンさん、あなたに私はどう見えるでしょうか?」


 突拍子もなく、そんなことを訊かれた。


「外見も言動も含め、現状、大した人物には思えないな」


 するとまた大笑いして。


「合点がいく。やはりデモンさんは大物さんだ」


 大物さん?

 変な単語を用いる奴だと思わされた。


「で、カズマイヤー殿はわたしになんの用なんだ?」

「近々、『ライズ』を潰しにかかります」

「ほぅ」とデモンは顎を持ち上げただけだ。「潰せばいいだろうが。しかし――」

「しかし?」

「簡単にいくとは思えんのでな」

「先方――AAと接触したと知りました」


 まったく、ほんとうに、どこから得た情報なんだか。


「くり返しになるが、潰す方向で考えればいい。アジトなど、とうに把握しているんだろう?」

「そうでもないんですよ」

「えらく羽振りの良さそうな主人の館を根城としているようだったが?」

「もはや、引き払ったようです」

「ああ、なるほど、感心できるな、はしこいな」

「暴動が起きるかと」

「AAは浅薄な人物には見えなかったが?」


 AAは狡猾なニンゲンです。

 その旨、否定のしようはないのだが。


「せーので構えられるわけがない。きっと我々の隙をついてくる」

「だったら隙など見せなければいい」

「AAは必ず事を起こします。必ず、私たちの首に手をかけようとします」

「そうあることは美しいと言ったつもりだ。テロリストなんだからな」

「だからこそ、あなたには確約願いたい。常に味方であってもらわなければ困るというものです」


 デモンは二度、三度と小さく頷いた。


「現状、従うというより、その気だ。かわいい弟子どももいることだしな」


 カズマイヤーはほんとうに卑屈そうに嫌な笑い方をする。


「それを聞いてほっとしました。でしたら、存分に敵を叩くまで」


 ソファから立ち上がり、右手を伸ばしてきたカズマイヤー。デモンも腰を上げ、すっと握手に応じてやった。


「我が国が傾いてしまうと、私の立場も危うくなってしまうのでね」


 なるほど、それがこの男の本音か。

 なんとも潔く、それでいて気持ちが悪いではないか。

 その卑しさには死がふさわしいように感じられてしょうがなかった。



*****


 その日も朝から宿の部屋に来客があった。ノックは最低限――で、名を呼ぶ声がいた。良く通る力強い声の色、聞き覚えがある。間違いなくレナーラだ。白いシルクの寝間着のままベッドの上で身体を起こし、頭を掻きながら、眠気に苛まれながら戸を開けた。案の定、いた、姫様が。


「そうか。眠たげな顔すら美しいのか、デモン嬢は」


 レナーラは快活に笑ってみせた。


「そんなのあたりまえなんだが、で、なんの用だ?」

「『ライズ』が動いた」

「こんな朝早くから、か?」

「そうだ。しかも厄介なことに、街中に陣取ってるときている」

「いいじゃないか。民草が死んだところで、大勢に影響はないだろう?」

「そのとおりではある」レナーラの苦笑など、初めて見た気がする。「しかし、受け身に回っているのは事実だが、能動的に相手をしてやり、潰してやらんとな――というものだろう?」


 話はわかった。

 要するに――。


「わたしにも出張れということだな?」

「そういうことだ。味方は多いほうがいい。できる奴ならなおさら、な」


 デモンは両手で髪を後ろに流しつつ、「AAは?」と訊ねた。するとレナーラはなかばきょとんとした表情を見せて――。


「その問いは重要か?」

「重いし必要だ。だって、そうだろう? なんの策もなしに先方が一戦交えようとしているとは考えにくい。奴さんは自分の狙いを己らの自治権の獲得だとほざいているが、そのじつ、国を転覆させてやりたいくらいに考えているのではないのかね?」


 大した慧眼だな、デモン嬢。

 意外や意外、褒められてしまった。


「AAの姿は確認されていない」

「だったら誰が先鋒を?」

「ギラト・ハインリヒだ」

「だったら、いい勝負になるだろう」


 レナーラは眉を寄せてみせた。


「まさか。我々が彼などに後れをとる、と?」

「その思考、姿勢は命取りになるぞ」


 廊下をヒトが駆けてきた、例によって軽そうな銀色の鎧に身を包んだ女だ。どうやらレナーラの部隊は女が多いと見える。まあ、そういうのもありだろう。


「ギラト・ハインリヒが動きはじめました! 我が軍を食いちぎりつつあります!!」


 舌打ちし、レナーラは右手で前髪を掻き上げた。


「そうか。ギラトは強いのか……」

「大佐のためなら命など惜しくないのだろう。ヒトはそれを心酔と言う」


 レナーラにがしっと右の手首を掴まれた。


「ここまできたらデモン嬢、私たちのために戦ってもらうぞ」

「手札になれと? そいつは勘弁願いたいのだが?」


 女の兵が、「姫様、お早くっ」と急かした。


 やむを得んなと考え、デモンは拘束から逃れると、まずは戸を閉めた。

 漆黒の着衣に身を包み、ぬるくなっている水を一口飲んだ。


 まったく、だるい連中だ。

 陣取り合戦くらい好きにやればいいだろうに。


 だが、そこにこそ、明らかに面白味はあるわけで。


 さぁて、どこに連れていってもらえるのだろう。

 楽しみですらある――と言っても過言ではない。



*****


 街中での攻防、試合、あるいは死合いだな――を許してしまった時点で、「王の軍」は一定の敗北を見ていると言わざるを得ない。一番の大通りにギラトを中央に据えた兵が幾重にも構えていたのだ。少なくない数。そしてぱっと見、練度だって低くない。王の軍であろうと、簡単な駆逐は難しいだろう――と予感させられる。


 軍の先頭に立たなければならない。偉い者ほど前に立たなければならない。そうしないと部下は誰も認めないし慕わないから――そのへんよくわかっているレナーラが馬上から「ギラト! 今日こそ容赦はしないぞ!!」と高らかに宣言した。ギラトは薄く笑った。「愚かな国の最強よ、レナーラよ! 私はそう簡単に破れたりはしないぞ!!」と声を大にした。両者とも、まったくキザッたらしいセリフである。


「なぜ、AAはいない!?」

「我々が陽動だからに決まっているだろう?」

「やはりギラト、おまえは――」

「我が勢力を侮るな、レナーラ。国くらい、簡単にひっくり返せる!」


 混戦にもつれ込んだ。


 誰よりも先に馬から下り、向かってくる相手をばっさばっさと斬り始めたのは何を隠そうレナーラだ。単体の戦力としてやはり使える。大した女だ。一人で百はれるだろう。周囲のニンゲンも下馬し、レナーラに続く。案外、いい勝負ではないか。「ライズ」とて、王の軍相手に奮戦している。王の軍が案外弱いのか、ライズが殊の外強いのか、まあ、どちらも肯定すべきなのだろう。


 見物を決め込んでいたデモンもついに馬を下りた。刀を抜いて二、三と斬り伏せると、近くにいた――それはロナルドだ――が、心強さを得たような顔をした。「さすがですっ!!」と褒めてくれた。「デモンさんがいれば負けるはずがありません!!」とも言ってくれた。ほんとうにかわいい奴だ。特に年上の女から好かれるのではなか。ああ、そうだ、きっとそうなのだろう。


 ――と、がんばってがんばってやまないロナルドのことを、背から胸にかけて、デモンは刀を突き刺してやった。右手を使ってすっと簡単に、至極スムーズに刃を使った。


「えっ」


 ロナルドは不思議そうな、メチャクチャ意外そうな声を発し、デモンのほうを振り返った。デモンはメチャクチャ邪悪に笑った、ぞくぞくした。背筋に稲妻が走ったようにすら感じられた。


「そんな……デモンさん、どうして……」

「このくらいせんと、盛り上がらんだろう?」

「そんな、そんな……誰より信じていたのに……」

「誤りだったな。不幸な青年よ、もう会うことはないだろう、ふははははははっ!!」


 ロナルドは前にどっと倒れた。もはや悔やむことなどできず、ただただ悲しみち絶望に打ちひしがれ、今際の際にありながら、残された時間においては涙するしかできなかっただろう。おかしな話だ。簡単にヒトを信じるなという教訓である――ほんとうに、愚かな話だ、事象だ、現象だ。


 馬鹿だな、ロナルド。

 馬鹿だから、おまえは死んだのさ。

 もう少し勘が良くて頭も回れば死なずに済んだのさ。


 さて、次の部隊は王宮かな? うまく立ち回ったのであれば、AA――大佐はそこくらいには達していることだろう。


 王宮まではさほど遠くない。


 ギラトはよくやっている。役割を立派に果たしている。内心、薄笑いを浮かべていることだろう。レナーラ――姫様を足止めできればそれで良いのだ。自身が死ぬことになっても――あるいはそれは大佐に好意、否、愛情を覚えている奴からすれば心苦しいのかもしれないが、うまいこと事が運べば、ギラトは満足だし、大佐だって満足するはずだ。


 レナーラの視界は広く、優れているらしい。ロナルドを後ろから刺殺したデモンのことを認めたらしい。「デモンっ、きぃっさまぁぁっ!!」と雄叫びを上げながら突っ込んでくる。素早く斬撃の魔法を寄越してやった。両膝をさっと斬ってやろうとしたくらいの軽い一撃だったのだが、レナーラは横に避けてかわしてみせた。斬撃の魔法が空振りしたのだ。ほぅ、やるな。魔法の餌食にするのは勿体ないと考え、剣を刀で受けてやった。


「貴様ぁぁぁっ、ロナルドになんの恨みがあって!!」

「なんの恨みもないさ」意地悪く、デモンはにやにやする。「イイコすぎたから死んだのさ。彼にとっても姫様――おまえにとっても不運だったな」

「押し切る!!」

「無理だよ、退いたほうがいい。ほら、敵はすぐにでもおまえの首を取りにくるぞ?」


 デモンが言ったとおり、姫様をるべくひっきりなしに敵兵が斬りかかってくる。魔法を使う者もいて、彼女からすれば、デモンにかかりきりになるわけにはいかないわけだ。


 デモンは右手の刀を右肩に担ぎ高らかに、あるいは嘲るように笑いながら、レナーラに背を向けた。


「待て、デモン! おまえは私が殺してやるぞ!!」

「それはそれで気の利いた結末だが、わたしは王宮に向かわせてもらう。サヨナラだよ、レナーラ」


 後ろから絶叫が聞こえた。

 ちくしょぉぉぉぉっ!! なる、断末魔のそれのような、レナーラの悲痛な叫びだった。


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